第三十五話 凡才の戦い方【前編】
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少し離れた場所で、奏と紫苑は向き合っていた。
――空気が、明らかに違った。
柊たちが“訓練”と呼ばれるものをしている間、
ここでは、もっと剥き出しのやり方が始まろうとしていた。
ここは、“訓練”ではない。
「奏とやるの久しぶりだよね〜⭐︎懐かし〜⭐︎」
紫苑が、ニコニコと微笑む。
「……十年以上、前の話ですよ」
かつて、三流派の子供たちは、
“特訓”という名目で、年に数回、力比べをさせられていた。
――実際は、次世代の値踏みだ。
紫苑がそれに参加したのは最初の数回だけ。
あとは「くだらない⭐︎」と笑って、他の試合を眺めていた。
それでも許される――紫苑は、そんな存在だった。
「前って、六、七歳くらいの時〜⭐︎?」
紫苑は人差し指を顎に当て、思い出すように呟いた。
「確か、そうです」
もちろん、その試合は紫苑の圧勝だった。
手も足も出なかったことを、はっきりと奏は覚えている。
「あの時から、奏も多少は成長したでしょ⭐︎?」
「……“多少”では、ないはずです」
奏は、手にお札を構えた。
それを見て、紫苑が眉間に皺を寄せる。
「うわっ!まだそんなダサいの使ってんの⭐︎?」
「……っ!」
昨日の響の言葉が、蘇った。
お札は霧島家にとって伝統的な武器。
良いものだからこそ、現代まで使われてきたのだ。
それを信じている……はずだけれど。
お札を持つ手に、力が入った。
「迷いながらとか、なおダサーい」
ダァン!!
紫苑が、鉄槌を地面に叩きつけた。
叩きつけられた場所が、くっきりと凹んでいる。
「……ひっ……」
思わず、一歩後退りする奏。
「来なよ⭐︎」
紫苑は鉄槌を片手で、軽々しく回す。
小さい身体に似つかわしくない鉄槌。
アレで叩かれたら、ひとたまりもないだろう。
――怯むな。
当たらなければ、良いだけだ。
「……行きます!」
お札を放ち、駆け出す。
紫苑は鉄槌を軽く振った。
その風圧だけで、お札は全て弾かれる。
シュッ。
シュッ。
すかさず、連投しながら、
奏は少しずつ距離を詰める。
身体を屈め、紫苑の懐――鉄槌の死角に入ろうとした。
その時。
ゾクッ!
左側に影。
直感した。
――あの鉄槌に、やられる。
咄嗟に右に飛んで避けた。
ブンッ。
鉄槌が振り下ろされる。
奏は逃げるように、後方へ下がった。
「奏さ〜、霊力の流れ読みやすすぎ⭐︎」
その言葉で、霊力から動きを読まれているのだとわかった。
「じゃ、今度はこっちから行くね⭐︎」
だけど。
「……!」
それなら――奏も、得意分野だ。
“霊力”の流れを読むことなら。
ブォンッ!!
一気に距離を詰められ、鉄槌が振り下ろされる。
奏はそれを咄嗟に避けた。
ブンッ!
ブンッ!!
連続して振るわれる。
霊力の流れから、紫苑の攻撃の方向は読めていた。
これなら、避けられる!
そう思った瞬間、余計な感覚が削ぎ落とされた気がした。
奏は、集中して探っていた。
紫苑の鉄槌に流れる、霊力を。
そう、鉄槌に――
集中しすぎていた。
ブォンッ!
“次、右から!”
そう思って、身体を捻ると。
「……え?」
目の前に、
紫苑の笑顔。
「読めると思って、いい気になってた⭐︎?」
……誘われてた……!
鉄槌ばかりを追っていた、自分の視野の狭さに気づく。
「はい⭐︎デコピン⭐︎」
「……あっ……」
ドガァァァン!!
額に、凄まじい衝撃が走った。
目の前が真っ白になる。
そのまま、数メートル後ろに吹き飛ばされた。
倒れ込む奏を見下しながら、紫苑が言う。
「……君みたいな凡才が、勝てる方法は一つ⭐︎」
ピシッと、紫苑は奏を指さした。
「油断させる。騙す。不意をつく。
勝てば同じ。
結果が全てだから⭐︎」
奏は、額を押さえながら、ゆっくり起き上がる。
「……勝てば同じ」
小さく、繰り返した。
紫苑の目線が、奏を真っ直ぐ射抜く。
「正攻法は捨てろ」
ドクッと、奏の心臓が音を立てた。
「ハッキリ言って、君は弱い⭐︎
狛たちみたいに真っ正面からぶつかる戦い方は無理。
一生負け犬⭐︎」
紫苑は、鉄槌をぽいっと奏に向かって投げる。
「!?」
咄嗟に両腕を上げ、鉄槌を受け止めた。
「……軽い……!?」
その鉄槌は、まるでおもちゃのようだった。
「……フェイクですか」
「フェイクにもなるし、本物にもなる〜⭐︎」
紫苑は、奏に近付き、鉄槌を取り上げた。
そしてまた、地面に叩きつける。
バァン!!
地面が窪む。
「演出の道具だよ⭐︎
戦いは、シナリオが大事⭐︎」
鉄槌も、煽る言葉も、
初めから、奏を誘導する脚本だった。
やっぱりこの人、めちゃくちゃ強い。
そして――
「凡才ちゃん⭐︎」
めちゃくちゃ口が悪い。
“正攻法は捨てろ”。
その言葉が、奏の胸の奥に突き刺さり、
これまで信じてきたものが、軋む音がした。
――それでも。
奏の中には、
真正面から、戦いたい自分もいた。
その甘さを、紫苑が見逃すはずもなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:2月11日21時
第三十五話 凡才の戦い方【後編】




