第十三話 初出勤【後編】
「おい!麗子!もっかいやろうぜ!!」
胸に引っかかる違和感なんて、颯はまるで気にしていない。
――その時。
「みんな〜!良かった、ここにいた!」
声がした方を振り向くと、そこに停まっていたのは――斎賀先生の車だった。
その車体には、あちこちに擦ったような傷が走っていた。何かに引っかけた、というレベルじゃない。
「車、ボロッボロだな」
颯が、小さく呟いた。
斎賀先生は運転席の窓を降ろし、少し息を切らした様子で言った。
「一本向こうの橋の下で、霊害が発生していると、警察の知り合いから連絡がありまして!」
一本先の橋――。
ここより下流にかかる、あの橋だ。
視線の先にある橋を見て、心臓がドクンと高鳴った。
「警察はすぐには動けないそうで……、こちらに対応の依頼が来たんです。
光流くん、麗子さん。行けますか?」
「行けるよー!」
光流くんは、考える間も無く即答した。
両手で頭の上に大きな丸を作り、斎賀先生に見せている。
……全然、怖がってない。
不安そうな僕の様子に気づいたのか、麗子さんが口を開いた。
「警察からこっちに回ってくる依頼っていうのはねェ、だいたい低級〜中級レベルの霊害よォ。光流なら、朝飯前ってワケ」
「では、みなさん。車に乗って下さい!」
「ちょっと、その車……大丈夫なのォ?」
麗子さんが、じっと車体を見つめて言った。
それ、僕も思ってた……。
「え?ああ、これですか?」
斎賀先生は、一瞬きょとんとした後、ははは、乾いた笑いを浮かべる。
「いえ、その……急いで来たら、縁石に三回ほど……」
「三回ですか!?」
奏さんが、驚いて目を見開く。
「れ、霊害は関係なかったんだ……」
「純粋に、僕の運転技術の問題です……」
ある意味、呪われてるような……。
「それはそれで、怖いのよねェ……。まあ、アタシと颯は後ろ浮遊してついて行くから、乗るのはアンタたち三人だけどね」
「うぇーい!俺、前ー!!」
光流くんが跳ねるように助手席に飛び乗る。
その勢いで、車体がぐらりと揺れた。
「二人は、どうぞ後ろへ」
斎賀先生に促され、僕と奏さんは後部座席に乗り込む。
「では、出発しますよ」
エンジンがかかり、車はゆっくりと走り出した。
本当に、ゆっくりと。
「……って、遅ッ!!先生、これ、俺のスケボーの方が早いよ!?」
光流くんが、ビシッと手のひらで先生にツッコんだ。
「しー!静かに!!今、集中してますから!!」
前方を見たまま、斎賀先生が言う。
「堤防、真っ直ぐ走るだけだよね!?」
「落ちるかもしれないでしょ!!」
叫ぶ斎賀先生。
「それはマジでやめて!?」
光流くんが、完全にツッコミ側に回っていた。
堤防沿いを、ぎこちなく進むこと数分。
「……あの、光流くん。警察の方からの依頼って、よくあることなの?」
斎賀先生は運転に集中しているようだったので、僕は助手席の光流くんに小声で尋ねた。
「霊害って、普通の人には見えないせいで警察は動きづらいんだって。だから、ツテのある祓い師に非公式で依頼がくるわけ」
光流くんは前を向いたまま、軽い口調で続ける。
「まあさ〜。俺らみたいな見習い高校生のとこに、大災害級の案件がくることはないよーん」
「そういった案件は、経験のある大人に回されます」
奏さんが、きっぱりと締めた。
「経験のある大人って――」
キキーッ!!
僕が続きを言うより先に、急ブレーキがかかった。
「なに!?先生!こわいんだけど!」
「つ、着きましたよ……みなさん」
どうやら、目的地に到着したらしい。
とりあえず無事に着いたことに、僕は胸を撫で下ろした。
「急ブレーキで止まるの、やめて下さい!」
奏さんが、ぴしっと斎賀先生を叱っている。
「てか、先生〜。普通の車の倍くらい時間かかってない?」
光流くんがそう言いながら、車から降りた。
「良いんです。安全第一です」
即答する斎賀先生に、奏さんが容赦なくポツリ。
「遅すぎるのは、逆に危険ですよ」
「……先生、ありがとうございました」
僕はそう言って車を降りた。
奏さんも、その後に続く。
そして車体の後方から、ふわりと颯と麗子さんが浮遊して現れた。
颯は腕を組み、指でトントンと肘を叩いている。
「斎賀先生、超サンデードライバーだった〜!」
へらっと笑う光流くん。その言葉に、車内から斎賀先生が即座に反応した。
「僕は毎日、車通勤です!!」
「それはさておき、霊害は?橋の下?」
――気がつけば、空は黒い雲に覆われ、重たい空気と冷たい風が流れていた。
昨日の墓地と、よく似ている。
直感した。
霊害が、いる。
「一体、デカいのがいるわねェ」
麗子さんが、高架下を指差す。
「……よし、俺が先にぶっ飛ばしてやんよ」
颯が口角をにやりと上げ、指をポキポキ鳴らした。
麗子さんが、ずいっと颯の前に出る。
「今回はアタシと光流の仕事よォ〜?これも、大事な勉強の時間だもの。幸い、今は他に人もいないし」
麗子さん、僕たちに実践を見せてくれるつもりなんだ。
「っていうか」
麗子さんが、ちらりと颯を見る。
「今のアンタじゃアイツ倒せないわァ」
「んだとコラ!!」
その声と同時に――橋の下で、ゆらりと黒い影が動くのが見えた。下から、冷気が這い上がってくる。
「……さ。やっちゃおうか、麗子」
光流くんの顔つきが変わる。
ぐるぐると肩を回す麗子さん。
「もちろんよ。光流」
二人はゆっくりと堤防を降り、高架下に向かう。
僕たちもその後に続いた。
「……来るよ」
光流くんが、声を低くして言った。
ぞくっと、背筋が冷える。
高架下の闇が――こちらを見ていた。
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※次回更新:1月17日12時
第十四話 背後から来るもの【前編】




