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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
始まりの心音

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第二十二話 それは、霊害じゃなかった【前編】

ここから、物語が加速します。


 電車に揺られること三十分。

 僕たちは、市外にある海へと向かった。


 ――アクアサンビーチ。


 まだ五時なのに、辺りは夜みたいに暗かった。

 ただの曇りじゃない。肌に、嫌な湿気が纏わりつく。

 

「うぇーい!海〜!!」


 光流くんが砂浜に駆け出す。

 

「誰もいなーい!!」


「当たり前だろ。まだ五月だぞ」


「こんな天気じゃ、夕日も見られないからねェ。

 まあ、アンタたちにとっては、好都合じゃなァい?

 一般人に気を取られず、思いきりやれるんだから」


「人がいようがいまいが、関係ねぇよ。

 ――俺が速攻で、ぶっ潰してやる」


「……颯、油断しないで」


「わーってるよ」


 軽い返事が、逆に不安だった。


「見た感じ、あそこの岩場が怪しいね」


 光流くんが指さした先。

 人工ビーチの端に、景観用の岩場があった。


「行ってみましょ」


 僕は頷き、四人で砂浜を踏みしめながら岩場へ向かった。


 ドクン……ドクン……


 自分の心臓の音が、やけに大きく聞こえた。

 

 五月の海は、あまりにも静かすぎる。

 ――嵐の前みたいに。


 颯も、光流くんも、麗子さんもいるのに、胸騒ぎが消えない。


 岩陰で、黒い影がゆらりと動いた。


「……来いよ」


 颯が低い声で呟いた、その瞬間――


 ザバァッ!


 大きな黒い影が姿を現す。


 頭部のない大蛇のような形で、身体には歪んだ顔がいくつも張り付いていた。

 全長五メートル以上はありそうだ。


「複合っぽいわねェ……。

 海で亡くなる人は少なくないもの」


「海難事故かもしれないし、自殺かもしれないね」


 光流くんは目を閉じ、祈るように手を合わせる。


「もう十分、苦しんだはず。……楽にしてあげよう」


「おい!柊!霊力!」


「う、うん!」


 僕は慌てて、颯に両手を向けた。


「いい?柊、最初は二十パー。

 相手の強さも攻撃の仕方もまだわからない。まずは様子見」


「……はい!」


 言われた通り、霊力を抑えめに流す。

 颯の身体が、淡い青白い光に包まれた。


「オラァ!!」


 颯の拳が、霊害の胴体に叩き込まれた。


「あ……ああ……」


 霊害が苦しそうな声を漏らす。


「いい感じよォ〜」


「颯が攻撃を受けたら、その分だけ霊力削れるからね。

 そのダメージを見て、必要な分だけ供給。わかる?」


「はい!」


「……もう一発!」


 颯が拳を振り上げる。

 しかし、


 バシィッ!


 海中から、霊害の尾が跳ね上がった。

 横薙ぎの一撃が、颯の身体に直撃する。


 ダァン!!


 颯はそのまま、岩場へと叩きつけられた。


「颯!!」


 僕は急いで手をかざし、一気に霊力を送り込んだ。


 ゴオォ――!

 

 青白い光が、激しく颯を包み込む。


「あっ、コラ!送りすぎー!」


 光流くんが、指先で僕の頬を軽く突いた。


「ご、ごめんなさい……!」


「ダメージ見ながらって言ったよね?

 今必要な分だけ送らないと、ただの無駄遣い!」


「颯は霊力切れで消えたりしないんだから、そんなに慌てなくていいのよォ〜?」


「慌てない、慌てない……」


「敵がアイツだけとは限らないし〜。

 柊の方に攻撃が向いた時、“霊力残ってませんでした〜”じゃシャレになんないからね〜?」


「……やりやがったな」


 颯は立ち上がり、再び海上へ飛ぶ。


 ザブン!


 霊害は一度、海中へと姿を消した。

 次の瞬間――


 ドバァァッ!!


「うぉ!?」


 死角からの奇襲。

 颯は紙一重でかわすが、霊害はすぐにまた海へと沈む。


「ありゃりゃ。アイツ意外と賢いね」


 光流くんは手を額にかざし、遠くを眺めた。


「颯!落ち着いて、相手の霊力を探るのよォ!」


 麗子さんの声が響く。


「落ち着けって言われてもよぉ……っ!」


 バシャァッ!


 再び海中からの奇襲。

 颯は腕を交差させて受け止めるが、その勢いで後方へと弾き飛ばされた。


「ん〜。奏ちゃんは、霊力探るの得意だったね〜。

 今日いないのが、残念!」


 光流くんが、僕の方を向く。


「でもね。

 柊にも、できるはずだよ。やってみな」


「ぼ、僕に……?」


 光流くんは意地悪く口角を上げた。


「やらなきゃさ……

 颯が、やられちゃうよ?」


 ドクン。


「……ッ!やるよ!!」


 僕は海の方へと向き直り、深く息を吸う。

 そっと、目を閉じた。


 落ち着いて……探るんだ。

 霊力の、流れ……。


 すぐ隣に、強くて安定した霊力。

 背後には、どっしりとした存在感。

 

 海の上には、馴染みのある霊力――颯。


 そして、海の中。


 何かが動いている。

 冷たく湿った、ぞくっとする禍々しい気配。

 

 ……これだ!


「颯!!来る!!」


 喉が裂けるくらい、叫んだ。


「岩場の方から!!」


「っしゃ!!」


 颯がぐるりと岩場の方へと向き直り、拳をかまえた。

 そして――


 ザバァァッ!!


 岩陰から、霊害が突撃してくる。


「ビンゴ!!」


 ドゴォッ!!


 颯の拳が、一直線に霊害に叩き込まれた。


「……ああ……あ……」


 苦しげな声を上げ、霊害は再び海の中へ。


「あと少しよォ!」


「柊!次どっから来る!?」


「ちょっと待って!」


 僕は、もう一度目を閉じた。

 

 ――来る。

 颯の左側だ!


「左から――」

 

 叫ぼうとした、その時だった。

 

 ――ドクン!!


 心臓が、飛び上がる。

 

 一気に血の気が引く。

 全身に鳥肌がたった。


 この気配は……

 光流くんでも、麗子さんでも、颯でもない。

 重く濁った、はっきりした殺気。


 これは……誰のものだ……!?


「おい、柊!!」


 颯の声が聞こえる。

 

 でも、身体が動かない。いや、動けない。

 額に、じっとりと汗が滲んだ。


「颯!左からよ!」


 代わりに麗子さんが叫んだ。


「左な!」


 颯がすぐさま向きを変え、拳に力を込めた。


 ザバァンッ!!


「颯!!」


 光流くんが叫んだ。


「そいつ、一撃で仕留めろ!!」


 ――冗談も軽口もない、焦った声。

 

「もう、楽になれえぇ!!」


 ドガァァン!!


 拳が、霊害の中心を貫く。


「あ……ああ……」

 

 パァーンッ!


 霊害は割れた風船のように弾け、黒い影は光の粒となって曇り空へ溶けていく。


「っしゃあ!!」


 颯が空中でガッツポーズをした、その瞬間――


 パン!


 乾いた音。

 

 赤い光。


 颯の身体は、宙を舞っていた。

 

 その向こうで、誰かが嗤った。


読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:1月29日21時

第二十二話 それは、霊害じゃなかった【後編】

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