第三十八話 回らないまま
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Side:柊
先輩たちの特訓が始まってから、二週間ほど過ぎた。
誰もが、確実に変わり始めていた。
――そのはずだった。
霊力が、回らない。
何度繰り返しても、止まる。
この二週間で、颯は僕の身体を安定して使えるようになってきた。
それなのに、僕だけが置いていかれている気がする。
放課後。化学準備室。
「遠征、ですか?」
僕たち五人は、斎賀先生に呼ばれて集まっていた。
パイプ椅子に腰掛け、斎賀先生を見上げる。
ガガガガガーッ。
背後で、謎の音が響いていた。
「そう。狛くんたちのチームと一緒にね」
そう言って、斎賀先生はにっこりと微笑む。
「……細かいこと説明する前に、
ひとつ、いいかな?」
背後で、まだ何かが唸っている。
斎賀先生の眉毛が、ぴくりと動いた。
「うるっっっさい!!何の音ですかコレ!?
光流くんそこで何してますか!?!?」
「えー!?何ってーー!?」
ヴーン……。
音が鳴り止む。
「はい!できた!」
光流くんの手元には――ミキサーボトル。
中に、茶色い飲み物。いや、飲み物か?
光流くんがカポッと蓋を開けると、強烈な臭いが化学準備室に充満した。
「クサ!!」
思わず斎賀先生が叫ぶ。
僕と颯は、咄嗟に鼻をつまんだ。
奏さんも急いで口元を押さえたが、顔は青ざめている。
……間に合わなかったのかもしれない。
光流くんは平然と、ボトルの中身をカップに注いでいた。
どろっとした液体が、ボトボトと音を立てて落ちる。
その横で麗子さんは……
「身体に良いものばっかり、集めたのよねェ〜」
楽しそうだった。
「先生、いつもお疲れ様〜!
光流特性!元気が出るスムージー!」
光流くんは、罰ゲームみたいな飲み物を、笑顔で斎賀先生に差し出した。
身体を反らせて逃げる斎賀先生に、ぐいぐい押し付けている。
「いらないです!!何入ってんのコレ!?」
「ニンニクとか、ウコンとか、納豆とか色々!」
斎賀先生は、必死にカップの中身を見ないようにしていた。
「っつか、臭いやべーって!
何でお前ら平気なんだよ!?」
颯は鼻をつまみながら、空いた手で光流くんと麗子さんを交互に指差す。
「何か最近こういう臭いに慣れちゃってさ〜」
「わかるわァ、光流。
三日に一回はあるものねェ」
「意味わかんねぇ!!」
その時。
ガラッ!!
化学準備室の窓が、勢いよく開かれた。
奏さんだ。
奏さんは、口元を押さえたまま、
ずんずん光流くんに近づくと、手からカップを取り上げる。
そして、
ドンッ!
化学準備室の流しへ置く。
そのまま蛇口を一気に捻った。
ジャバァーッ!!
「あああ!!奏ちゃーん!もったいないー!!」
「奏さーん!!詰まる!詰まるから!
そこに流すのやめてえええ!!」
光流くんと斎賀先生の叫びが響く。
ジャアアァーッ!!
奏さんの手は、止まらなかった。
そして光流くんの方を見て、低い声で言う。
「……光流くん。
いい加減にして下さい。
そして麗子さん。
止めるのが、役目なのでは?」
――奏さんの目は、明らかに殺気を放っていた。
「……はい」
「……はァい」
二人の、小さな返事が重なった。
窓から入ってきた風が、化学準備室のカーテンを揺らす。
室内の空気が、ようやく落ち着いてきた。
僕はそっと鼻から手を離して、尋ねる。
「あの、先生。
さっき言ってた、“遠征”って?」
「ああ、そうでした。肝心な話を忘れるところでしたよ……」
斎賀先生は、こほんと咳払いを一つして続ける。
「県内ではありますが、少し遠いところから依頼がありましてね。今週の土日で、みなさんに行ってもらいたいんです。もちろん、宿代などすべてこちらが持ちます」
「……少し遠いところとは?」
ハンカチで手を拭きながら、奏さんが尋ねる。
「豊谷市の猿置町です」
豊谷市は、僕たちの市――籠屋市に次いで、県内で二番目に大きな都市だ。
しかし、猿置町は数十年前に合併された町で、豊かな自然がまだ多く残っていると聞く。
「なるほど。山と信仰の地域ですね」
そう言って、奏さんはハンカチを仕舞う。
――また、山か。
……あの日も、山だった。
「……山と信仰……か」
颯の声が、わずかにかすれた。
僕は何も言わず、視線を伏せる。
「そう。君たちには、猿置山に行ってもらいます」
「うぇーい!ハイキング!!」
「確かあそこは温泉もあるわよねェ!」
まるで旅行気分の光流くんと麗子さん。
奏さんが、ぎろりと二人を睨みつけた。
「おい!お前ら、まだ反省しとけ!」
颯が小声で注意する。
斎賀先生は続けた。
「聞いた話によると、低級霊害が多数発生しているようです。大きな事故は今のところ起こっていませんが、複合霊害になる前に対処した方が良いでしょう」
「なるほど」
逃げられない。
「狛くんたちには、既に了解を得ています。
皆さんも、行けますね?」
「……はい」
それ以外の答えは、なかった。
「では、親御さんたちには僕から連絡しておきます。
出発は――土曜日の朝です」
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新 2月14日12時
第三十九話 山へ向かう朝




