第十八話 ずっと、会いたかった人【前編】
僕は、女の子を膝に乗せて、病院のカフェで場所取りをしていた。
その少し後ろで、颯と麗子さんが空中を浮遊している。
――当然、周りは誰も気づいていない。
「お待たせー!」
飲み物を買いに行ってくれていた光流くんと奏さんが、戻ってきた。
「ありがとう。二人とも」
僕の目の前に、二人がアイスカフェオレとココアを置く。ココアは、きっと女の子のためだろう。
隣に腰掛けた奏さんのカップからは、ダージリンの香りがしていた。
そして。
僕は、光流くんの飲み物を見て、思わず固まった。
「光流くんの……何それ?」
「これ?光流特製!カスタマイズ盛り盛りフラペチーノ」
山のように盛られた生クリーム。その上から、三種のソース。甘さの暴力みたいな飲み物だった。
いったい、どんな味がするんだろう。
「アンタ、病院のカフェでそんなもん頼んで……。そのうち身体壊すわよォ」
麗子さんは、呆れたように肩をすくめた。
「お二人は、本当に何も要らなかったんですか?」
奏さんの問いに、颯が腕を組んで答える。
「喉乾かねーからな」
麗子さんも、軽く頷いた。
麗子さん、この間の居酒屋では、本当にただ飲みたかっただけなんだね……。
「んで?」
光流くんが、僕の正面に腰を下ろし、ちょこんと僕の膝に座っている女の子に視線を合わせる。
「君は、いったい誰なんだい?」
「……まな!」
女の子は、僕の顔を見上げて、はっきり答えた。
「まなちゃん、っていうんだね」
僕も、まなちゃんの顔を見て言った。
「お兄ちゃんたち、まなが見えてるの?」
「うん。僕たちはね、まなちゃんみたいな子が見えるんだ」
「すごい!」
ぱっと、まなちゃんの顔が明るくなる。
「まな、今まで、誰にも気づいてもらえなかったのに」
その言葉に、胸がちくりと傷んだ。
この子は、ずっと一人で、病院の中を彷徨っていたのだろうか。
「まなちゃんは、誰か探してたのかな〜?」
光流くんが、いつもの調子で、でも優しく尋ねる。
「ママ!」
「お母さんを、探していたんですね」
奏さんはそう言いながら、ケーキの箱を開けた。
カトラリーコーナーから、きちんと人数分のフォークも持ってきている。
「お家にいると思うんだけど、まな、行き方がわからなくて」
まなちゃんは、箱の中のケーキをじっと見つめながら話す。
「なるほどねェ……」
麗子さんが顎に手を当てた。
「ケーキ、早く食べたい!」
弾む声で、まなちゃんが僕に訴えた。
「そうだね。ケーキ、食べようか」
奏さんが付属のプラスチックナイフで、丁寧にケーキを切り分ける。
奏さん、きっちり六つ。さすが。
「お皿がないので……ごめんなさい。みなさんで、つつきましょう」
「うぇ〜い!その方が誕生日っぽくない!?あ!ローソクは!?」
「別にいらねぇよ……」
ローソクを探し始めた光流くんに、颯が少し照れたように言う。
「ありますよ」
奏さんが、箱の側面についていたローソクを剥がして見せた。
「六本しかないけど、ま、いっかー!」
そう言って、光流くんがケーキにローソクを立てる。
そして、指先から――ぽうっと、青白い光を流した。
優しく、あたたかい光が、一本一本のローソクに灯る。
チョコレートケーキ全体も、皿ごと淡い光を纏っていた。
――僕たちにしか、見えない光。
「すごぉい!」
まなちゃんが、目を輝かせて声を上げた。
「俺ら流の祝い方〜!颯!おめでとう!」
「……おー」
「颯くん、どうぞ。火を」
奏さんが、手でケーキを示す。
「……これ、息で消えるんかよ?」
「大丈夫よォ。光流の才能が、こんなところでも生きるわァ」
「ハッピーバースデー トゥ ユー♪」
光流くんが、手を叩きながら歌い始めた。
僕らも、その声に合わせて歌う。
「ハッピーバースデー ディア 颯〜♪
ハッピーバースデー トゥ ユー♪」
「さ、颯。早く」
僕に促されて、颯は少しだけ視線を逸らし、
それから――ふっと、息を吹きかけた。
ローソクの光が、ひとつ、またひとつと、静かに消えていく。
「十七歳、おめでとう。颯」
そう言って颯の方を見ると、少しだけ、頬を赤くしていた。
「……おーよ」
――こんな誕生日会は、きっと、この世にここだけだ。
「よし……颯!口、開けて!」
僕は、フォークにケーキを刺して構えた。
「はぁ?」
周囲の人達が、こちらを見ていないことを確認する。
そして――勢いよく、ケーキを颯の口に突っ込んだ。
大きめの、一口。
「ふがっ!!」
颯が、苦しそうな声を上げる。
「ふが!ふがふがふが!!」
たぶん、“おい!何すんだ、てめぇ!!”とか、そんな感じのことを言っているのだろう。
でも仕方ない。
「柊くん……意外と豪快ですね……」
奏さんが、少し引き気味に言った。
「あのねェ。そこまで警戒しなくても、大丈夫よォ」
麗子さんは、周囲の視線をうまく掻い潜りながら、何事もない顔でケーキを口に運んでいる。
