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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
乱れる心音

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第八十九話 あいつしか


 ***

 

 丁字路の、左ルート。

 狛の目前にも自動ドアが見えていた。

 ドアの向こうから、感じる霊力。

 

 その霊力には覚えがあった。

 ――あの山の。


 ウィーン。


 自動ドアが迎えるように開く。

 その先に見えたのは――。


「……広い」


 足音が、遅れて返る。

 体育館の半面ほどあるだろうか。

 物は何もない。

 だが、人影があった。


「――久しぶりだナ、狼の男」


 白寧。


 狛の指笛で、黒狼が姿を現す。


「ヴヴヴ……」

 

 黒狼が威嚇した。

 反応するように、白寧の背後から白虎が姿を現す。


「やっと、決着ヲつけられる」


 二頭の獣が向き合った。


 ピッ……ピッ……。


 機械音だけが響く。

 壁に設置されたデジタルボード。

 表示された数値が、少しずつ上昇していた。


 一瞬の間。そして――


 ブワァァァッ!!


 黒と金の光が、同時に部屋を埋めつくした。

 デジタルボードの数値が、急激に上がる。

 互いの目が、獣の色に変わっていた。


 黒狼が、狛の中で吠えた。


「行くぞ!!」


 狛が踏み込む。


 ガキィィィン!!


 拳と拳がぶつかる。

 青と赤の光が絡まった。


 熱い。

 あの山と、同じ霊力。


 だが、押されない。

 

 白寧が目を、わずかに細めた。


「……ほう」


 白寧から、横薙ぎの蹴り。

 狛は踏み込んだ。

 ――避けない。


 ギィィィン!!


 狛が真正面から受け止める。

 火花が散った。


「正面カラ来る気か?」


「逃げる理由がない」


 白寧が、反対の拳を振り抜く。

 狛は腕で受け止め、そのまま掴んだ。


 ドゴッ!!


 至近距離の肘打ち。

 白寧が後退した。

 

 ほんの、半歩。

 それだけで十分だった。


「……お前」


 白寧が、狛を睨みつける。


「山では、ココまでじゃなかった」


『ヴヴーッ!』


 黒狼が唸る。


「あの時の俺だと、思うなよ」


 狛が床を蹴る。

 爆発的な、踏み込み。


 拳を纏う霊力が、旋回する。

 黒狼が、狛の拳に喰らいつく。

 

「――黒狼牙(こくろうが)


 ドォンッ!!


 白寧のみぞおちを抉る、一撃。

 白寧は吹き飛び、床を滑った。


「……ッ!」


 立て直しが遅い。

 その一瞬。

 狛が白寧の胸ぐらを掴んだ。


 白寧の瞳孔が開く。


「……コノ二週間で、一体何ヲした……?」


 静かな問い。

 狛は、答えなかった。


 代わりに、狛の中で黒狼が唸っていた。


「……白虎……ッ!」


 白寧の霊力が変わる。

 瞳が、人の色を失った。

 ――意識が、切り替わる。


 白寧の瞳が、金色に輝いた。


『本気ヲ出そうか』


 空気が変わる。

 デジタルボードに記された、赤い数値が跳ね上がる。

 青い数値を超えていく。


 ゾクッ。


 胸ぐらを掴む狛の手が、ほんの少し震えた。

 その瞬間、


 ガキィィィン!!


 白寧の身体を借りた白虎が、肩に噛みついた。

 

「……がっ……!?」


 牙が食い込み、血が吹き出す。


 ――まずい!


 ドゴッ!!


 狛は、白寧の腹部に拳をぶつける。


 白寧が狛から離れた。

 だが、すぐに向かってくる。


 バキィッ!!


 狛は拳を、腕で受け止めた。


 速い。

 さっきまでとは、次元が違う。

 剥き出しの本能が、狙ってくる。

 ――俺の、上位互換。


 殺される。


 それでも。


 狛は、引かなかった。


 拳と拳が、交差する。


 抉られた肩が痛む。

 霊力に混ざって、赤い血が飛び散る。


 ダァァンッ!!


「……ッ!!」


 拳をこめかみに入れられ、狛は壁に叩きつけられた。


 痛い。脳が揺れる。


 だが、立ち上がる。


 狛の脳裏に――紫苑の声が、蘇った。


 ――『踏み込みが甘い、負け犬⭐︎』

 ――『目を逸らすな』

 ――『恐怖は捨てろ』


 煽りじゃない。

 俺を、奮い立たせる声。


 歯を食いしばる。

 視線を外さない。

 

 恐るな。俺は強い。

 動きを、読め。


 半歩、右。

 次は下段。


「……そこだ!」


 狛が拳を振り上げる。

 肩から、血が吹き出す。

 

 牙を剥く黒狼が、拳に宿った。

 黒狼ごと、激しい回転を帯びる。


 ピィーッ!!


 デジタルボードが、エラー音を上げた。


「黒狼牙――穿廻(せんかい)!」


 ドォォォンッ!!


 渾身の一撃が、白寧を床に叩きつける。

 

 白寧の口から、血が溢れた。


『……バカな……』


 白寧が立ち上がろうとする。

 だが、狛は白虎の胸元を足で踏み抜いた。


「ガルルルル……!!」


 白虎が足に噛みつこうともがく。

 狛は白虎の顎を蹴り上げると、押さえつけるように馬乗りになった。


 狛が拳を、振り上げる。


「山の借りは返す」


 狛の血が、白寧の顔に落ちた。

 

 白寧が狛を睨みつける。


『……何がお前ヲ、そこまで変えタ?』


 狛は、短く息を吐いた。


「俺を鍛えられるのは、()()()しかいない」


 ――紫苑。


 黒狼が吠えた。


 狛の拳が、振り下ろされる。


「終わりだ」


 ドガァッ!!


 金色が消え、白寧の瞳が虚ろに戻る。


 ――静寂。


 ピッ……ピッ……。


 電子音だけが、響いていた。


「……うっ……!」


 狛の膝が、崩れる。

 肩を押さえた。

 血が……止まらない。


 耳鳴りがする。

 ぼやける視界の中で――自動ドアが開いたのが見えた。


 ピィーッ!!


 再び、エラー音が耳を裂く。


 白寧ではない。

 違う霊力が、部屋を満たしていく。


「……なん……だ?」


 姿がはっきり見えない。


「――動物が死んでいますね」


 声でわかった。


 喝采。


 喝采は、つま先で白寧の頭を転がした。


「……うっ……」


 小さく、白寧が声を漏らす。


「アハ、まだ生きてましたか」


 喝采の手元で、ナイフが光った。


「動物は嫌いなんです。

 まとめて、殺処分しましょう」


 立て。やられる。

 なのに身体が、動かない。

 ――殺される。


 ナイフが、真っ直ぐに飛ぶ。


 目を閉じた。

 

 死を、覚悟していた。


 ガキィィィンッ!!



「……?」


 死んでない。

 ナイフが、当たっていない。


 この霊力は――


 うっすらと瞼を開く。

 床に落ちる、鉄槌の影。


「人の飼い犬、勝手に殺さないでくれる⭐︎?」


 空気が、凍りついた。



読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:3月22日12時

第九十話 鼓動が、聞こえない

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