第四十一話 期待と布石
山道に入って、まだ十分も経っていない頃。
「はー、だる⭐︎」
紫苑さんは、石段に腰を下ろした。
「おい!まだちょっとしか登ってねぇだろ!」
浮遊して先行していた颯が振り返る。
「お前と違ってこっちは歩いてんだよ⭐︎
ちょっと休憩しよ⭐︎」
「紫苑さん、さすがに――」
「何⭐︎?」
笑顔の圧。
「……いえ。休憩しましょう」
“早くないですか?”
喉元まで出かかった言葉を、飲み込んだ。
「別に頂上に行くことが目的じゃないし〜⭐︎
あ、お茶ちょーだい⭐︎」
「……はい」
僕はリュックの中から、水筒を取り出した。
蓋の部分にお茶を注いで、紫苑さんに手渡す。
「共霊、安定してきたんだって⭐︎?」
お茶を受け取りながら、紫苑さんは僕を見据えた。
「……はい。一応」
辿々しく、答える。
「その割には元気ないよね〜⭐︎何悩んでんの⭐︎?」
ギクっとした。
僕が上手くいっていないことが、バレてる。
僕は視線を地面に落とした。
「霊力の……複雑な操作が、上手くいかなくて」
「ああ」
紫苑さんは、水筒の蓋を口元に当て、
声を少し低くして言った。
「狛ってさ、期待かけるの好きだよね⭐︎」
「は?どういうことだよ?」
石段を下り、こちらに戻ってきた颯が会話に加わる。
紫苑さんが、ぱっと笑顔に戻った。
「だって、共霊して〜、意識のスイッチして〜、霊力操作やってんでしょ⭐︎?めちゃくちゃすぎ⭐︎」
「そうなんですか……?」
「ついこの間、“共霊しました”って奴らがすることではないね〜⭐︎
“共霊は危険”って、奏か凡才教師あたりが言ってたでしょ⭐︎?」
「前に……
共霊を繰り返すと、“颯が僕を乗っ取ってしまう可能性もある”って聞きました」
「ビビリの霧島家らしい言葉〜⭐︎
でもね、柊の力を考えたら、その可能性は低いんだよ⭐︎」
「柊の力ぁ?」
颯が険しい顔をして僕を見た。
「……そうなんですか?」
僕はほんの少しだけ、ホッとしていた。
紫苑さんが、お茶を飲み干す。
「共霊に必要なもの、教えてあげるね⭐︎」
水筒の蓋を、僕に差し出して返した。
「ひとつ、強い霊力⭐︎
ふたつ、器としての素質⭐︎」
紫苑さんは、広げた指を折る。
「柊はそれ二つとも持ってる⭐︎
だから余程のことがない限り、颯に自我は侵食されない。
君たち、この二週間、共霊繰り返してるけど、
別に何ともないでしょ⭐︎?」
「確かに……」
何度共霊しても、僕は僕のままだ。
むしろ、初めて共霊した時の方が、“壊れる感じ”があったくらい。
「でも、意識のスイッチは別⭐︎
普通なら、霊に身体を委ねた時点で、人間側が壊れる⭐︎
――自我が戻らなくなったり、消えたりね」
「壊れ……!?」
ゾワッと鳥肌が立つ。
風が木々を揺らした。
「でも君たちは壊れてなーい⭐︎
何ででしょうか?はい、そこの雑魚霊⭐︎!」
紫苑さんは拳をマイクに見立てて、颯の方へ突き出した。
「は!?俺!?
……えーっと……何でだ……?」
「ぶぶー!時間切れ〜⭐︎
無回答って、一番評価しづらい誤答だよね⭐︎」
「うるせぇな!!」
紫苑さんは、にやりと口角を上げて僕を見た。
まるで挑発するように。
「柊はどう思う?」
僕は、ゆっくり口を開いた。
「……“信頼してるから”……ですか?」
少しの沈黙。
そして、紫苑さんの口元が動いた。
「正解⭐︎きもちわるーい!」
「当たってんじゃん」
颯が僕を見る。
「霊どころか人も信じてない僕には、一生できない技だね〜⭐︎ていうか、他人に身体を托すなんて僕は絶対したくなーい⭐︎
……つまりさ」
紫苑さんは、僕の顔をずいっと覗き込んだ。
思わず、一歩退く。
「短期間に色々詰め込みすぎなの⭐︎
凡才なんだから、脳が爆発するよ⭐︎」
トンっと胸板を指で突かれた。
「凡才のくせに、やってることはバグだよ⭐︎
もっと調子乗れば?」
「は、はい……!」
僕は突かれた場所に手を当てた。
その時。
ザザザッ!!
背後で、何かが動いた。
僕が振り返る間も無く、
シュッ。
紫苑さんの手から、光を帯びたお札が放たれた。
ジュッ!
「……ああ……あ……」
お札が張り付き、僕の背後にいた――霊害が呻き声を上げる。
僕が振り返ると、そこには光の粒が舞っていた。
――速い。
「低級なら、これで充分なんだけどね〜⭐︎」
紫苑さんは、手に持つお札を扇のように広げた。
「それって、奏のお札じゃね?」
颯が眉を寄せる。
――確かに。奏さんが、いつも持ち歩いているものだ。
「紫苑さんも……お札を使うんですか?」
「まさか⭐︎一時的に隠してるだけ⭐︎」
「えっ」
どういう意味なんだろう。
「そろそろ気づいて、驚いてる頃じゃなーい⭐︎?」
「……嫌がらせすんなよ」
颯がポツリと呟いた。
だけど、紫苑さんのすることだから、
何か意図があるに違いない。
紫苑さんは、楽しそうに目を細める。
その視線は、僕じゃなく――山の奥を見ていた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新 2月15日12時
第四十二話 お札が、ない




