第九十一話 鼓動が、重なる
カツンッ。
雪駄が床を蹴った。
次の瞬間。
バチッ!
戒の拳が弾かれた。
遅れて、蒼い焔が立ち上がる。
「……焔?……まさか」
スピーカー越しに、灰堂の声が聞こえた。
焔の内側に立つ、青年。
蒼と緋の瞳。
その目は、僕を見ていた。
「――君が弱いから、また守れないね」
屋敷で会った時と、空気が違う。
だけど、あの冷たい温度を僕は知っている。
篝くん。
「……美しい……」
篝くんの背後で、桃華さんが呟いた。
「早く逃げて。燦宮のご令嬢」
篝くんは桃華さんに背を向けたまま、壁を指差す。
そこには焼け焦げた穴ができていた。
「……あああ……!!」
戒が襲いかかる。
篝くんは手を翳した。
ゴオォォォッ!!
赤い霊力と、緋い焔がぶつかり合う。
焔が少しずつ、赤を侵食していく。
「柊くん」
篝くんが、僕を呼んだ。
「僕は、燦宮桃華を逃しに来ただけだ。
……“彼”は君の相手だよ」
バチィィィン!!
戒の霊力が押し負ける。
篝くんの視線が、わずかに動いた。
桃華さんが穴へ駆け込む。
次の瞬間、篝くんの姿はなかった。
「……ねぇ」
耳元で、声が落ちた。
「あの夜、僕が言ったこと、覚えてる?」
篝くんの焔で、戒の霊力が乱れている。
「……お互いのこと知れって言った!
だから話した!でも、ダメだった!!」
「君が拒絶してるだけだよ」
僕が、“拒絶”?
「真っ直ぐなのは良いけど、硬すぎるのはどうかな?」
吐息が、首元に触れる。
「君は優しい。だけど、優しさって、独りよがりになると暴力なんだ」
――『お前、その変に頑固なとこやめろよ!』
――『気持ちはわかるけど、今回は折れよ』
あの時も。
――『謝ったって、どうしようもなんねぇだろ』
さっきも。
聞いたふりして、決めつけてた。
信じたいのは……救いたいのは。
みんな同じなのに。
「柊!!」
僕を呼ぶ、颯の声が聞こえる。
鮮明に。
「ごめん、颯!
颯の話、ちゃんと聞いてなかった!!」
「ッ!俺も、お前の気持ち汲まずにぶつけてた!!」
耳鳴りが止んだ。
「……俺、余裕なくてさ。悪ぃ」
僕もそうだ。
誰かを、君を、
失うかもしれないのが怖くて。
それでも、君となら。
「颯。僕にもう一度――君の声を、聞かせて欲しい」
白銀の光が、瞬いた。
鼓動が、重なる。
二つの心臓が全身に血を巡らせる。
――暖かい。
颯の銀が、僕の髪を染める。
指先まで震えが走った。
「さあ。共霊は、破滅か救いか――僕に見せてよ」
篝くんの口元が上がる。
「破滅なら、そこまでの物語だ」
破滅?いや。
この暖かさが、嘘なわけがない。
赤い霊力が溢れ出し、焔を飲み込む。
空間が軋んだ。
目の前の戒は、笑っていない。
叫んでもいない。
ただ――壊れていた。
『来るぞ!!』
颯が叫ぶ。
ドゴォッ!!
戒の拳が床を砕いた。
衝撃波が、僕の身体を吹き飛ばす。
「っ……!」
壁に叩きつけられる。
息が止まる。
速い。
重い。
あの日より、ずっと。
赤い霊力が渦を巻き、天井にヒビが入った。
「……っ颯!!」
意識を切り替える。
颯が前に出る。その直後。
もう目の前に、迫っていた。
だけど、さっきより拳の軌道がよく見える。
颯が両腕を交差させた。
ガキンッ!!
攻撃を受けとめる。
「……ッ!旋霊拳!!」
青い光が拳に宿った。
霊力が、渦を巻く。
「祓撃!!」
バチィィィン!!
手応えはあった。
それでも、弾かれた。
ドガァッ!!
「ぐっ……!」
追撃。
颯の身体が宙を舞う。
空中で、覗き窓の中が見えた。
灰堂の奥に、オレンジ色のニット帽。
――伊吹さん。
あの日。
甘い匂いの中。
――『……ボクはね。二人が割れるなら、狛くんにつく。紫苑くんは、何考えてるかわからないし』
――『テスト終わったら、またみんなで特訓しようね!』
何を、思ってた?
窓の向こうの伊吹さんの顔は、見えなかった。
心音が、一瞬だけ揺らいだ。
颯が空中で身体を捻る。
だけど体勢を立て直す前に、拳が向かってきた。
真正面――!
戒が颯の顔面に拳を捩じ込もうとした、その時。
ピクッ。
わずかに、拳が止まった。
戒の瞳の奥に、人の光が揺れる。
「……ッ!!」
間一髪、直撃は免れた。
拳が、颯の頬をかすめる。
背後に飛んで、距離を取った。
『颯!まともに戦っても、勝てない!!』
「わーってるよ!!」
どうする?
考えろ。
――勝ち筋は、必ずある。
鼓動は、もうズレない。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:3月23日21時
第九十二話 覗き窓の向こう側




