第十一話 隣に立つために
※今回は少し長めですが、颯視点の大事な回です。
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Side:颯
――柊たちが向こう岸で、霊力操作の練習を始めた頃。
俺は手前の河川敷で、麗子と向き合っていた。
「アンタたちの距離縛り的に、この辺りが限界かしら」
「たぶんな」
俺は、向こう岸にいる柊に目をやった。
――あれ?
離れられる距離、ちょっと伸びてねぇか?
気のせいだ。今は考えるな。
俺は視線を戻す。
それにしても――麗子。
改めて対峙すると、迫力がスゲェ。
縦にも横にも、でかい。
存在そのものが、規格外だ。
「どうかしら?霊力を手に入れた気分は」
「……触れること以外、あんま変わんねェな。ちょっとあったけぇ感じがするくらいか?」
肩をぐるぐる回しながら答えると、麗子は小さく頷いた。
「それで十分よォ。霊力っていうのはね――生命力そのものなの」
……ああ、だからか。
体の奥に、温もりを感じるのは。
「アタシたち霊は、霊力の塊だからね」
「それ、前にメガネも言ってたな」
「アンタ、先生のことメガネ呼びで固定すんの、やめなさいよォ……」
麗子は軽くツッコミを入れた後、真剣な表情になって続けた。
「霊力は、人間にとっては、体力や気力みたいなもんよ。使えば使う分だけ減る。でも、時間が経てば回復するわ。寝たり、食べたりすることで、少しずつ戻っていくの」
「……使い切ったらどうなるんだ?」
「人間の場合は、肉体が無事なら問題ない。逆に霊力が残ってても――肉体がやられたら終わりよ」
“終わり”。
それは、人間にとっての死を意味するのだろう。
冷えた川風が当たって、鳥肌がたった。
「……霊は?」
麗子は、少しだけ声を低くする。
「霊力が尽きれば、存在そのものが消えるわ」
俺は、息を呑んだ。
「……消える?」
「ええ。消える。成仏とも、また違うわ。
アンタたちが祓ってきた霊害、覚えてるでしょ?」
赤い車の霊害。千手観音菩薩像の霊害。
どちらも最後は、跡形もなく消えた。
「じゃあ……共霊はどうなんだよ?」
麗子は、少し考えるように顎に手を当てた。
「正直、共霊はよくわからないわァ。ただ、霊が肉体を得ている状態なわけだから、人間と同じ扱いになるはずよ」
人間と同じ、か。
柊の中で感じた、心臓の脈動や血液の流れを思い出す。
「肉体が無事なら、霊力が尽きても、人間も霊も消えないんじゃないかしら。ただし――」
麗子は、不敵な笑みを浮かべる。
「共霊で増幅した霊力が空になるほど戦えば……肉体の方が先に、ボロボロでしょうけどねェ」
……笑えねぇ。
「それから、もう一つ大事なこと」
麗子は足元の小石を拾い上げた。
「霊には、霊力のこもってない攻撃は当たらない。銃も刃物も、アタシたちには効かないわ」
その石が、青白く光った。
「――ただし、こうすれば別」
ガンッ!!
