第三十話 重なり始める歯車
「とりあえず、君たちは一回家に帰りなよ⭐︎」
紫苑さんが、鼻をつまんだ。
「服とか昨日のままでしょ?僕汚い人、無理なんだよね⭐︎」
「うっ!」
僕の身体は、昨日の潮風に晒されてベタついていた。
「登校できるなら、午後からでも学校に行きなさい。斎賀先生は事情を知っているから、大丈夫だよ」
警部の言葉は、優しかった。
――僕たちは一旦、自分の家に戻ることになった。
紫苑さんたちと放課後にまた、集まる約束をして。
きっとそこには、奏さんや光流くんたちも来る。
……カチャリ。
「……ただいま」
こんな時間に家に帰るのは初めてだ。
父さんは仕事。家には誰もいない。
わかっているけど、泥棒みたいな気分だった。
チーン。
おりんを鳴らし、仏壇に手を合わせた。
母さん。
昨日は、僕もそっちに行ってしまうかと思ったけれど。
――僕はまだ生きて、やることがある。
顔を上げて、遺影の母さんをまっすぐ見つめた。
「よし!」
とりあえず、お風呂に入ろう。
ベタついた身体を洗い流して、気を引き締めたい。
洗面所に向かい、制服を脱ぐ。
「俺、リビングで待ってるわ」
颯が洗面所を出ようとした、その時。
ふと、鏡に映った僕の腹部に目が留まったらしい。
「おい」
足を止めて、鏡越しに僕を見る。
「お前、そのアザ。なんか薄くなってね?」
「え?」
僕には生まれた時から、ヘソの上にアザがある。
魔法陣みたいな、不思議な模様。
これを知っているのは、家族だけだ。
鏡を見て、自分の体を確認した。
「……そうかな?
颯は久しぶりに見たから、そう思うんじゃないの?」
「まぁ、確かに」
「……そんなに見るなよ!」
僕は、両手を交差させて身体を隠した。
「はぁ!?見てねーし、興味ねーわ!!」
「僕お風呂入るから!あっち行って!」
「言われなくても行くわ、ボケ!」
颯は吐き捨てるように言って、去っていった。
「……」
改めて鏡と向き合う。
今まで気にしてなかったけど、
こんな模様だっただろうか。
――その引っかかりの正体が分かったのは、
ずっと先だった。
***
その頃、学校。化学準備室。
「先生ぇー……」
光流は、机に項垂れていた。
「光流くん、今授業中ですよねぇ。
これ普通にサボりですよねぇ」
「だって授業受けてる場合じゃなくなーい?」
光流の目は、ぱんぱんに腫れ上がっていた。
「柊と颯は無事なんだよね?いつ帰ってくんの?」
「その質問、さっきから何回目ですか……。
東雲警部から、二人は無事だと連絡がありましたから、安心して待ちましょうよ」
斎賀先生は、小さく息を吐き、パイプ椅子に腰掛ける。
「だってさー、俺のせいじゃん……」
「光流くんのせいではありませんよ」
「でも、俺が弱かったから」
光流は両手で顔を押さえた。
「先生。
俺さ、天才でもなんでもなかったよ」
「……」
斎賀先生は、何も言わなかった。
体育をする男子生徒の声が、校庭から聞こえてくる。
「俺、もっと努力しないとダメだ」
決意するように、そう言った。
その時。
ガラガラ……。
力無く、化学準備室の扉が開く。
そこに立っていたのは、奏だった。
「……おはようございます」
「え!?奏さんが、遅刻!?
というか、何故ここに!?」
斎賀先生が立ち上がった。
「こんな顔で……教室に行けません……」
ガラガラの声、真っ赤な目。
「奏ちゃん、何その顔」
「それはこっちのセリフです。光流くん」
斎賀先生が二人の間に割って入った。
「か、奏さん。
とりあえず、何があったか教えてくれる?」
「先生……」
奏の目に、また涙が浮かんだ。
「響が……響が霧島家を出て行きました。
私が弱いから……止められませんでした……!」
握りしめられた奏の拳は、震えていた。
「響さんが……?
奏さん、詳しく教えてください」
斎賀先生が眉を顰める。
「響は、霧島家に絶望していました。
だから、新しい場所――“常夜ノ会”という組織に入るそうです」
「……常夜ノ会?……常夜……!」
光流が、ハッとして声を上げた。
「先生!昨日、浜辺で篝って子が言ってた!
戒は、“常夜”の人間だって!」
「光流くん、常夜の関係者に会ったんですか!?」
奏が食い気味に尋ねた。
「うん!赤い霊力を使う男に!」
「……赤い霊力!響も使っていました!」
室内の空気が、張り詰めた。
点と点が、繋がっていく。
三人の呼吸が、揃って止まった。
「なるほど……一旦、整理しましょうか」
斎賀先生の声は、いつもより低かった。
「おそらく、響さんと戒は、“常夜ノ会”で繋がっている」
ホワイトボードに、文字を書き始める斎賀先生。
「先生。その組織には――霧島琴子もいます」
――カツン。
マーカーペンが、床に落ちた。
「響が言っていました。
『霊力を増幅させる薬を、霧島琴子に貰った』と」
「本当ですか?
……だとしたら、大変だ」
先生は震える手で、ペンを拾い上げる。
「その人、そんなにヤバいの?」
光流が奏の顔を覗き込む。
「ええ。霧島家史上、最悪の祓い師です。
……禁忌を、犯しています」
「ヤバい薬も作れちゃう感じ?」
「いや。霧島琴子に、そんな力はありません」
そう言い切って答えたのは、斎賀先生だった。
ぴくり、と光流が眉を動かす。
「……薬作ってるやつは、別にいるってこと?」
光流は、じっと斎賀先生の目を見て言った。
「……その可能性が高いです」
「戒ってやつ、“実験”とか、霊の“合成”とかも、言ってたよ」
「そういうことができる人物が、いるんでしょうね」
一瞬の、沈黙。
光流の視線に耐えきれず、斎賀先生は顔を逸らした。
まるで、何か隠しているみたいに。
「奏さん。響さんは、常夜ノ会について……
他に何か言っていましたか?」
「はい。常夜ノ会の目的は、
“霊を利用し、強力な力を手に入れること。
そして、世界を作り替えること”だそうです」
「なるほど」
斎賀先生は、メガネをくいっと持ち上げた。
「今日の放課後、河川敷に、東雲警部の息子さんたちを呼んでいます。これから、君たちと一緒に動いてくれるそうです」
メガネの奥の瞳は、真剣だった。
「そこでまた、この話をしましょう」
――この集まりが“始まり”になる。
そんな予感がしていた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:2月7日15時
第三十一話 集う者たち




