第十話 触れる
高架下は薄暗く、ひんやりとして静かだった。
壁一面には、誰が描いたのか分からない奇妙な落書きがびっしりと残っている。
「見て見て、奏ちゃんそっくり〜!」
「ギャハハハハ!」
光流くんが、やたらとスタイルの良い女性の落書きを指差し、颯が楽しそうに笑う。
……どこが似ているのか、僕にはさっぱりわからない。
「似てないです!やめてください!!」
「アンタたち奏に謝りなさいよォ」
麗子さんは呆れてため息をついた後、僕の方を振り返った。
「霊力について、先生から少しは聞いてるのよねェ?」
「はい。“霊は霊力の塊だ”って。“霊力を通して触れられる”って、言ってました」
そこへ、光流くんがひょこっと顔を出す。
「そうそう!んで、霊力が強い人なら、霊力を意識して操作することもできる〜!」
そう言うと、光流くんは指先に意識を集中させた。
淡く青白い光が、その指先にふわりと灯る。
「これね!」
「奏が、お札とか石でやってたアレか」
颯が、興味深そうにその光を覗き込む。
「奏ちゃんは三流派出身だからさ〜、字書くのと同じ感覚で、自然に身につけてきたんじゃなーい?」
「……光流くん。三流派についても、知っているんですね」
奏さんが驚いて目を丸くする。
三流派……これまた初めて聞く言葉だ。
「斎賀先生からちょっと聞いただけね〜」
「何だよ、その三流派って?」
僕の代わりに、颯が尋ねた。
「この辺りで有名な、祓い師の三つの家系!
革新派の久世、保守派の霧島、バランス重視の御影〜!……だよね?」
「はい、だいたい合っています」
「御影……?」
僕は思わず、口に出していた。
理由はわからない。ただ、引っかかった。
「んで、奏ちゃんと斎賀先生は同じ霧島家の出身なんだよねー!」
「はあ!?あのメガネもそうなのか!?」
「颯。先生って呼ばないと!」
奏さんが、こほんと咳払いする。
「私の父と斎賀先生のお母様が、いとこ同士なんです」
「ほおほお」
相槌を打つ颯。
「苗字が異なるのは、斎賀先生のお母様が結婚されて、霧島を出られているからです」
「え……ええと?」
頭の中に家系図を描こうとしたが、ぐちゃぐちゃになってしまった。
「なるほど。関係はよくわからんが、奏とメガネは親戚なんだな」
颯が、納得したようにうんうんと頷く。
「どおりで、不憫なところがそっくりなわけだ」
「待ってください!斎賀先生はともかく、私はまだ不憫ポジションではありません!」
「アンタ、斎賀先生が不憫なことは認めてんのねェ〜」
「奏さんが名家の出身だから、霊力操作ができることは分かったんだけど、光流くんは?どうやってできるようになったの?」
僕の質問に、光流くんがピースして答える。
「俺にも師匠がいたんだよーん」
みんな、誰かに力の使い方を教わってきたんだ。
僕は、何も知らないまま、これまで生きてきたんだな。
「アタシと契約する前の話よねェ」
「そーそー!霊力はどれだけ持ってても、使い方を知らなきゃ何にもできないってこと!俺も師匠に出会う前は、そうだったし」
光流くんが、懐かしそうに空を仰いだ。
――三流派のこと、光流くんの師匠のこと、気になることはたくさんあるのだが……今は、それより。
霊力操作で、颯に触れられるかどうか、それが気になっていた。
「まあ適当にやってて、できるようになるやつもいるみたいだけどね〜。君らの共霊も、ある意味そうじゃん?」
「確かに……」
「んだな」
僕は、颯と顔を見合わせた。
「で、その使い方ってやつ、教えろよ」
颯が期待に満ちた目でニヤリと笑う。
しかし――
「颯は霊力ゼロだから無理!」
「はあああ!?」
「元がゼロなんだから、操作も何もないじゃーん。俺が教えるのは柊の方!」
光流くんが、呆れ顔で両手を広げる。
「じゃあ俺は、何すりゃ良いんだよ!」
「颯は、こっち!」
光流くんが指さした先には――麗子さんが。
「坊やは、アタシと特訓よォ〜?」
「はい!?!?」
「麗子は戦闘センス、ピカイチだからね!いっぱい学んできてね!」
そう言う光流くんの笑顔が、どことなく怖かった。
「つまり、颯くんは麗子さんと戦闘の実践訓練……ということですね」
奏さんが、きれいにまとめてくれる。
