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死ねない天使

堕天は学園の外壁を殴り続けていた。

拳がめり込み鈍い音が響き亀裂が走る


――逃げ場みたいに。

「……堕天。やめろ、めり込んでる」


声をかけても彼女は振り向かない。

「……ほっといてくれ。お前に、何がわかる」


もう一度拳が叩きつけられ感情を吐き出すみたいに壁が揺れた。


「次は勝てばいいだろ」


距離を詰めず俺はそう言った。

――その瞬間だった。


堕天が振り返りはっきりとした殺気で銃口が俺に向けられる。


「……簡単に言うな。人間の分際で」


引き金に指がかかる。

「どうせお前は――死ねるくせに」


銃口の奥で感情が渦を巻いていた。


「不本意な死なんて軽いんだろ。どうせ終われる、やり直しもないだから必死になれる」


俺は一歩も引かなかった。


「俺たちは命を再生できない。だからこそ――死ぬ前に後悔しないように全力なんだ」

「死ねないお前と死ねる俺たちは……同じじゃない」


壁の修復音だけがやけに大きく響いた。

気づいたとき彼女は泣いていた。銃は下がり腕で目元を隠し震える声が零れた。


「……くそ……なぜ私は……」


言葉は最後まで形にならなかった。

二百万年分の「終われなかった時間」が、

今になって一気に押し寄せてきたみたいだった。


俺はそれ以上何も言わなかった、理由なんてきっと自分でも分からない。


ただ胸の奥がひどく痛くて息を吸うたびに、世界が少しずつずれていく。


ーーー堕天、5歳。

小さい少女は校庭で蝶々を追いかけっこしたり、遊んでいた。


「だてん、いいお天気ね」

「はいお母様、お母さまも遊びませんか」


私は普通の子だったはずだ。

小さな村で生まれて朝になれば起き、昼には家の手伝いをして夜になれば眠る。


――少なくともその日はそうだった。

壊れたのはきっとあの瞬間だ。


ぼーと空を見上げていた。

雲の流れが不自然なほどゆっくりに見えた。

鳥が羽ばたいた――瞬間私の目に電撃が走り、空中で飛んでいる鳥を潰していた。


「……あ」


触れたと思った瞬間に頭の上が熱を持った。

空気が私を中心に歪んだ。


「やめなさい!!」


振り向くと、父と母が立っていた。

その目は――恐怖と嫌悪が混ざり合って混沌としている。


「それは……何だ」

「……おそろしい」


胸の奥が音を立てて崩れた。

私は何も分からなかった。けれどその瞬間だけははっきり分かってしまった。


――これはしてはいけないことなんだ。

私は初めて思った自分の遊びは異能なのだと。

私が異常だから余計なものを持ってしまったからみんなの顔が歪むのだ。


それからの記憶はなくすように途切れている。

鍵のかかる部屋に祈るように頭を抱える母。

私を見ようとしない父。


そして――最初の「死」。


敷地内にある銃だったか刃物だったのかもう、覚えていながただ一つ確かなことがある。パンっと銃弾が頭に貫通する。


――私は、確かに死んだ。


痛みが酷い視界が暗くなり、

「ああ、やっと終わる」と思った。


「……っ、はぁ……!」

次の瞬間私は同じ朝に目を覚ましていた。


鉄格子の天井に金属の匂い、身体が動き心臓の鼓動がする。

「……え?」


頭上でくるりと何かが回る感覚も隠すことはできなかった。


天使の輪。

――やり直しの印。


それから私は確かめるように何度も死んだ。

自分の意思で何度もそのたびに目を覚ました。


その瞬間理解した私は間違えても終われない。

どんな形で死んでも転生してしまう。


「……なんで……終われないんだ」


うずくまり声が震える。

世界は何事もなかったように続いていた。

誰に迷惑もかけず、正しく生きていた。


けれど誰も私を救わなかった。

二百万年分の朝が私の中を通り過ぎた。

だから今は死ねない代わりに銃を握り、戦場に立つ。


それが、私――堕天の転生未了だった。


堕天は拳を下ろしたまま動かなかった。

肩が小さく上下し、呼吸だけがかろうじて彼女をこの場所に繋ぎ止めている。


少し離れた場所で、太陽が静かに口を開いた。


「――堕天の転生未了は死ぬことを禁止された存在なんだよ」


宣告で逃げ道を断つための確定事項だった。


俺は堕天を見るが銃を持つ手でも、天使の輪でもない。泣き方すら忘れたただの少女として。


――このままじゃ駄目だ。

逃げ場を与えない距離まで近づいて。


「……堕天、転生未了止めたいのか。お前は死にたいのか」


空気が張り詰め、時間が止まったみたいに。


堕天は一瞬だけ目を見開き――それから力が抜けたように笑った。

その笑みは拍子抜けするほど穏やかで、静かだった。


「ああ……もう精一杯生きた。

終わらせてほしい。ただそれだけだ」


二百万年分の重さをたった一言で吐き出す。


俺は唇を噛みちぎり血の味がはっきりとした現実を突きつける。


「なら、一緒に探そう」


堕天の眉がわずかに動く。


「お前の――堕天の最後の終わり方を」


「消失でも、罰でも、逃げでもない。

堕天自身が納得できる終末だ」


堕天はすぐには答えなかった。

ただ長い間誰にも向けてこなかった視線を

――初めて、まっすぐに俺へ向けていた。

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