第三十二話 ここはまだ、入り口【前編】
河川敷。僕と狛さんは、向き合っていた。
――これから、確実に殴り合うとわかる距離で。
「あの、狛さん」
「なんだ?」
「狛さんの霊って……?」
さっきから、見当たらない。
斎賀先生は、“共霊する”って言ってたし、狛さんにも守護霊がいるはずなのに。
「ああ、そうだな」
ピィーッ!
狛さんが、口笛を吹いた瞬間、
ゴォッ!!
地面を震わせるような気配と共に、
僕と狛さんの間に、黒い狼の霊が現れた。
でかい……!体格は二メートル近く。
視線だけで身体がすくむ。
「……ッ!」
思わず、僕は一歩退いていた。
「紹介しよう。俺の守護霊、黒狼だ」
「ヴヴー!!」
黒狼が威嚇する先には……
「何で俺!?」
やっぱり、颯。
どうにも、颯は動物に好かれない。
「黒狼は、人間の本質がわかるんだ」
「さらっと傷つくこと言うのやめてくださいよ」
咄嗟に颯が呟いた。
「これが……東雲警部から譲り受けたという、獣霊ですね」
「ああ、聞いているのか」
狛さんが、黒狼の身体を撫でる。
黒狼は嬉しそうに尻尾を振っていた。
「この霊と、共霊するんですか?」
「そうだ」
「マジか!!どうなんの!?」
颯が目を輝かせた。
確かに、それは僕もかなり気になっている。
すぅっと、狛さんは小さく息を吸う。
「おいで」
優しい声だった。
その時、
ブワッ!!
黒狼の身体が漆黒の閃光に変わり、
狛さんの身体の中に吸い込まれていった。
青黒い光が、狛さんの全身を包み込む。
初めて見た。
僕たちじゃない、誰かの共霊。
狛さんの身体が、一瞬で作り変えられていく。
人間から、狼へ。
――いや、完全な獣じゃない。
爪、眼光、纏う気配だけが、
目に見えて獣のそれに近づいていく。
僕は、息を呑んだ。
「すげぇ!!」
思わず、颯が呟く。
「……こんな感じだな」
その目つきは、狼のように鋭かった。
狛さんの中に、獣が“いる”。
「……すごいです」
僕も、それしか言えなかった。
すかさず颯が前に出る。
「狛さん、めちゃくちゃカッケェっす!!マジ強そう!!」
颯は興奮していた。
確かに、男子高校生の心をくすぐるビジュアルだ。
もちろん、外見だけでなく、霊力も凄まじい。
そして何より……
二つの魂が、最初から一つだったみたいに重なっている。
――僕たちの共霊は、こんなに綺麗じゃない。
胸がざわついて、落ち着かなかった。
「……お前たちは、意図的にできないんだろう?」
狛さんが、僕たちを見つめる。
「……いえ。できます」
はっきりと、言い切った。
迷いは、昨夜に捨ててきた。
「颯!」
「おうよ」
颯と、掌を合わせる。
ブワァァァ!!
それが合図みたいに、颯の体は白銀の閃光になって、
僕の胸へと一直線に突き刺さった。
ドクン!
心音が、二つ、重なる。
僕は、ゆっくりと目を開いた。
二人の視線で、狛さんを捉える。
「できるようになっていたんだな」
「はい。……まだ、安定していませんけど」
小さく呟いた。
「十分だろう」
スッと、狛さんが姿勢を構える。
僕たちと、やる気だ。
「見せてみろ」
「はい!」
拳に、霊力を宿す。
「颯、行くよ」
『おう!』
一気に距離を詰め、拳を振るう。
――防がれる。
右、左。もう一度、右から。
だが狛さんは、身体をほとんど動かさず、その全てを捌いた。
攻めろ……!
右手に力を込め、思い切り振り抜いた。
「うらぁ!!」
しかし――また受け止められた。
「……っ!」
僕が怯んだ、その直後。
ドゴォッ!!
狛さんの拳が、僕のみぞおちに突き刺さった。
「……かっ……」
重くて熱い一撃。
一瞬、視界が真っ白になった。
ドサッ。
背中から、地面に倒れる。
拳を喰らった腹部が、焼けるようにひりつく。
狛さんは僕を見下して言った。
「……大分、鍛えてきたようだな。だが」
僕は腹部を押さえながら、立ち上がる。
「俺に攻撃を受け止められた瞬間、弱気になった」
「……っ」
「多少はやれると思ったか?
共霊ができるようになったからと言って、慢心するな。
まだ――入り口に立っただけだ」
「……わかってます!」
悔しさが、胸の中に充満していく。
『柊、落ち着け!』
颯の声が脳内に響く。
僕の気が立っていることが、わかるのだろう。
「そもそも、霊力の使い方が甘い。
力任せに振るっているだけだ。
せっかく膨大な霊力を持っているのに、それでは宝の持ち腐れだな」
「……使い方?」
霊力操作は、これまで何度も練習してきた。
……何が足りないって言うんだ。
「何が違うのか、それがわからなければ、お前たちは一生俺に勝てないだろう」
狛さんは冷たい口調で、突き放すみたいに言った。
「あの僧侶――戒にも、な」
ゾワッと、全身の毛が逆立った。
戒――僕たちが、殺されかけた相手。
握りしめた拳が震える。
「颯」
『ああ』
「考えながら、戦おう。――何が違うのか」
ギロリと、狛さんを睨みつけた。
「絶対に、見つけてやる……!」
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※次回更新:2月8日15時
第三十二話 ここはまだ、入り口【後編】