「そもそも、颯は触れないんだけど……大丈夫なの?」
「ん〜、たぶんこれで大丈夫じゃん?」
そう言って光流くんが颯に手のひらを掲げる。
青白い光が、ビビビッ!と颯に流れ込んだ。
「うお!?」
半透明だった颯の身体が、くっきりと輪郭を持ち始める。僕は歓声を上げた。
「すごいよ、颯!透けてない!存在が濃くなってる!」
「颯!ちょっと柊に触ってみて〜!」
光流くんが、指ピストルを颯に向けてウィンクした。
颯が、ゆっくりと僕に手を伸ばす。
僕も、恐る恐る手を伸ばした。
――手のひらと手のひらが、そっと触れ合う。
「……おお……!」
「……触れる……!!」
久しぶりに感じた颯の感触に、僕は目頭が熱くなるのを感じた。
触れる。
それだけのことだけど、僕は胸がいっぱいだった。
「なるほど。霊力を付与したんですね……!霊と契約しない霧島家には、存在しない技です……!」
「光流は、霊力の供給が上手なのよォ〜!」
麗子さんが自慢げに言う。
「うえーい!俺すごくない?」
「うん……!すごい……!!」
感動したのも束の間。
麗子さんが、指の関節をポキポキと鳴らした。
「さァ、これで容赦なく殴れる……間違えたわ、鍛えられるわねェ」
「おい!今、物騒なこと言ったな!?」
颯の顔が青ざめる。麗子さんが、ガシ!っと颯の後ろ襟ぐりを掴んだ。
「じゃあ早速行くわよォ〜」
「お、おい!待て!離せええええ!」
「いってらっしゃーい!」
颯は麗子さんに引きずられ、僕たちとは少し離れた場所へ連れていかれた。
笑顔で手を振る光流くん。僕と奏さんは、呆然と立ち尽くして二人を見送った。
そして、光流くんの方へ向き直す。
「さっきの、光流くん……本当にすごかった!」
「まあね〜!んでも、柊だって、これくらいはすぐできるよ!」
「え!僕も、できるように!?」
「そしたら、俺がいなくても颯と触れ合えるようになるじゃーん!練習、頑張ろ〜!」
光流くんが、僕の肩に手を回す。
興奮で、心臓がドクドクと脈打っていた。
――やる気が、湧いてきた。僕も……やってやるぞ!
「まずは基本から〜!この状態、やってみよ〜!」
光流くんが人差し指を立て、そこに青白い光を灯す。
「柊くん、頑張りましょうね!」
「うん!奏さん!」
僕は拳を、小さく握った。
――しかし、そう上手くはいかないもので。
「う……う〜ん?うう……??」
「ん〜!なんつーか、出ないうんこを必死に出そうとしてる感じだね!」
「……光流くん。その例えはやめてください。汚いです」
「……できない」
しゅんと肩を落とす。才能、ないのかな。
「大丈夫です、柊くん。誰だって初めは上手くいきませんよ」
奏さんが、優しく僕の背中に手を添えた。
「俺はこれ、すぐできたけどねー!」
「うっ!」
「光流くんは黙っていて下さい」
奏さんが恐い顔をして、光流くんを睨んだ。
「まあまあ!奏ちゃんも落ち着いて〜!
あのね柊。霊力は押し出すんじゃなくて、流す感じ。
血液と一緒。力まないでいいの。むしろリラックス」
「リラックス……?」
「そうです。目を閉じて、ゆっくり深呼吸して……胸の奥から、指先へ。そっと、流すイメージです」
僕は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
落ち着いて……押し出さない……
流れを、感じる……
胸の奥から……指先へ――。
その瞬間。
僕の指先に、ほわりと温かな光が灯った。
「で、できたっ!!」
この光があれば。
光流くんの助けがなくても、
――颯に、触れられるのかもしれない。
「すごいです!柊くん!!」
「うぇーい!まずは第一段階クリア〜!!」
僕たちは、手を取り合って喜び合う。
それが、こんなにも嬉しいことだったなんて。
忘れていた感情を、思い出した気がした。
今日の、この一歩が、どれほど遠い道の始まりだったのか。
今の僕には、わからない。
それでも。
颯を取り戻すためなら――
僕は、前に進む。
たとえ、怖くても。
触れた手を、離さないために。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:1月13日21時
第十一話 隣に立つために