麗子が投げた石が、見事、俺の額に命中した。
「いってぇ!!急に何すんだコラ!!」
額を押さえて叫ぶ。
「こうやって霊力を付与すれば、物を介しても攻撃は通るの。武器を使う敵も、当然いるってことよォ」
「おい、まず謝れ」
麗子は、俺のツッコミをスルーして続ける。
「……で、アンタ自身の話ね」
腕を組み、真っ直ぐ俺を見た。
「半霊のアンタは、そもそも霊力を持っていない。何にも干渉できない」
「……だよなぁ」
「だから最弱。でも――」
少しの沈黙。
「同時に、最強でもあるわ」
「は?」
「霊も、人も、アンタに攻撃を当てることができない」
確かに。俺は何も、傷ついていない。
でも――
「……それじゃ何も、守れねぇだろ」
ぽつりと、本音が漏れた。
「……俺は、ただ、そこにいるだけ」
麗子は、否定しなかった。
「だから今のアンタは、光流から霊力を付与されている状態ねェ。その霊力が尽きれば、アンタまた薄くなって触れられなくなるわァ」
俺は、じっと両手を見つめた。
「……借り物の力、か」
「ええ、でもね」
麗子の声が、少し柔らかくなる。
「力を借りることは、悪いことじゃないわよォ」
その言葉は、妙に説得力があった。
「……光流の霊力操作はね、とても繊細なの。
光流の霊力をMAX100とするなら、あの子はコンマゼロイチ単位で出力を調整できる」
「コンマゼロイチ?それってすげぇの?」
正直、よくわからねぇ。
ただ、やべぇほど細かい、ってことだけは伝わってきた。
俺の問いに、麗子の眉がピクリと動く。
「“すごい”なんて言葉じゃ足りないわァ。普通は、一生かかってもできないことよォ」
一拍、間を置いて、麗子は続ける。
「しかもね、あの子は“出す量”を見てるだけじゃない。
時間で戻る分、
自分が使う分、
アタシに流す分――
それを全部まとめて、計算してる」
「同時に?」
「そう。同時に、正確に、ねェ」
あのフザけた顔の下でそんなことを考えているのかと思うと、ゾッとした。
「さっきも、なんとなく付与してたように見えたでしょ?でも実際は、アタシとの訓練に必要な量を、ちゃんと見積もってたのよォ」
「マジか……」
『こう見えて、光流くんは頭が良いんです』
脳裏に、斎賀先生の言葉が蘇る。
あれ、冗談じゃなかったのか……。
バカと天才は紙一重って言葉。
まんまアイツじゃねぇか。
「特別な血筋はないけれど……
それでも、あの子の存在は特別よォ」
麗子は、ニヤリと口角を上げた。
「特別……」
霊力操作に長けた光流。
名家出身の奏。
選ばれた素質を持つ柊。
みんな特別な存在だ。
俺だけが、何もない。
空気と同等の、半霊。
視線を落とし、唇を噛み締めた。
悔しさが、胸の奥にじわじわと広がっていく。
そんな俺を見て、麗子は、ゆっくりと口を開いた。
「まあ……特別と言えば、アンタもだけどねェ」
「は?」
顔を上げて麗子を見る。
「共霊する半霊なんて、この世にアンタしかいないわよォ」
麗子は、向こう岸で訓練を続ける三人へと視線を向けた。
「柊……あの子は、確かに力を持ってるわ。
でもね、心はとても不安定で、弱い。
それは、アンタが一番よくわかってるんじゃなァい?」
確かに柊は、臆病で、怖がりで、優しすぎる。
いつも一人で背負い込んで、勝手に苦しんでる。
「そんなあの子が、今、変わろうとしてる。
強くなろうとしてるのは――アンタがいるからでしょォ?」
「俺が……いるから……」
俺も、思わず柊の方へと目を向けた。
柊は真剣な顔をして、光流に霊力操作を教わっている。
少し前まで、あんな顔、見たことなかった。
「決して、罪悪感だけじゃないわ。
あの子の、アンタを守りたいっていう気持ち、そして、アンタが側にいるという“安心感”」
麗子は、落ち着いた、しかし力強い声で言った。
「それが、あの子に――
“勇気”を与えているのよ。この世で一番大切な、前に進む力をね。
あの子が発揮する“強さ”は、紛れもなくアンタの存在によるものよ」
「……ッ!」
バカだな、アイツ。
俺が、これまでどんだけ冷たくしてきたか、覚えてねぇのかよ。
それでも、俺のために、前に進もうとしてる。
「……おい麗子」
ふぅっと、息を吐く。
「お前、戦闘センス、ピカイチなんだってな」
「ええ。自分で言うのもなんだけど、アタシは強いわよォ?」
麗子が、ふんっと胸を張る。大胸筋が盛り上がった。
誰かの力を借りたっていい。
その代わり、俺も誰かの力になればいい。
俺にも、できることはある。
だから――。
「教えろよ……俺に」
一歩、踏み出す。
「その、“戦い方”ってやつ……!」
「もちろん。そのつもりで、ここにいるわ」
麗子は首に手を添えて、ポキポキと関節を鳴らした。
「さァ――まずはお手並み拝見と行きましょうか。
アタシに、一発でも食らわせてみなさい」
「望むところだ!!」
地面を蹴り、麗子に向かって一気に距離を詰める。
右拳に力を込め、その巨体めがけて振り抜いた。
「オラァ!!」
視界の端で、大きな影が揺れた。
――まるで、“消えた”かのような動き。
次の瞬間、拳は空を切っていた。
麗子は、ひらりと半歩ずれただけだった。
すぐさま体をひねり、左足で蹴りを放つ。
「甘いわねェ」
その蹴りも、ひらりとかわされた。
「速ぇ!」
俺の左側から、拳が滑り込んできた。
ドゴッ!!
