第十九話 母親は、幸せになっていい【後編】
まなちゃんのお母さんの背中から――霊害が現れた。
成仏の余韻を、引き裂くように。
「お母さん。少し、失礼します」
奏さんが静かに歩み寄り、お母さんの前で指先を動かす。
星印を描くような軌跡だった。
「え?」
お母さんが首を傾げた、その時――
ピシッ……!
奏さんが描いた軌跡が光を帯びる。
「……あ……ああ……」
黒い影――霊害が、お母さんの身体から引き剥がされ、姿を現した。
「楽に、してあげよう」
僕は、霊害をまっすぐ見据えた。
溶けたような黒い影が、地面を這って逃げようとする。
「……俺の、出番ってわけだな」
颯が鼻をすすり、霊害へ向き直る。
「行くよ!颯!」
僕は、颯に向かって手をかざす。
掌から溢れた光が、一直線に颯へ流れ込む。
「おいおい!量、大丈夫!?飛ばしすぎてない!?」
光流くんの慌てた声が響く。
でも、その声は――今の僕と颯には届いていなかった。
「オラァ!」
颯が低い姿勢で駆け出し、足を振り抜こうとした。
しかし――
「……お……おか……おかあ……さん………」
「!?」
霊害が、苦しそうに母を呼ぶ。
颯の足が止まった、その瞬間。
ヒュッ!!
霊害が、触手のような棘を生やし、颯に向かって一斉に伸ばした。
「颯!!」
僕の叫びと同時に――
ドガンッ!!
麗子さんの蹴りが、棘をまとめて砕いた。
「怯むな、颯ェ!そいつを苦しみから解放するには、アンタが祓うしかないのよォ!!」
「……ッ!!」
颯の顔つきが、変わる。
霊害の輪郭が歪み、
子どもほどの大きさの、棘だらけの球体へと変わる。
「颯くん!形を変えても、相手の霊力は変わりません!
より強い霊力でぶつかれば、砕けます!!」
「颯、大丈夫!僕がついてる!!」
僕は両手をかざし、霊力を颯へ流し込む。
霊力を流すたび、頭の奥が痛む。
その時――心臓が、ドクっと跳ねた。
ぷつり。
左の鼻から、血が落ちる。
視界が、一瞬だけ揺れた。
それに気づいた光流くんが叫ぶ。
「柊!無理すんな!!」
僕は、いい。
行け――颯。
颯が、拳に力を込める。
「……びびっちゃいねーよ!」
にやりと笑い、霊害へと突っ込んだ。
「もう、楽になれ!!」
ドガァァァン!!
拳が、中心へ叩き込まれる。
棘を砕き、深く。
「……おかあ……さん………」
子どものような声だった。
潰された果実のように、霊害が弾けた。
黒い影は光となり、空へ昇っていく。
「……どうか安らかに、お眠りください……」
還せた。
全身の力が抜け、僕は崩れ落ちた。
「柊くん!!」
奏さんの声が、遠くから聞こえる。
「あちゃちゃ。だから加減しろって言ったのに〜。
ほんと、無茶しすぎ」
光流くんが後頭部を掻きながら、地面に横たわる僕へ歩み寄った。
少し離れたところで、颯と麗子さんの声がする。
「あの霊害……“お母さん”っつってたな」
「もしかしたらあの子も、まなちゃんみたいな、子どもの霊だったのかもしれないわねェ。
お母さんを探していたのかもしれないわ」
「……」
颯は何も言わず、ぎゅっと拳を握りしめた。
「同情はナシ。霊害になれば、もう別物よォ。
それより――」
麗子さんが、倒れ込む僕を指さす。
「アンタが心配すべきは、あっちじゃなァい?」
「……柊!!」
颯がはっとして駆け出した。
意識が、遠くなる――。
その中で、
まなちゃんのお母さんの声が、かすかに聞こえた。
「ありがとう。あなたたちのおかげで、私もまた、前向いて生きていけそうです。
……まなの分まで」
残された人達には、その後の人生がある。
立ち止まりながらでも、前に進んでいく人生が。
祓い師って、守るだけじゃなくて、
誰かに、前を向く理由を、残す仕事でもあったんだ。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:1月25日15時
第十九話 母親は、幸せになっていい【結】




