第七十八話 ガラスの庭園
***
Side:柊
翌週、学校はテスト期間に入った。
期末テスト三日目、六月の最終日。
テスト勉強の隙を縫い、僕たちは小須商店街に向かった。
ここに来るのは、あの日以来。
商店街は、何も変わっていないように見えた。
けれど、僕の中では何かがずれていた。
「お店、つどいの広場のすぐ近くだね」
光流くんがスマホのマップを見ながら言う。
メイドカフェなんて初めて行く。
僕は、いろんな意味で緊張していた。
その時。
「あれー!?」
聞き慣れた甲高い声が、響いた。
振り返ると。
「伊吹さん!と、福くん!!」
「何してんの〜!?」
伊吹さんが駆け寄ってくる。
背後の福くんは……霊力強化された、
例の“ムキムキ状態”だった。
「伊吹さんこそ、ここで何して――
って、クサ!!」
光流くんが口元に手を当てる。
遅れて、僕と颯のところにも臭いが届いた。
「うっ……ニンニク臭が……」
咄嗟に鼻をつまむ。
「ごめんごめん!さっきそこのデカ盛りラーメン、ニンニクマシマシで食べてきたとこなの!」
伊吹さんが看板を指さした。
「今三時だぞ!?何メシだよ!?」
「えっ、おやつだけど」
当然のように言う伊吹さん。
「お前らは、どこに行くつもりなんだぁ?」
福くんが尋ねた。
「ここ〜!」
光流くんは口元を覆ったまま、片手でスマホを見せる。
「Glass Garden!?
ここ、デカ盛りパフェがあるメイドカフェだよね!?」
伊吹さんの目が輝く。
……さっき、デカ盛り食べてきたばかりですよね?
「おい!ニンニク女と行くのか!?俺は嫌だぞ!!」
「颯はメイドさんたちから見えないから大丈夫だって!
俺と柊が、“臭いな”って思われるだけ!」
光流くんがフォローする。
でも、僕も臭いと思われるのは嫌なんだけどなぁ。
「麗子の娘は見えるかもしんねぇんだろ!?」
「え!麗子ちゃんの娘ちゃんがいるのー!?
絶対行きたーい!!」
「はっ!しまった!!」
颯の顔が青ざめる。
「颯、墓穴〜!」
光流くんは楽しそうだった。
……なし崩し的に、僕たちは五人で入店することになった。
「おかえりなさいませ、ご主人様♡」
「……うっ……!?」
一瞬、メイドさんの苦しそうな声が聞こえた。
「おい!誰か臭ェって思ったやついただろ!?」
「颯、気にすんな〜!」
光流くんが颯の背中をバシバシ叩く。
僕たちは四人がけのテーブル席に案内された。
椅子が足りないので、颯は宙に胡座をかく。
他のお客さんには見えないから、問題ない。
「お水で〜す♡」
メイドさんがお水を三つ、テーブルに置いた。
黒髪のツインテール。
この子は、麗子さんの娘ではなさそうだ。
「ご注文はお決まりですか〜?」
「GGすぺしゃるくださーい!」
伊吹さんは迷いなく、またデカ盛りを注文した。
「俺これ!星屑⭐︎フロート!
柊は決まってる?」
「え、えっと……!」
僕は慌ててメニュー表を覗き込む。
・魅惑のチェリーソーダ
・無垢と背徳のバニララテ
・みゅあちゃんの秘密♡
これ、ドリンクの名前なの?
「すげぇ名前だな」
颯が眉を寄せた。
「……みゅあちゃんって誰?」
「私でーす♡」
僕の呟きに、ツインテールのメイドさんが指ハートで答える。
「あ……僕は、月白ラテで……」
どんな飲み物かよくわからなかったけれど、
一番名前を読むのが恥ずかしくないメニューを選んだ。
「かしこまりました〜♡」
みゅあさんがキッチンへと戻っていく。
僕は、ほっと息を吐いた。
注文するだけで、寿命が縮んだ気分だ。
「あの子、いるかな?」
隣の席で、光流くんが座ったまま背伸びする。
そうだ、忘れちゃいけない。
目的は麗子さんの娘さんだ。
僕も、店内を見渡す。
モノクロ調のクラシカルな店内。
メイドさんの呪文と、お客さんの笑い声が響く。
水色の髪の子は……いない?
「お待たせいたしました〜♡
お先に、星屑⭐︎フロートと月白ラテで〜す!」
白いマグカップが、僕の前に置かれた。
甘いミルクの香りが、鼻をかすめる。
「うぇーい!インスタ映え〜!」
光流くんの頼んだ飲み物は、
なんていうか……うるさかった。
「ねえねえ、みゅあちゃん。
ここってさ、水色の髪長い子、働いてる?」
光流くんが尋ねる。
「水色……?あ!ハルちゃんのことですか〜?」
「!」
みゅあさんは心当たりがあるみたいだ。
「ハルちゃん、ちょうど昨日で辞めちゃったんですよ〜!」
「え……」
心臓が、強く跳ねた。
「ハルちゃん、ご主人様から嫌がらせされてて〜。
掲示板でもたくさん悪口書かれて、メンタルやられてたっぽいです〜」
「……そうなんだ〜」
光流くんの表情が、わずかに曇った。
「ガチ恋の逆恨みだと思いますけどね〜。
この業界、そういうの多いんで〜」
「連絡先とか、わかんないよね?」
光流くんの質問に、みゅあさんは指でバツを作った。
「ごめんなさい。そういうのは秘密なんです」
「だよね〜」
光流くんが肩を落とす。
せっかく手がかりが、見つかったと思ったのに。
「麗子ちゃんの娘ちゃん、どっか行っちゃったの?」
正面に座る伊吹さんが、ずいっと僕の顔を覗き込んだ。
「そうみたいだね」
「水色の髪の子なんだね〜?……ふーん」
机の上で、伊吹さんのスマホが震える。
伊吹さんは、画面を隠すように手でスマホを握った。
真っ白なドリンクの表面が、
僕の鼓動に合わせるように、
小さく揺れていた。
読んでくださってありがとうございます。
※次回更新:3月13日21時
第七十九話 甘すぎる選択




