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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
乱れる心音

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第八十三話 最高傑作


 ***


 七月二日。

 柊たちが、スナックHikariで集まっていた頃。


 久世家本家。


 広すぎる庭には、人の気配がなかった。

 苔むした石灯籠と、手入れされすぎた松。

 どこか、呼吸を潜めるような静けさがあった。


 前当主――久世紫乃(くぜしの)の私室。

 屋敷の奥にある部屋だ。

 

 “鬼才”と呼ばれた女。

 だだっ広い畳の部屋の中央で、

 紫乃と紫苑が向き合っていた。


 紫苑は、畳に座るのも嫌そうに顔を歪めた。


「僕、この家死ぬほど嫌いなんだけど⭐︎


 ……知ってるよね?ばあちゃん⭐︎」

 

 開けっぱなしの縁側。

 同じ髪色が、揃って風に揺れる。


「ばあちゃんの呼び出しだから来たけどさ〜?

 僕が来てることバレたら、またじいちゃんと喧嘩になるんじゃないの〜?」


「紫苑」


 しゃがれた声。


「何?」


「傷を見せてみい」


 紫乃は杖で紫苑を指す。


「は⭐︎?やだよ」


「ええから見せんかボケナス!!」


 杖を乱暴に振った。


「老化進んだ⭐︎?短気すぎ⭐︎」


 紫苑は眉を寄せながら、ワイシャツのボタンに手をかけた。

 右側だけ、はだけさせる。


 現れた、痛々しい火傷痕。

 あの日、柊が見てしまった傷。


 紫乃の眉尻が、わずかに下がった。


「痛みは?」


「もうないよ⭐︎五年も経ってる」


 紫苑は素早くシャツを戻す。


「……別にばあちゃんが責任感じなくても良いんだけど」

 

 目を伏せたまま、ボタンをかける。

 一度も、紫乃の目を見なかった。


「あの術を教えたのは、わしじゃ」


「僕ならできるって思ったからでしょ⭐︎?

 実際、成功したじゃん⭐︎」


 口調が戻る。


 蝉の鳴き声と、風鈴の音だけが和室に響いた。


「紫苑」


 紫乃は、紫苑の方を真っ直ぐ見ていた。


「お前が傾けば、三流派も傾く」


「……」


 紫苑は口角だけを上げる。


「期待されたり警戒されたり、天才も辛いよね〜⭐︎」


 立ち上がり、紫乃に背を向けた。


「もう帰って良い⭐︎?」


「紫苑!」


 紫乃の声が空気を裂く。

 紫苑は襖にかけた手を、ぴたりと止めた。


「変な気を起こすなよ。

 ――わしの許可なく、壊れるな」


「……当たり前でしょ」


「お前は、わしの最高傑作じゃ。

 

 久世からは逃げられん」


 その言葉を弾くように、ぴしゃりと襖が閉じられた。

 紫乃は、閉ざされた襖を見つめる。


「紫苑……哀れで可愛い、わしの孫よ……」


 襖の向こう側。

 ブレザーのポケットの中で、スマホが震える。

 

 紫苑はスマホを取り出し、

 耳元に当てた。


「――はぁい⭐︎凡才ちゃん⭐︎?」

 

読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:3月17日21時

第八十四話 ごめん

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