……さすが、霊歴が長いだけある。
「これ、まなも食べれる?」
まなちゃんが、ケーキを指さして、少し不安そうに僕を見上げた。
「大丈夫だよ!」
僕は背中を少し丸めて、まなちゃんの口元をそっと隠した。
――この子にも、甘い記憶が残りますように。
「おいしい!」
ケーキを一口食べたまなちゃんが、嬉しそうに声を上げた。
良かった。ちゃんと、味もしてるみたいだ。
「ママもね、こうやって……まなの誕生日、祝ってくれてたの」
まなちゃんは、僕の腕の中でケーキを食べながら、ぽつりと呟いた。
「そうだったんだ……」
まだ、こんなに小さな女の子だ。
ママに会いたくて仕方ないに、決まっている。
眉を寄せる僕に、奏さんがそっとささやいた。
「柊くん。この子……お母さんに会わせてあげませんか?会えたら、何か変わるかもしれません」
「え……ど、どうやって?」
僕が尋ねるより早く、奏さんはまなちゃんに目線を合わせて、優しく問いかけた。
「まなちゃん。お家に行ってみたいのですが、覚えていること、教えてくれますか?」
「んー?いいよ〜!」
そのやり取りで、光流くんも、僕たちの狙いに気づいたらしい。
「まなちゃん!通ってた幼稚園とか〜、ママとよく行ったスーパーとか、覚えてたら教えて〜!」
「ん〜とねぇ!」
まなちゃんが話す断片的な情報を聞きながら、奏さんと光流くんはスマホの地図を覗き込み始めた。
「そ、それでわかるの?」
僕には、さっぱりわからなかった。
曖昧な言葉も多いのに、二人は「なるほど」「だとしたら〜」と、まるでパズルを解くみたいに場所を絞っていく。
「あー……死ぬかと思った」
ようやくケーキを飲み込んだ颯が、げっそりした顔で呟いた。
「アンタ、縁起でもないこと言うのねェ……」
「おい……コイツら何してんだ」
まだ状況を飲み込めていない颯が、しかめ面で上から覗き込んでくる。
「まなちゃんを……お母さんに会わせようって話」
「はぁ?家、わかんねぇんだろ?」
「まなのお家の近く、電車がくるよ〜!」
「どんな色の電車〜?」
光流くんの問いに、まなちゃんが元気よく答える。
「あかいろ〜!えきのまえに、みどりとあおのマークがあるよ!」
「……なるほど。だいたい見当がつきました」
奏さんは、地図をもう一度だけ見直してから、静かに頷いた。
どうやら二人は、もう場所を絞り込んだらしい。
特定、早すぎる。
「お前らすげーな!!探偵か!?」
本当に、二人とも頭が良い。
ちょっと怖いくらいだ。
「まなちゃんのお家まで、バスで十五分ほどです。ケーキを食べ終わったら、行ってみましょう」
「ママに……会えるの?」
まなちゃんが、僕の腕の中で小さく尋ねた。
「うん。ママに会いに行こう、みんなで」
「行く!」
その嬉しそうな笑顔につられて、僕たちの頬も、自然と緩んだ。
こうして僕たちは、まなちゃんの家へと向かうことになった。
バスに乗り込むと、その上空を、颯と麗子さんがふわりと並んで浮遊する。
まなちゃんは、バスの手すりに触れようとしてすり抜けた。だから、僕はそのまま膝の上に座らせた。
颯たちと一緒に浮かせるのは、なんとなく、可哀想な気がしたから。
「ママね、まながいなくなっちゃって、きっと、悲しんでると思うんだ」
「……うん」
「だから、まなは、ママのこと、元気にしてあげたいの!」
バスの中で、僕とまなちゃんはそんな会話をしていた。
「ここですね」
奏さんと光流くんが示したバス停で降りる。
まなちゃんはすっかり僕に懐いたみたいで、僕の手を握ったまま、隣を歩く。時々、奏さんとも手を繋いでいた。
それを見た光流くんが、にやっと笑う。
「夫婦みたーい!」
「ちょ、ちょっと……!」
「光流くん。まなちゃんのご両親に、失礼です」
慌てる僕とは対照的に、奏さんは冷静な声で、きっぱりとたしなめた。それを見て、颯が空中でくくっと笑っている。
「まな、お家わかる!」
周りの景色を見渡して、何かを思い出したのだろう。
まなちゃんは僕の手をぱっと離し、走り出した。
「あっ、まなちゃん!危ないよ」
慌てて後を追う。
辿り着いた先は――古いアパートだった。
まなちゃんは三階の角部屋を指さす。
「まなのおうち、あそこ」
僕たちは、下からその部屋の玄関を見上げた。
「……お母さん、いるといいね」
そっと、まなちゃんの肩に手を置いた。すると、
ガチャッ。
玄関の扉が開き、一人の女性が姿を現した。
でも、その顔は――暗く、沈んでいた。
笑っていない。
まるで、時間が止まっているみたいだった。
まなちゃんの指が、きゅっと力強く僕の手を掴む。
反射的に、僕たちは電柱の影に身を潜めた。
「ママ……!」
まなちゃんが、ぱっと顔を輝かせて、声にならないくらい小さく叫んだ。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:1月24日12時
第十八話 ずっと、会いたかった人【後編】