咄嗟に左腕で受けるが、勢いを殺しきれず、身体が弾き飛ばされた。
視界が反転する。青い空が、一瞬だけ見えた。
――まずい。
空中で無理やり体を捻り、なんとか着地体勢をとる。
だが、足が地面に触れるより早く――
もう目の前に、麗子がいた。
「ふんっ!」
反射的にしゃがむ。
頭上を、拳が風を切って通り過ぎた。
体勢を崩しながらも、俺は左足で足元を狙う。
「……ッ!」
かすりもしねぇ!!
麗子は軽く足を上げ、俺の蹴りを――読んだみたいに、踏み越えていた。
視界が暗くなる。
直感が、警鐘を鳴らした。
来る――
踵落とし!!
避けられねぇ!!
――ドガァァァアン!!
「かっ……はっ……」
背中から、地面に叩きつけられる。
衝撃が全身を貫き、肺の空気が一気に吐き出される。
一瞬、呼吸の仕方が分からなくなった。
「……動きは、悪くないわねェ」
視線を上げると、麗子が腕を組み、悠然と俺を見下ろしていた。
「……てめぇ……」
ゆっくりと立ち上がり、唾を地面に吐き捨てる。
「なんで……そんなデケェ身体で、そんなに速ぇんだよ……」
「あら。身体の大きさと速さは関係ないわよォ」
麗子は手のひらを上に向け、俺を指さした。
「アンタ、それなりに運動能力はあるわね。動体視力も悪くない。それは、親に感謝しなさい」
その視線が、鋭くなる。
「ただし――経験が、圧倒的に足りない」
「……」
「動きが単純すぎるのよォ。次に何をするか、手に取るようにわかるわァ」
「そりゃそうだろ……」
喧嘩なんて、ほとんどしたことがない。
実践経験と言えるものは、柊と共霊した――あの二回だけだ。
「アンタがまずやるべきことは、二つ!」
麗子が指を折る。
「戦いに慣れること。それから、バリエーション――手数を増やすこと。
それだけで、見違えるほど変わるわ」
麗子は、ふっと口元を緩めた。どこか楽しそうに。
「アンタも、柊と同じよォ。磨けば、ちゃんと光るものを持ってる」
そして、はっきりと告げる。
「アンタが動きを磨けば、共霊しなくても、敵を祓えるようになる」
一瞬の静寂。
「柊を――守れるようになるの」
その一言で、胸の奥に火がついた。
「……なるほどな」
俺は、ニヤリと口角を上げる。
「とにかく、てめぇと戦いまくれってことだろ!!」
再び拳を構えた。
「……次は当ててやる」
「ちょっとは頭も使いなさいよォ〜」
呆れたように、けれど楽しげに麗子が笑う。
「行くぞぉ!」
――こうして俺は、
柊の隣に立つための戦いを、始めた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:1月14日21時
第十二話 届かない手、それでも伸ばす【前編】




