第二十七話 弱さの話をしよう【前編】
***
Side:柊
――数時間後。
僕は、意識を取り戻した。
……死んだのかな。
ぼうっと天井を眺める。
天国には似つかわしくない、木の天井。
だけど、部屋を包む香りと柔らかな灯は、
死後の世界を思わせるようだった。
トクン……トクン……
心臓が、脈打つ音が聞こえる。
僕は、あの男に撃たれて、
どうなったのだろう。
むくりと身体を起こすと、額に痛みが走った。
「うっ!」
手で額を押さえる。
夢じゃない。
確かに、この位置に弾丸を受けた。
ガタ……。
ふすまが、ゆっくりと開いた。
「気がついた?」
柔らかな声。
現れたのは、美しい青年。
僕は思わず、息を呑んだ。
「き、君は?」
「……僕は、篝」
そう言って、青年――篝くんは柔らかく微笑む。
その笑顔を、どう受け取ればいいのか、わからなかった。
「危なかったね。君、死ぬところだったよ」
「……死……ッ!?」
顔が青ざめる。
反射的に、額に拳銃を当てられた瞬間を思い出した。
「君が、助けてくれたの?」
「うん。正確には、僕と、金髪の青年」
光流くんのことだと、すぐにわかった。
「ありがとう」
深く、頭を下げる。
命拾いをした、という実感が、今さら落ちてきた。
「ふふ……」
篝くんは、僕に湯呑み茶碗を手渡した。
暖かい。
緑茶の匂いが、鼻をかすめた。
「どうして、僕を……助けてくれたの?」
「さあね。助ける価値があったかどうかは、これから僕が決めることだよ」
どういう、意味なんだろう。
彼がどんな人物なのか、まるで掴めない。
「あの、颯……僕と一緒にいた霊は?」
「ああ」
篝くんは、思い出したかのように、呟く。
「驚いたよ。あの子、全く霊力がない」
その言葉に、僕はビクッと肩を振るわせた。
バレている。
僕の反応を見て、何かを察したかのように、
篝くんは、優しく微笑んだ。
「ふふ……。安心して、誰にも言わないよ。
彼は今、別の部屋で眠ってる」
「……あ、ありがとう」
「君は、彼のことが余程、大切なんだね」
そう言って、篝くんは座椅子に腰を下ろす。
「颯は……僕の弟なんだ」
「なるほど。――それが、君の“理由”か」
「颯を、元に戻したい。その、手がかりが欲しい。
ただ……」
僕は、湯呑み茶碗をぎゅっと握りしめた。
「今は、それだけじゃなくて」
“見える”ことはいけないことだと思っていた。
でも、その力で世界を守る人たちがいる。
僕も、守る側になりたいと思った。
それが、颯を元に戻すことに繋がる気がして。
「颯を――みんなを、守れるようになりたいから」
「……へぇ」
篝くんは、目を伏せた。
長い睫毛が、白い頬に影を落とす。
「君は、変なことを言うね」
「……?」
「守れるのは、強者だけだよ」
ドクンと、心臓が高鳴った。
「君は、本当に誰かを守れるの?」
篝くんは、真剣な顔をして言った。
真っ直ぐに、僕の目を見て。
ビー玉みたいに透き通った、グレーの瞳から、
僕は目が逸らせなかった。
「僕は……」
何も、答えられない。
喉の奥が、ひりついた。
「……守れない」
「……」
「うん。君の弟も、元に戻せないだろうね」
「……あ」
彼はまるで、僕の心を読んでいるみたいだ。
「君は、何を知っているの?」
「ふふ……」
篝くんが、また柔らかな笑顔に戻る。
「君が強くなったら、教えてあげるよ」
そう言って、篝くんは僕の頬にそっと触れた。
「……!」
僕はピクッと肩を震わせる。
その手がとても冷たくて、驚いてしまった。
――まるで、生きている人の温度じゃないみたいだった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:2月3日21時
第二十七話 弱さの話をしよう【後編】




