第二十話 それでも、チーム
翌日。化学準備室。
「あのねぇ、光流くん」
斎賀先生は、怒っていた。
「はーい!」
光流くんは、バランスボールに座ったまま、元気よく返事をする。
……今日はバランスボールか。
僕はもう、光流くんの奇行にも、だいぶ慣れてしまっていた。
「はーいじゃないの!!とりあえず!それ!降りなさい!!どっから持ってきたの!!」
「ちょっとまって〜、あ」
バランスを崩した光流くんが、勢いよく転倒した。
ガッシャアァァァン!!
そのまま、棚に激突。
「ああああああ!!またビーカー割れた!!」
斎賀先生、いい加減、化学準備室に集合させるの、やめた方がいいと思う。
「人が管理してるものより、自分が管理してるものが壊れた方がマシだと思ってんのねェ」
まるで僕の心を読んだみたいに、麗子さんが言った。
「壊れることは、前提なんですね」
奏さんが、湯呑みのお茶を啜りながら呟く。
ていうか奏さん、いつの間にお茶セット持ち込んだの?
「あのねぇ!!今月、何枚ガラス割ったと思ってるの君!!」
斎賀先生は、割れたガラスを片付けながら、叱り続けていた。
「え〜?二枚?」
「三枚です!!教室と、体育館と、正面玄関!!それから、今ので一枚増えました!!」
「体育館のは、ヒビ入っただけだったよ〜?」
「割れてんだよ!!」
斎賀先生は、一瞬、完全に敬語を見失った。
「なんで退学になんねぇんだよ」
ぼそっと呟いた颯を、斎賀先生がびし!っと指さす。
「そこです!!光流くんが退学にならない理由!それは――」
「俺がこの学校きっての天才だから〜!」
「正解!!……じゃなくて!!何でですか!?どういう脳の構造してるんですか!?!?」
「光流くん、この間の中間テスト、ほぼ全教科満点で一位だったらしいよ……」
僕は、颯に小声で囁いた。
「まじかよ。奏より上ってことか」
その時。
ぴくっ。
それまでは、ひとりでまったりとお茶を飲んでいた奏さんの、眉が動いた。
「何で……!何で光流くんの方が上なんですか!?いつ勉強してたんですか!?!?」
怒りに任せて、奏さんが湯呑みを放り投げた。
ガッシャーン!!
「ちょっとぉ!奏さん!!割れ物増やさないでぇ!!」
「奏は、テスト勉強、頑張ってたものねェ」
「うえーん、麗子さぁん……!」
奏さんの目からは、涙が……。
麗子さんが、奏さんの頭を優しく撫でる。
確かに奏さん、訓練の間にも、ちゃんとテスト勉強してた。
「光流くんって、頭良いのに……何でこの高校にしたんだろ」
僕の素朴な疑問に、麗子さんが答える。
「家から近いからよォ」
即答すぎた。
「というかですね!!光流くん!!」
斎賀先生が、今度は僕をちらりと見た。
「昨日、柊くんのお父さんから、学校に問い合わせがありましたよ!!『朝倉光流くんって、どんな子なんですか?』って!!」
「えっ、それは知らんかった」
光流くんは、何事もなかったかのように、再びバランスボールに座る。
「だからそれ降りろって」
「体幹鍛えてんの〜」
「と、父さんが……何で??」
僕も、それは知らなかった。
思い当たることと言えば……。
昨日、意識を失った僕を、光流くんが背負って帰ってくれたことくらい。
「ああ、お前、昨日気絶してただろ?」
颯が、思い出したかのように言う。
「親父がびっくりして、光流に理由聞いてたんだよ」
「そうそう!だから、俺のドッジボールが当たって気絶したってことにしといた!俺、えらい!!」
全員の視線が、光流くんに刺さった。
「それだな」
と、颯が言う。
「それですね」
「それねェ」
僕は、光流くんの方を向く。
「そ、そうだったんだね……ありがとう」
「アンタ、そこは怒るところよォ」
「てか柊、意外と重いんだね!食べるもの、気をつけた方がいいよ!」
唐突に、光流くんが満面の笑みで刺してきた。
「へぶぅ!!」
僕は反射的に、人生で一度も使う予定のなかった声を出してしまった。
「柊くん!!“へぶぅ!!”はダメです!!不憫の呪い……いや!斎賀の呪いがかかってしまいます!!」
奏さんが慌てて、斎賀先生を指差す。
「奏さん!?僕の呪いって何ですか!?そんな設定、ありませんよ!?」
「うう……確かに、最近やたらとお腹空くから、食べすぎちゃってたけど……あんなカロリー爆弾みたいな飲み物飲んでる人に、食べ物がどうこう言われたくなかった……」
僕は、静かに床に跪いた。
奏さんと麗子さんが続ける。
「霊力を使うと、お腹が空きますからね」
「光流は、摂取してるカロリーもすごいけど、消費してるカロリーもすごいのよねェ」
「うぇ〜い!」
斎賀先生は、くいっと眼鏡を持ち上げた。
「……で。柊くんは、なぜ気絶したんですか?まさか本当に、光流くんがドッジボールをぶつけた、というわけではないでしょう?」
「あー……」
光流くんが、少しだけ言葉を選ぶようにして話し始める。
「昨日、たまたま霊害と遭遇してさ。颯が祓ってくれたんだけど、その時に、柊がオーバーヒートしちゃって」
「なるほど」
斎賀先生が、ふぅっと息を吐いた。
「……僕が、上手くやれなかったんです」
僕は、賑やかな空気に取り残されたみたいに、小さな声で言った。
「霊力の出力量や供給量の調整は、とても難しいんです」
奏さんが、落ち着いた声で話し始める。
「私だって、まだ上手くできません」
「……奏さん」
その一言に、少しだけ胸が軽くなった。
「でも……」
僕は、思わず光流くんの方を見た。
光流くんは、いつもあんな調子で、さらりとそれをやってのける。
「柊くん。気持ちは分かります」
奏さんは、少しだけ視線を逸らしてから、続けた。
「光流くんは、ああ見えて何でも平然とやってのけますし、正直、とても腹立たしいです。たまに、罰が当たればいいのに、と思うくらいには」
「それは俺も思うぞ」
「わかるわァ」
颯と麗子さんも、うんうんと頷いていた。
「待って!みんなひどい!!」
「ですが」
奏さんは、ぴしっと言葉を切った。
「人と比べても、意味がありません。私たちは、私たちのペースで進めばいいんです」
僕は、一拍置いてから、聞き返した。
「……僕は、僕のペースで……?」
「そうです。柊くんは、ちゃんと前に進んでいますよ」
その言葉は、慰めじゃなく、事実としてそこにあった。
――奏さんは、やっぱり、強い。
「うん。僕、頑張るよ」
「うーん!やっぱり柊って、良いよね〜」
光流くんがバランスボールの上で正座したまま言った。
こんなところでも、高難易度の技をさらりとやってのけている。
光流くんの表情が、一瞬だけ、真顔になった。
「できなくて、悩めるって、良いよね」
「……おい。お前、柊のことバカにしてんだろ……」
「してないって〜!」
光流くんは、すぐに、いつものおどけた顔に戻る。
「んじゃ、課題も見つかったことだし!特訓しに行こ〜!」
「……うん!」
「まったく」
斎賀先生が、困ったように笑った。
「……良いチームに、なってきましたね」
「そうよねェ」
斎賀先生と麗子さんは、僕らに聞こえない声で、そんなことを話していた。
「でも、物は壊さないでね……」
――そうして僕たちは、いつもの河川敷に向かった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:1月27日21時
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