第八十五話 桃色の霊力
背後から、福くんが飛び出す。
「悪いな」
「!?何で――!?」
ドンッ!!
重い一蹴。
軌道が変わる。真下ではない。
壁にぽっかり空いた横穴へ。
「く……!」
穴の中へ吹き飛ばされた。
身体がまた、落下する。
ガンッ!!
鈍い音。
背中から叩きつけられた。
痛みが走る。
同時に、
ビリィッ!
神経を直接引きちぎられるみたいに、魂が剥がされた。
颯が僕の中から弾き出される。
「ってぇ!!」
僕から抜け出た颯が声を上げた。
心音が遠くなる。
「……うっ……!?」
瞼を開くと、鉄格子が見えた。
全身の力が抜けていく。
――ただの檻ではない。
何が起こったんだ。
指先が震える。
その時。
「……あら」
女の子の声。
僕は、ゆっくりと振り返った。
「やっと誰か来たと思ったら……庶民ね」
桃色の髪が、檻の闇の中で淡く光っていた。
「……ここは……?」
視界が揺れる。
鉄の匂いが鼻を刺す。
そして、鉄格子の中。
退屈そうにこちらを見下ろす少女がいた。
「落ちる場所としては、最悪ね」
少女が鉄格子を拳で小突く。
金属音が暗い地下室に響いた。
心音が一つしか聞こえない。
「――颯!?」
「……福のやつ、ふざけやがって」
遅れて、颯の声がした。
少しだけ、胸が軽くなる。
颯は眉を顰めた。
「お前、誰だよ」
「この程度で共霊が解けるような庶民に、名前を教える価値もないわ」
少女は肩に落ちる巻き髪を、ファサッとかき上げた。
桃色のツインテールが揺れる。
……桃色!
「もしかして、暮羽さんが言ってた……桃華さん!?」
「あら?あなたたち、暮羽を知っているの?」
少女が目を細めた。
「……っ!僕たちは、暮羽さんに頼まれて、桃華さんを助けに来たんです!」
「助けるどころか捕まってるじゃないの」
「……そう……みたいですけど……」
グゥの音も出ない。
言い返せず、下唇を噛んだ。
「まあ良いわ。桃華は私よ。
燦宮桃華・アメリ・ド・ルモワーニュ」
「呪文みてぇな名前だな」
「失礼ね、雑魚霊」
「はぁ!?」
どこか既視感のあるやりとりだった。
「そんなことより。あなた、消えかけてるわよ」
桃華さんが颯を指さした。
“消えかけてる”?
「あ、あれ!?」
颯の足元が、透けていた。
いや、足元だけじゃない。
身体全体の輪郭がぼやけ始めている。
僕は慌てて霊力を流した。
しかし、
「何だぁ?消えちまうぞ」
霊力が、何かに抜き取られるみたいに消えていく。
「バカね。この檻のせいよ」
桃華さんは、鉄格子にもたれかかった。
「檻に術がかけられてるの。
あなたたちの共霊が解けたのも、そのせいよ」
「そ、そんな……!」
颯に霊力を流し続ける。
この檻の中では、颯の“異質さ”が隠せない。
それだけは、絶対に知られてはいけない。
「早くここから出ないと!」
僕の霊力も、長くは持たない。
「それができたら、桃華は苦労してないのよ」
桃華さんは天井を見上げた。
「あなたたちの落ちてきた穴も、塞がってるし」
「……あ」
さっき、福くんに蹴られて、ここに飛ばされたんだった。
「……伊吹さんと福くん、どうして……」
「あいつらが黒ってことだろ」
僕の迷いを断ち切るみたいに、颯が言った。
「嵌められたんだよ」
「……ッ」
信じたくなかった。
「じゃあ……狛さんも……?」
光流くんは、“伊吹さんと狛さんはセットで考えた方が良い”って言ってた。
「……それはわかんねぇよ」
颯の声は、弱々しかった。
「事情は知らないけれど。
ここに来た時点で、あなたたちも“材料”よ」
「“材料”?」
「そう。実験のね。
桃華は、それで連れ去られたのよ」
桃華さんが、すっ、と僕に手をかざした。
その瞬間。
ほわっ。
桃色の柔らかな光が、僕の身体に注がれた。
青でも赤でもない。知らない色の霊力だった。
身体がじんわりと温かくなっていく。
「これは……!?」
檻に吸い取られたはずの霊力が、戻ってきた。
「これが、桃華の力。“付与”じゃない、“回復”よ」
「桃華さんの霊力は、檻に吸い取られていないんですね……?」
「二層持ちなのよ。霊力が二重に流れてるの」
桃華さんは胸に手を当てる。
青白い光が、弱々しく胸元に灯った。
「こっちは吸い取られてる。でも――」
口角が上がる。
「桃色は別。燦宮だけの力。
この程度の術では、届かないわ」
ギイィ……。
檻の向こう側で、扉が動く音がした。
同時に、凄まじい霊力が入ってくる。
全身に鳥肌が立つ。
「……実験の時間みたいね」
桃華さんがため息を吐く。
檻の外の空気が、急に重くなった。
「経過は良好。……再開しようか、桃華嬢」
闇の中で、緑色の光が瞬く。
人の目の高さで。
「被験体も追加されたしね」
左目だけが、生き物ではない。
その視線は、僕と颯を測っていた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:3月19日21時
第八十六話 霊具の半身




