第十六話 星と月【前編】
乾杯して、食べて、笑って。
そんな時間が続くはずだった。
「おい柊!次!これ食いたい!」
颯が、唐揚げを指さす。
「これね?……わかったよ」
僕は唐揚げに手をかざし、霊力を送り込んだ。
こうすることで、颯が食べ物を口にできる。
颯はすぐさま唐揚げを掴み、豪快に口へ放り込んだ。
「うまっ!!柊!次こっちの!」
「颯。お箸、使いなよ……」
「いいから早く!味噌カツ食いたい!」
「はいはい、ちょっと待ってね」
……完全に、子供の世話だ。
ご機嫌で咀嚼する颯。
どうやら、半霊でも味はするらしい。
そんな僕らの横で――
「光流くうううん!君、ほんとは頭良いんだからぁ!!もうこれ以上、学校で問題起こさないでくださあああい!」
斎賀先生が、号泣していた。
「跳び箱壊すし!教室でブレイクダンスして窓割るし!階段でパルクールごっこするし!それ全部SNSにあげて炎上させるし!!
あとねぇ!“光流くんのロッカー、香水くさすぎる”って苦情が来てますううう!!」
「先生、ほんと苦労してんのねェ」
ジンジャーハイを片手に、麗子さんがしみじみ呟く。
ところで麗子さん。
さっきからかなり飲んでるはずなのに、顔色ひとつ変わらない。
……霊だから?それとも、生前から酒豪だったのだろうか。
「光流くんの担任って、地獄ですね」
奏さんは、居酒屋の定番デザートだという――さつまいもにアイスが添えられたそれを、上品に口に運んでいた。
そして当の本人。光流くんはと言うと――
「ぐーーー……」
完全に、寝ていた。
「ちょっと光流……。アンタ、もしかしてアタシのジンジャーハイ飲んだんじゃない!?」
「えっ?ただ寝ているだけでは……?」
「甘いわね、奏。基本光流は、深夜二時過ぎないと寝ないのよォ」
「だから毎日、遅刻ギリギリなんじゃないですかあああ!」
斎賀先生が、その場に崩れ落ちた。
「光流くん、飲酒!?……ってことは、警察!?補導!?逮捕!?ど、どうしよう斎賀先生!!」
僕は慌てて、斎賀先生の肩を揺さぶった。
「間違えてちょっと飲んだだけなら、大丈夫でしょォ〜」
そんなことは気にも留めず、麗子さんはガブガブとジンジャーハイを飲み干す。
「ちょ、ちょっと……柊くん……揺らさないで……うぷっ……」
斎賀先生の顔が、みるみる青くなり、
そして――
「……お、おえええええええ!!」
吐いた。
「うぉい!!汚ねぇ!!」
颯が、空中に浮いて距離をとる。
「わあー!先生!!お水!お水をお願いします!!店員さーん!!」
奏さんが慌てて店員さんを呼ぶ。
「ぐーーー……」
そんな中でも、光流くんは爆睡していた。
コンコン!
軽快なノック音と共に、あの店員さんが現れる。店員さんの営業スマイルは、この光景を目の前にして消えた。
「お待たせしました〜!……って、えぇー……」
「ご、ごめんなさい!僕が揺さぶったせいで!!もうすぐ帰りますので!!」
僕は斎賀先生を支えたまま、何度も頭を下げた。
「……だから柊くん……揺らさないでぇ……おえっぷ!!」
斎賀先生が、再びえずく。
先生がぐったりと座り込み、店員さんが固まっている、その隙に――
「帰る前にこれだけ!!」
颯が唐揚げに手を伸ばし、ぱっと口に放り込んだ。
店員さんが目を見開く。
「!?か、唐揚げが……消えた!?」
「イ、イリュージョーーン!!」
すぐさま奏さんが、苦し紛れに両腕を大きく広げて誤魔化した。
奏さん、耳まで真っ赤だ。
「そ、それより店員さん!早くお水を!!」
「は、はい!ただいま!」
「光流ゥ〜、アンタいい加減起きなさいよォ!」
ガンッ!
麗子さんが、光流くんの頭を殴る。
しかし、光流くんは眠ったままだった。
「ぐーーー……」
――カオスだ。
でも、こんな時間が、
ずっと続けば良いと、思ってしまった。
「……ふはっ……!」
僕は、思わず吹き出した。
「お前、笑ってんじゃねぇよ」
颯のその声すら――どこか、心地よかった。
結局、奏さんが手際よく会計を済ませ、先生はタクシーで帰ることになった。
「もう九時を過ぎています!あとは店員さんに任せて帰りましょう!私たちが補導されてしまいます!」
――ということで、僕たちはグロッキー状態の斎賀先生を残して店を出ることになった。
ありがとう、奏さん。さようなら、斎賀先生。
「へぶぅ……」
僕たちが去った後、斎賀先生がひとり、呟いていた。
少し肌寒い春の夜道を、みんなで並んで歩く。
「すかーーー……」
眠る光流くんを、僕が背負っていた。
「悪いわねェ、柊。アタシが代わってあげたいところだけれど――」
申し訳なさそうにする麗子さんに、僕はへらっと笑顔を向ける。
「麗子さんと颯は、他の人には見えないからね」
「柊くん、大丈夫ですか……?」
奏さんも心配そうに声をかけてくれる。
「大丈夫。光流くん、意外と軽いよ」
そう言いながら、僕は軽く跳ねて、背中の光流くんの位置を正した。
昔、颯のことも、こうやってよくおんぶしてたな。
「筋トレだな!」
颯は上機嫌だった。さっき居酒屋でたくさん食べたのが、よかったのかもしれない。
「奏さんの、最後に食べてたデザート美味しそうだったね。さつまいもにバニラアイス添えてたやつ」
「美味しかったですよ。さつまいもがほくほくで温かくて」
「あ〜!俺もそれ食べたかった!」
「アンタ食いすぎよォ。追加で炒飯とか焼きそばも頼んでたじゃない」
そんな他愛もない会話をしながら歩いていると、気づけば駅前に来ていた。
「では、私は電車なので……ここで」
電車通学の奏さんとは、ここでお別れだ。
「気をつけて帰るのよォ」
「じゃーな」
「奏さん、また明日ね」
「はい、また明日」
奏さんはぺこりとお辞儀をしてから、顔を上げてはにかんだ。
……やっぱり、奏さんの笑顔は可愛いな。
光流くんを背負っていて手が塞がっている僕の代わりに、奏さんが小さく手を振ってくれる。僕らは、駅の中に消えていく彼女の後ろ姿を見送った。
夜空に、星がひとつ、瞬く。
雲に覆われて、月はまだ、見えなかった。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:1月20日21時
第十六話 星と月【後編】




