第二十六話 理想は、力の前に折れる【前編】
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同時刻。霧島分家――奏の自宅。
静かな和室で、二人は向かい合っていた。
奏と、男性のように短い黒髪の少女。
二人は、それぞれ別の制服を身に纏っていた。
奏は、お茶を一口啜った後、ゆっくりと口を開いた。
「あなたが家に来るなんて、随分と久しぶりですね。
……響」
湯呑み茶碗を置き、真っ直ぐに彼女――響を見つめた。
「元気そうね、奏」
響は、表情を変えずに言う。
霧島響――霧島家本家、現当主の姉の娘。
かつては、霧島家の有力な後継者候補だった。
――三年前までは。
響は、落ち着いた声で話し始めた。
「……和音が、霧島家の後継者として、正式に決まったのは、知ってる?」
三年前に生まれた、当主の一人息子、和音。
「……ええ」
奏は、気まずそうに視線を逸らした。
「結局は、男」
一瞬の沈黙。
響が、ハッと嘲笑う。
その拳は、畳の上で強く握り締められていた。
「……響、あなたはよくやりました。その実力は、霧島家も認めています」
「実力なんて関係ない!」
響が、力強い声で叫んだ。
「久世家は、女だろうと実力があれば当主になる」
久世家では、女が当主になることもあった。
「霧島家はね、久世家や御影家に見下されてる。
……なんでか、わかる?」
響は立ち上がり、奏を下に見ながら言った。
「見下されてなんかいません。霧島家は……
力だけで人を測らない家です!」
「……伝統や秩序、規律――そんなものばかり気にしてるから、この家は弱いのよ」
「そんなこと……」
「奏、私は霧島家を出るわ」
奏の声に被せるように、響が言った。
強く、はっきりとした声だった。
「私は強くなる。そして、この家を後悔させてやる」
中庭のししおどしが、音を立てた。
「……どんな手段を選んでも、ね……!」
響の表情は、憎しみに満ちていた。
「響。いけません、力が全てではないはずです……!」
奏が立ち上がり、響に歩み寄る。
響は、噛みしめるように息を吐いた。
「そのうち、霧島は久世に潰される」
真剣なその言葉に、奏はびくっと身体を震わせた。
「それで良いなら、あんたはここでのんびりやってなよ」
響はそう言って、奏に背を向けると、
ふすまに手をかける。
「響!待って!」
奏は、思わず前に出ていた。
奏にとって響は、ただの親戚ではない。
霧島家に産まれた女同士、幼い頃から姉の様に慕っていた存在だ。
「考え直しましょう!私も力になりますから!」
必死に、響の手を取る。
「……そこまで言うなら、ね」
ボウッ。
響の身体が、赤い霊力に包まれた。
「……ッ!?」
その熱に触れ、咄嗟に奏が手を離す。
「私のこと、倒してみてよ」
にやり、と響は笑った。
その表情は、奏の知っている“姉のような響”ではなかった。
「その霊力は……!?あなた、一体何をしたんですか!?」
奏の声は、わずかに震えていた。
「教えてあげる」
響は、敷地の奥――訓練場の方へ視線を投げる。
「私たちが昔、よく一緒に練習した場所で、やろう」
響が、一歩、距離を取った。
その仕草だけで、
もう同じ“土俵”に立っていないことが、はっきりとわかった。
「……響」
「大丈夫」
響は、奏の方を見ずに言った。
「これは、喧嘩じゃない。
――“証明”だから」
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※次回更新:2月1日15時
第二十六話 理想は、力の前に折れる【後編】




