第九十話 鼓動が、聞こえない
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Side:柊
どれくらい、歩いただろう。
薄暗い廊下に、足音だけが鳴る。
「先に行って」
灰堂が先を譲った。
鉄の自動ドアが現れる。
ちらり、と颯を見た。
颯は、僕を見ない。
ただ真っ直ぐドアを見つめていた。
この先に、戒がいる。
想像したくなかった。
一歩、踏み出す。
ウィーン……。
ドアが開いた。
真っ先に飛び込んで来たのは、
「戒!?」
磔にされた、戒。
僕は目を見開いた。
四肢を金具で固定されている……!
「……あ……あああ……!」
ガシャン!
ガシャン!!
戒が暴れる。
霊害そっくりの呻き声。
「あれ、人じゃねぇ……!!」
颯の声に、焦りが滲む。
僕たちが最後に戒を見た時は、あんな風じゃなかった。
「――言うことを聞かなくてね」
灰堂の声が、スピーカー越しに聞こえた。
僕と颯は同時に振り返る。
灰堂の姿がない。
「上よ」
桃華さんが指をさした先に、覗き窓があった。
透明なガラス越しに、緑色の光が瞬く。
「……暮羽は、まだコントロールできたんだけどさ」
「暮羽!?暮羽に何をしたの!?」
桃華さんが叫ぶ。
「やだなぁ。強くしてあげたのに。
博士に感謝しなくちゃ」
「……外道ね」
桃華さんは、唇を噛み締めていた。
ピッ……ピッ……。
機械が音を立てる。
壁に設置されたデジタルボードに数値が示された。
何かを、測っている。
「強制共霊システムを使うのは初めてだからね。
正確に、データを集めないと」
「強制共霊システム……!?」
だとしたら――
「あの男、共霊してるわ」
答えたのは、桃華さんだった。
「かなり歪ね。だから“強制共霊”」
「あああ……!!」
戒が激しく手足を動かす。
あれが、行き着く先なのか?
「自我を失ってるわ。一体、何の霊を捩じ込んだのよ」
落ち着いた声。だけど、桃華さんの手は震えている。
「桃華嬢なら、理解できるでしょ?」
灰堂が問う。
桃華さんは、深いため息を吐いた。
「……霊害ね」
「はぁ!?」
颯が何か言っている。
僕にはもう、耳鳴りしか聞こえなかった。
あの日、僕が……
「ごめん、颯。僕が間違ってたんだ。
やっぱり、僕が甘かったんだ」
唇が震える。
「謝ったって、どうしようもなんねぇだろ」
「僕があの時――」
「うっせぇな!!
終わったこと言うなっつってんだろ!!」
また、ズレる。
僕は、戒を見た。
目が合う。
その瞳が、辛そうに見えた。
あの奥で、戒の魂が苦しんでいる。
傷つけないことが、正しいと思った。
……本当に?
目頭が熱くなる。
「ちょっと!!
あんたたち、共霊するんでしょ!?
そんなんじゃ、死ぬわよ!?」
「わかってるっつの!!だから今――!」
「あんたの言い方に問題があるのよ!!」
颯の眉が、わずかに寄る。
何かを言い返そうとして――飲み込んだように見えた。
その視線が、揺れた。
誰の鼓動も、聞こえない。
全員が、バラバラだ。
「始めるよ」
ガシャン!!
灰堂の声で、戒の拘束具が外れた。
戒の霊力が跳ね上がる。
「霊害との適合率は、悪くないね」
灰堂だけが、この状況を楽しんでいた。
霊圧で、足元が揺れる。
戒はもう、駆け出していた。
「柊!!」
僕を呼ぶ声が聞こえる。
戦わなきゃ。
共霊、しなくちゃ。
颯の瞳に映った僕が、揺れる。
隣にあるのに、届かない。
颯の鼓動が、聞こえない。
――どうやるんだっけ?
戒が迫る。もう目の前。
なのに、君が遠い。
足が動かない。
「危ねぇ!!」
視界が、颯の背中で覆われた。
ドゴォッ!!
鈍い音。
颯の輪郭を縁取る青が、赤に塗り潰された。
颯の身体が、宙を舞う。
「……ッ!颯!!」
我に返った。
急いで颯に霊力を注ぐ。
戒は、次の攻撃を待ってくれない。
「来るわよ!!」
桃華さんの叫び。
戒が、拳を振り上げる。
――避けられない。
咄嗟に両腕を交差させた。その時。
無数の光が、瞬く。
バチバチバチィッ!!
焼け焦げる音。
「……あああ……!」
呻き声。
赤い霊力が乱れる。
戒の動きが止まった。
「二層持ちって、言ったでしょ」
桃華さんを、青い霊力が包む。
「燦宮を、甘く見ないで頂ける?」
手元のコンパクトの中、幾つもの宝石が煌めいていた。
「足止めにしかならないわ。――早く」
戒が目を押さえて、もがく。
目尻に赤い血が見えた。
「バカ!早くしろ!」
――わかってる。
でも、思い出せない。
どうやって、魂を重ねた?
耳鳴りが大きくなる。
「あ……ああ……」
戒は体勢を立て直した。
赤が勢いを増す。
向かう先は――桃華さん。
「……ッ!!」
バチィン!!
桃華さんに投げられた宝石は、戒に弾かれた。
「……さすがに、二度目はないわね」
桃華さんが身体を屈めた。
「……ッ!桃華さん!!」
戒の拳が、桃華さんを狙う。
颯が駆け出す。
僕は――動けなかった。
全てが、スローモーションに見えた。
拳が、振り下ろされる。
間に合わない。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:3月22日15時
第九十一話 鼓動が、重なる




