第八十一話 割れたグラス
暮羽さんが去った後も、僕の身体の熱は冷めなかった。
夕方の商店街に、人が増え始める。
「とりあえず、俺んち行く?
麗子も入れて、作戦会議しよ」
光流くんの提案で、僕たちは光流くんの家――スナックHikariに移動することになった。
開店前の、スナックHikari。
僕たちはボックス席のソファに腰掛けていた。
麗子さんが、正面の丸椅子に座る。
トレーニング帰りなのか、肩にタオルをかける麗子さんからは湯気が出ていた。
「なるほどねェ。
やっぱりあの女、事情があったわけね」
先ほどの出来事を、麗子さんはすんなり受け入れた。
「驚かないんですか?」
僕が尋ねると、麗子さんは腕を組んで答えた。
「戦った時から、違和感があったのよォ。
……で?まさか、アタシたち四人で突入しようって言うんじゃないでしょうねェ?」
「ダメなのかよ?」
テーブルの上でおしぼりを丸めながら、颯が言う。
「向こうの戦力わかってる?返り討ちに合うわよォ」
確かに、四人で戦うには足りない。
「伊吹と福に言うか?アイツら三流派と関係ねぇんだろ?」
「……どうだろう。
さっきたまたま見ちゃったんだけど……伊吹さん、狛さんと何か連絡とってた」
メイドカフェで、チラッと見えたスマホの画面。
表示されていた名前は――狛さんだった。
背筋に、嫌な気配が走った。
「狛さんと伊吹さんたちはセットで考えた方が良いかもね〜」
光流くんは、顎に手を当て眉を顰める。
「奏はどうすんだよ?」
「それもね〜。奏ちゃんは違うって信じたいけど……。
一応、三流派の人間だし」
「あの子、紫苑を“内通者”に仕立てあげたいのかってくらい疑ってるのも、ちょっと怪しいのよねェ」
「……」
どうすればいいのかわからない。
エアコンの音だけが、変に大きく聞こえた。
「よし、狛さんに言おうぜ」
「え!?」
「アンタ、自分の好き嫌いで決めるんじゃないわよ」
麗子さんがテーブルに頬杖をつく。
「バーカ。ちげぇよ。
冷静に考えて、狛さんか紫苑かっつったら、狛さんだろ」
「……確かに、颯の言うことも一理あるかもね」
光流くんは、顎に手を当てたまま視線を落とした。
「狛さんの方が信用できるのは事実だし。
狛さんと伊吹さん、福くんが加われば、勝率も上がる。
奏ちゃんは、戦力としてはまだ弱いし。
紫苑さんは――」
言葉が、数秒止まった。
「……強い。だけど、明らかに怪しい。
リスクとリターンを考えて、狛さんに話すのが一番」
きっと、正しい。だけど胸の奥がざらつく。
仲間を選択するなんて、本当はしたくない。
「納得してねぇ顔だな」
颯の声に、僕はビクッと肩を振るわせた。
「お前が信じたいのはわかるけどよ。
綺麗ごとばっか言ってられねぇだろ」
颯は指先で机を叩く。
「でも……“内通者”がいない可能性も、あるんだよね?」
「それはないと思う」
光流くんが、僕の言葉をバッサリ切るように言った。
「暮羽さん、命を捨てる覚悟の目だった。
そんな人が、嘘を伝えるわけない」
「でも――」
「あのなぁ!
お前、その変に頑固なとこやめろよ!」
颯は、何度も口を開きかけて閉じた。
「……っ!見ててイライラすんだよ!」
颯が声を荒げる。
その瞬間、一気に全身が熱くなった。
「“思ったこと言え”って言ったのは颯だろ!?」
そう言って僕が立ち上がった、その時、
ガシャーン!
僕の足がテーブルに当たり、グラスが落ちた。
床に破片が散乱する。
「あ……」
「ちょっと〜!何の音〜!?」
奥から、光流くんのお母さんが顔を出した。
「ごめんなさいね、ママ。ちりとりあるかしら?」
麗子さんが、光流くんのお母さんの元へ駆け寄る。
「喧嘩すんなら他所でやってくれる〜!?」
「……ごめんなさい」
僕は肩を落とした。
「柊」
光流くんはしゃがみ込み、割れたガラスを拾い上げた。
鋭く尖ったガラスの先が、光を弾く。
「気持ちはわかるけど、今回は折れよ」
光流くんは、一度もこちらを見なかった。
「……本当に、奏さんにも言わないの?」
「うん。ごめんね。
それから、斎賀先生にも言わないでおこう」
「三流派だからか?」
颯が、光流くんを見下ろしながら尋ねる。
「それもあるけど。
俺は、斎賀先生――ブラックボックスだと思ってるから」
斎賀先生も?
心臓の音がうるさい。
「明後日、テストが全部終わったら、狛さんたちに話に行こう」
麗子さんが持ってきたちりとりに、光流くんが破片を入れる。
僕は黙って、視線を床に落とした。
――割れたグラスに、僕たちの姿がバラバラに映る。
屈折していて、誰の顔もはっきり見えなかった。
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※次回更新:3月15日15時
第八十二話 信じる、選ぶ




