第八十九話 あいつしか
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丁字路の、左ルート。
狛の目前にも自動ドアが見えていた。
ドアの向こうから、感じる霊力。
その霊力には覚えがあった。
――あの山の。
ウィーン。
自動ドアが迎えるように開く。
その先に見えたのは――。
「……広い」
足音が、遅れて返る。
体育館の半面ほどあるだろうか。
物は何もない。
だが、人影があった。
「――久しぶりだナ、狼の男」
白寧。
狛の指笛で、黒狼が姿を現す。
「ヴヴヴ……」
黒狼が威嚇した。
反応するように、白寧の背後から白虎が姿を現す。
「やっと、決着ヲつけられる」
二頭の獣が向き合った。
ピッ……ピッ……。
機械音だけが響く。
壁に設置されたデジタルボード。
表示された数値が、少しずつ上昇していた。
一瞬の間。そして――
ブワァァァッ!!
黒と金の光が、同時に部屋を埋めつくした。
デジタルボードの数値が、急激に上がる。
互いの目が、獣の色に変わっていた。
黒狼が、狛の中で吠えた。
「行くぞ!!」
狛が踏み込む。
ガキィィィン!!
拳と拳がぶつかる。
青と赤の光が絡まった。
熱い。
あの山と、同じ霊力。
だが、押されない。
白寧が目を、わずかに細めた。
「……ほう」
白寧から、横薙ぎの蹴り。
狛は踏み込んだ。
――避けない。
ギィィィン!!
狛が真正面から受け止める。
火花が散った。
「正面カラ来る気か?」
「逃げる理由がない」
白寧が、反対の拳を振り抜く。
狛は腕で受け止め、そのまま掴んだ。
ドゴッ!!
至近距離の肘打ち。
白寧が後退した。
ほんの、半歩。
それだけで十分だった。
「……お前」
白寧が、狛を睨みつける。
「山では、ココまでじゃなかった」
『ヴヴーッ!』
黒狼が唸る。
「あの時の俺だと、思うなよ」
狛が床を蹴る。
爆発的な、踏み込み。
拳を纏う霊力が、旋回する。
黒狼が、狛の拳に喰らいつく。
「――黒狼牙」
ドォンッ!!
白寧のみぞおちを抉る、一撃。
白寧は吹き飛び、床を滑った。
「……ッ!」
立て直しが遅い。
その一瞬。
狛が白寧の胸ぐらを掴んだ。
白寧の瞳孔が開く。
「……コノ二週間で、一体何ヲした……?」
静かな問い。
狛は、答えなかった。
代わりに、狛の中で黒狼が唸っていた。
「……白虎……ッ!」
白寧の霊力が変わる。
瞳が、人の色を失った。
――意識が、切り替わる。
白寧の瞳が、金色に輝いた。
『本気ヲ出そうか』
空気が変わる。
デジタルボードに記された、赤い数値が跳ね上がる。
青い数値を超えていく。
ゾクッ。
胸ぐらを掴む狛の手が、ほんの少し震えた。
その瞬間、
ガキィィィン!!
白寧の身体を借りた白虎が、肩に噛みついた。
「……がっ……!?」
牙が食い込み、血が吹き出す。
――まずい!
ドゴッ!!
狛は、白寧の腹部に拳をぶつける。
白寧が狛から離れた。
だが、すぐに向かってくる。
バキィッ!!
狛は拳を、腕で受け止めた。
速い。
さっきまでとは、次元が違う。
剥き出しの本能が、狙ってくる。
――俺の、上位互換。
殺される。
それでも。
狛は、引かなかった。
拳と拳が、交差する。
抉られた肩が痛む。
霊力に混ざって、赤い血が飛び散る。
ダァァンッ!!
「……ッ!!」
拳をこめかみに入れられ、狛は壁に叩きつけられた。
痛い。脳が揺れる。
だが、立ち上がる。
狛の脳裏に――紫苑の声が、蘇った。
――『踏み込みが甘い、負け犬⭐︎』
――『目を逸らすな』
――『恐怖は捨てろ』
煽りじゃない。
俺を、奮い立たせる声。
歯を食いしばる。
視線を外さない。
恐るな。俺は強い。
動きを、読め。
半歩、右。
次は下段。
「……そこだ!」
狛が拳を振り上げる。
肩から、血が吹き出す。
牙を剥く黒狼が、拳に宿った。
黒狼ごと、激しい回転を帯びる。
ピィーッ!!
デジタルボードが、エラー音を上げた。
「黒狼牙――穿廻!」
ドォォォンッ!!
渾身の一撃が、白寧を床に叩きつける。
白寧の口から、血が溢れた。
『……バカな……』
白寧が立ち上がろうとする。
だが、狛は白虎の胸元を足で踏み抜いた。
「ガルルルル……!!」
白虎が足に噛みつこうともがく。
狛は白虎の顎を蹴り上げると、押さえつけるように馬乗りになった。
狛が拳を、振り上げる。
「山の借りは返す」
狛の血が、白寧の顔に落ちた。
白寧が狛を睨みつける。
『……何がお前ヲ、そこまで変えタ?』
狛は、短く息を吐いた。
「俺を鍛えられるのは、あいつしかいない」
――紫苑。
黒狼が吠えた。
狛の拳が、振り下ろされる。
「終わりだ」
ドガァッ!!
金色が消え、白寧の瞳が虚ろに戻る。
――静寂。
ピッ……ピッ……。
電子音だけが、響いていた。
「……うっ……!」
狛の膝が、崩れる。
肩を押さえた。
血が……止まらない。
耳鳴りがする。
ぼやける視界の中で――自動ドアが開いたのが見えた。
ピィーッ!!
再び、エラー音が耳を裂く。
白寧ではない。
違う霊力が、部屋を満たしていく。
「……なん……だ?」
姿がはっきり見えない。
「――動物が死んでいますね」
声でわかった。
喝采。
喝采は、つま先で白寧の頭を転がした。
「……うっ……」
小さく、白寧が声を漏らす。
「アハ、まだ生きてましたか」
喝采の手元で、ナイフが光った。
「動物は嫌いなんです。
まとめて、殺処分しましょう」
立て。やられる。
なのに身体が、動かない。
――殺される。
ナイフが、真っ直ぐに飛ぶ。
目を閉じた。
死を、覚悟していた。
ガキィィィンッ!!
「……?」
死んでない。
ナイフが、当たっていない。
この霊力は――
うっすらと瞼を開く。
床に落ちる、鉄槌の影。
「人の飼い犬、勝手に殺さないでくれる⭐︎?」
空気が、凍りついた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:3月22日12時
第九十話 鼓動が、聞こえない




