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二つの心音――弟が守護霊になって帰ってきた  作者: しょう
乱れる心音

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第七十九話 甘すぎる選択


 甘い匂いが、不穏な空気を切り裂いた。

 キッチンから別のメイドさんがこちらに来る。

 

「お待たせしました〜♡GGすぺしゃるでーす!」


 ドンッ!!


「でか!!」


 思ったまま口にしていた。

 テーブルに置かれたのは……。


 アイスにフルーツ、マカロン。

 グラスいっぱいに詰められたスポンジに、こぼれ落ちる生クリーム。

 見てるだけでお腹いっぱいになる……。


「いただきまーす!」


 伊吹さんの、大きな一口。

 しかも食べながら、福くんに霊力を流している。


「何で今、霊力チャージしてんだよ?」


 僕より先に颯が聞いた。


「伊吹ちゃんの食霊法はな、分け与えるための力なんだよ」


 福くんが、ふんっと鼻を鳴らす。


「自分のためだけに使うもんじゃねぇ。

 だから、こうやって外に出さねぇと、胃もたれしちまうんだよ」

 

 “分け与える”前提の力。

 そんな仕組みだったのか。

 

「誰かに分けないと、霊力が重たくて、ボクが動けなくなっちゃうの〜!」


 伊吹さんはスプーンでパフェを掘り進めながら言った。


「てか、俺らが言うのもなんだけど〜。

 伊吹さん、テスト勉強は?

 皇陽も今テスト期間中だよね?」


 ……ぴたっ。

 

 光流くんの言葉に、伊吹さんの手が止まった。

 伊吹さんの瞳が、光を失う。


「……てすと?それって美味しいの?」


「コワッ!これ現実逃避してる人の顔だ!!」


 光流くんが僕の肩に手を回す。


「だってさ〜、狛くんも紫苑くんも、学校終わるとすぐ帰っちゃうんだもーん。ひとりじゃ無理〜」


 伊吹さんは、スプーンを手元でくるくる回しながら、口を尖らせた。


「狛くんの教え方、わかりやすいんだもん!」


「伊吹ちゃん、いい加減、狛から自立しようぜ……」

 

 心配そうな顔をする福くん。

 伊吹さんは再びスプーンを進める。


 ボコッと、生クリームの山が雪崩れた。


「……狛さんと紫苑さん、学校ではどうですか?」


 僕はマグカップに視線を落としたまま、尋ねた。


「ん〜?ボクは学科が違うから、いつも見てるわけではないんだけど〜。一緒にいる感じはないよ!

 まあ、あの日かなりバチバチだったもんね〜!」


 伊吹さんは明るく言うけれど、どこか無理してるみたいに見えた。


「伊吹さんはどう思ってんの〜?」


 光流くんがストローを回す。

 カクテルゼリーが浮き沈み、泡がグラスの中で弾けた。


「……ボクはね。

 二人が割れるなら、狛くんにつく。

 紫苑くんは、何考えてるかわからないし。

 何より――」


 店内の騒ぎ声が、妙に遠くなった。


「狛くんは、裏切る人じゃない。ボクはそう思ってる」


「……」


 僕たちは、無意識に動きを止めていた。

 喉の奥がぎゅっと締まる。

 その時、


 ぎゅるるる……。


 謎の音が聞こえた。

 伊吹さんの顔が青ざめている。


「お腹痛くなってきた。……お花摘み……」


 伊吹さんは手でお腹を押さえ、よろよろと席を立った。

 身体をくの字に曲げながら、お手洗いへと向かう。


 あんなデカ盛り食べるから……。


「あいつバカだろ」


 颯の暴言に、誰もフォローを入れなかった。


「……伊吹ちゃんは、ちょっと狛に肩入れしすぎるところがあんだよ」


「え?」


 福くんが、お手洗いの方を見ながら話し始めた。


「伊吹ちゃんな、昔はちっとも笑わなかった。

 いつも腹空かしてて、服も汚れてて」


 伊吹さんの席に残った、食べかけのパフェ。

 溶けたアイスがグラスをつたう。

 

「人間の友達なんていなかった。

 いつも霊とばっかり喋ってた」


 ドクン。

 心臓の鼓動が、二つ聞こえた。

 颯の方を見ると、真剣な顔で話を聞いていた。


「伊吹ちゃんが明るくなったのは、高校に入って、

 ――狛と紫苑に出会ってからだ。

 特に、狛の存在はデカい」


「……そうだったんだ」


 僕も、お手洗いのドアを見つめた。


「俺は、何があっても伊吹ちゃんの味方だからよ。

 伊吹ちゃんが狛につくなら、俺もそっちだ」


 福くんの声に、迷いはなかった。


「俺たちが間違ってたら、その時は遠慮なく殴れ」


 机の上に置きっぱなしだった伊吹さんのスマホが、また震えていた。

 画面に浮かんだのは、見覚えのある苗字――


「あー!すっきりしたぁ!!」


 ぱしっ。


 お手洗いから戻った伊吹さんは、素早くスマホを手に取って、ブレザーのポケットに仕舞った。

 僕の正面の席に、伊吹さんが座り直す。


「よーし、食べよ〜」


 再び、スプーンを動かす伊吹さん。


「続き食うのかよ!?」


「残すわけないじゃーん!」


 僕の月白ラテは甘いのに、

 舌の奥に、苦味が残った。

 

読んでくださってありがとうございます。

※次回更新:3月14日12時

第八十話 あなた方の中に

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