第二十八話 心を重ねる夜【前編】
「ふがっ!ふがっ!!」
「……あ」
さっきまでの騒動を思い出した。
そうだ。まずは、颯を解いてあげないと。
颯の口元のガムテープに手を伸ばす。
そして、
ビリィッ!!
一気に引き剥がした。
「ってぇぇぇ!!」
颯が涙目になって叫ぶ。
「あ、ごめん」
「お前!もうちょっと優しくやれよ!!」
「しー!焼かれるよ!?」
僕は人差し指を立てた。
颯が少しだけ、声のボリュームを落とす。
「だいたいアイツら何なんだよ?信用できんのか?」
「……たぶん」
僕は、颯の後ろで拘束しているロープを解きながら答えた。
「篝くん、“僕たちは不安定だ”って言ってた」
僕は、きゅっと下唇を噛んだ。
「このままじゃ、あの男――戒には勝てない」
「ッ!」
颯が顔を顰める。
「お互いのことを、よく知るべきだって、言ってたよね?」
「んなもん、よくわかって――」
言いかけて、颯は止まった。
「……いや」
小さく、息を吐く。
「そうかもな」
颯は視線を天井に向け、ぽつりと言った。
「お前のこと、俺……ちゃんとわかってなかったわ」
行燈の灯が、一瞬、ゆらりと揺れた。
「……」
僕は黙って、颯の言葉を待った。
「俺さ、お前の中に入る時……一瞬だけ、お前の記憶みたいなのが見えるんだよな」
「……え?」
ロープを解く手が止まる。
僕の記憶が……見える?
「一瞬だけな」
「……何を見たの?」
手に汗が滲む。
一体、颯に何を見られてしまったのだろう。
少しの、沈黙。
颯は、ゆっくりと口を開いた。
「母さんが死んだ日のこと、とか」
五年前の、あの日。
心臓が、ドクンと跳ねた。
「それで、俺、わかったんだよ」
颯は、僕に背を向けたまま続けた。
「あの日から。
何でお前がずっと、俺のこと避けてたのか」
ドクン……ドクン……。
――これはきっと、僕の音だけじゃない。
「お前さ」
行燈の灯が、静かに揺れる。
「“俺のことも不幸にする”とか、
勝手に思い込んでたんだろ」
「……」
胸が痛い。
返す言葉が見つからない。
「……でもよぉ」
颯が、堪えきれなくなったみたいに、吐き出した。
「俺からしたらさ。
何も言わずに勝手に距離置かれて!
意味わかんねーし!」
言葉が、刃物みたいに突き刺さる。
「俺だって、母さんが死んで……辛かったんだよ!」
喉の奥が、ぎゅっと締まった。
「お前にまで避けられて」
颯の背中が、少しだけ震えていた。
「そういう時こそ、一緒に乗り越えてくもんじゃねーの!?
兄弟ってそういうもんだろ!?」
「……ごめん……颯……」
やっと出た声は、情けないほど小さかった。
「僕は……ただ……」
言葉が上手く、話せない。
「君を、守りたくて……」
「じゃあ、せめてそうやって言えよ!」
「……!」
「言わなきゃ、わかんねぇだろ!」
一瞬、空気が張り詰める。
「一人で抱え込まれる方が、迷惑なんだよ!」
五年前。
僕は、颯を守るために、距離を置いた。
けれどそれは――
結果として、颯を、傷つけてしまった。
「お前だって辛かったのは、わかったよ!
でも俺は……!」
颯の声は、怒りと悲しみと悔しさが混ざって、濁っていた。
「俺は……お前を支えたかったんだよ……」
――身体の奥が、熱くなる。
「頼れよ……もっと……」
颯の声は、かすれていた。
「俺は、そんなに頼りねぇかよ……」
最後のロープが、解けた。
「……僕は」
声が震える。
「もっと君に、話すことがあった」
颯の背中に、そっと額を押し当てた。
「一人じゃなくて、
もっと……君と一緒に考えて、決めるべきだった」
僕は、“君を守るため”と言いながら、
一番大切な君の気持ちを、
ずっと置き去りにしてきてしまった。
「ごめん、颯……」
青白く、温かい光が、僕らを包む。
「これからは、もっと話そう。
お互いのことが、よくわかるように」
勝手に、涙が頬を伝っていた。
「……そうだな」
颯の返事は、力強かった。
――僕はもう、君から逃げない。
「……おい」
颯が、僕の方を振り返る。
「今、なんかいける気がしねぇか?」
颯が、何のことを言っているか、わかった。
「……うん」
僕らは、そっと、掌を合わせた。
「来て。颯」
***
Side:颯
「来て。颯」
柊の声は、今までになく優しかった。
導かれるように、
俺の身体は、柊の中へと吸い込まれていく。
温かい。
俺の全部が包み込まれて、
ゆっくり、溶け合っていく。
これまでの、
否応なく捩じ込まれる感じとは、明らかに違った。
次の瞬間、ゆっくりと視界が開け、
柊の記憶が見えてきた。
桜吹雪が舞う。
そこに立つ、幼い少年――俺だ。
その隣には、まだ若さが残る、親父。
「今日から、私たちは家族だよ」
そう言って、母さんが柊に微笑む。
「かぞく?」
幼い柊が、母さんに尋ねた。
「そう、柊と颯は、兄弟になるの」
『ぼくと、はやて。きょうだいになるんだ』
柊の、心の声が聞こえてくる。
ガキの俺は、柊に近づいて、
小さなその手を、ぎゅっと握りしめた。
「しゅうは、いまから、おれのにいちゃんだ!」
俺、そんなこと言ってたっけ。
「よろしくな!」
ニカっと歯を見せて笑う、あの頃の俺。
それにつられて、柊も笑う。
「……うん!」
また、柊の声が脳内に響いた。
『うれしい。ぼくの、おとうと。
これから、ずっと、いっしょにいようね――』
……そうだよなあ。
兄貴。
俺も、嬉しかったんだよ。
お前が、兄貴になってくれて。
この先、どんなことがあっても、
お前がいてくれたら、大丈夫だって思ったから。
映像は霧のように消えていき、
俺は柊の中で、目を覚ました。
“いなくならないで”って、ずっと願ってたのは、
――俺の方だったのかもしれない。
***
僕と颯の掌が、そっと触れ合った瞬間――
ブワァァァ!!
颯の身体が白銀の閃光に代わりに、
僕の胸へと一直線に突き刺さった。
血液が巡る。全身が熱い。
骨格が組み変わったような、あの感覚。
もう、恐怖はなかった。
心音が、二つ、重なり合う。
これが、僕たちの意思で、
初めてできた“共霊”だった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:2月4日23時
第二十八話 心を重ねる夜【後編】




