転生未了
家に戻ると、玄関の向こうから妙に騒がしい音が聞こえた。金属がぶつかり合う、鈍く重たい――嫌な予感しかしない音だ。
「……いや、今日はもう勘弁してくれ」
そう呟きながら扉を開けた瞬間、その予感は確信に変わった。リビングの中央で、堕天、まりも、キコウの三人が、どう見てもロボットな装甲姿で動き回っていた。
「おう、帰ってきたか」
「おかえりなさい」
「……会えたんだね、結城ロミに」
キコウのその一言で、俺は理解した。
俺たちが零憶二〇九九九番で結城ロミに接触した影響が、彼らの中にあった消された記憶にも、連動して戻ったのだ。
俺は三人を順番に見渡し、ため息をつく。
「で?お前たちは何だ、その格好は。どこの戦場帰りだ。何の影響だ」
装甲は無駄にゴツく、配色も派手。
関節部の可動域は明らかに趣味全開。
どう見ても――○ダムだった。
キコウが無駄にキメたポーズを取る。
「ふっ……君たちがいない間に、我々は進化したのだよ」
「何を進化させた」
「エルダム式モビルスーツだ。これを装着することで、異能力の出力が跳ね上がる」
「……マジかよ」
思わず太陽を見る。
太陽は少し困ったように頭をかき、
「いや、そんな歴史はないけどね。まあ……楽しそうなら、いいんじゃない?」
堕天が一歩前に出る。
「よし、貴様らに、この進化した我々の実力を見物する権利をくれてやろう」
「おっけー。じゃあ僕が審判するね」
太陽が軽く手を挙げた。
そのとき、きらりが静かに息を吐いた。
「……私は、寝る」
零憶での出来事ロミとの再会と別れ。
心も身体も、限界だろう。
俺は何も言わず、背中だけを見る。
「おう。今日はゆっくり休め」
きらりは小さく頷き、そのまま部屋へ向かった。
――残された俺と太陽と、
なぜかロボット装備で盛り上がる三人。
「では、ここは危険だから――オープナーを出すね。対戦は、堕天対まりも」
太陽が軽く手を挙げた。
「どんな戦いになるのか、実況は僕。そして解説は――」
そこで、全員の視線が一斉にこちらへ向いた。
「……見るな。まさか俺か?はあ、しゃーねえな、解説は音司類だ。お前らの異能力、ちゃんと見てやるよ」
太陽は満足そうに頷くと、目の前に手をかざした。次の瞬間、光線が走り、空間そのものが裂ける。
光でも闇でもない。ただ役割を与えるためだけに開かれる力――
《ソラリス・オープナー》――開門。
視界が反転し、俺たちは別の空間に立っていた。
体育館のように広い戦闘専用領域。
床も壁も淡く発光し、空気そのものが再生を前提に構築されているのが分かる。
太陽が説明する。
「ここでは治癒再生が常時有効だよ。
致命傷でも自然回復。倒れた時点で負けの、実力至上・先取制だ」
「さんきゅー。ここなら全力出せるぜ」
堕天が肩を回しながら、余裕の笑み。
「もっこりもっこり……雛が疼くぜ」
まりもは上腕二頭筋を撫でながら、すでに集中領域に入っていた。
「……説明は以上。礼!始め!」
太陽の宣言と同時に――堕天が動く。
異能名。
天使の輪が淡く発光し、空間から実体化した銃を構えた。乾いた発砲音。銃弾は一直線に、まりもの上腕二頭筋へ――命中。
だが次の瞬間、弾丸は肉に食い込んだまま、弾き飛ばされた。
(始まった!堕天の《アウレオラ・パラドクス》がまりもの上腕二頭筋に直撃――だが、筋肉が弾く!!)
「はっはー!お前、自分の身体を信じてねえな」
まりもがにやりと笑う。
「残念だが、私が最強だあああ!!」
まりもと堕天の距離が、一瞬で潰れる。
異能。
強化された肉体が、弾丸より速く踏み込む。
拳、肘、掌、膝――
百発を超える打撃が、視認不能な速度で堕天に叩き込まれる。
(まりもの肉弾戦!狙いは天使の輪――弱点か!?)
堕天は紙一重でかわす。瞬発的な回避、反転、後退。間合いを切り、再び銃を構えた。
俺は思わず呟く。
「……いやこんな異能力、アリかよ」
攻撃しても即再生。時間をかければ、すべてが元に戻る。
(このままじゃ、決着がつかない。
――どう潰す?)
戦闘空間の空気が、さらに張り詰めていった。
堕天は静かに息を吐き、次の瞬間、吸い込むと同時に異能を起動した。
《アウレオラ・パラドクス》
天使の輪が淡く回転し、銃身が一瞬で霧散する。
――否、消えたのではない。
発砲音は、まりもの背後から鳴った。
「っ――!」
天井、壁、床。あらゆる位置から弾丸が“出現”し、突き刺すように降り注ぐ。
狙いは一点。後頭部。
(来た!堕天の《アウレオラ・パラドクス》!
銃の位置を固定しない――弾道そのものを欺く、変幻自在の射撃だ!)
数発が、まりもの後頭部と肩口に直撃する。
筋肉が衝撃を受け止めるが、さすがに揺らいだ。
まりもの身体が、ゆらりと傾く。
「……チッ。玉に頼りすぎなんだよ」
その一言と同時に、空間が縮んだ。
異能。
筋繊維が限界まで強化され、床を蹴った一歩で距離を消し飛ばす。
「――おらあああぁぁぁ!!
己を信じてねえ奴は、堕ちる!!!」
拳が叩き込まれる。一発、二発――否、数える意味はない。百を超える打撃が、嵐のように堕天を包み込む。
(来た!まりもの肉弾戦!逃げ場なしの百撃ラッシュ――これは……!)
堕天の身体が床に叩きつけられ、めり込む。
反撃する間もなく、視界が反転した。天井が、やけに遠い。
「……っくそ……」
血を流しながら、堕天は立ち上がろうとする。
だが、言うことをきかない。
一歩、そして――崩れ落ちた。
太陽の声が、戦闘空間に響く。
「まりも、勝利!!」
まりもは深く息を吐き、勝利の余韻に浸るように両腕を掲げた。
上腕二頭筋が誇示するように隆起する。
「よっしゃあ!さすが私の雛たちだ!!」
(……やっぱり、強い)
俺は素直にそう思った。接近戦に持ち込めば、まりもはほぼ無敵だ。
異能と肉体が、完全に噛み合っている。
「いや〜、熱い戦いだったね、解説の類くん。
どう?これが堕天とまりもの異能だよ」
「想像以上だ、これからの進化が楽しみだな」
「でしょ?」
太陽は、にっと笑う。
「僕も、楽しみで仕方ないよ」
戦闘専用空間に残ったのはゆっくりと自己修復を続ける床と、胸の奥に確かに残る――成長の手応えだけだった。
倒れていた堕天の身体が淡い光に包まれる。
空間生成による治癒再生が進み、裂けていた肉体は次第に元へ戻っていく。
堕天は仰向けのまま天井を見上げていた。
その視界の端に、差し出される手が映る。
――俺の手だ。
「堕天、起きれるか。ほら」
だが、堕天はそれを直視せず、腕で目元を覆った。光に紛れるように、零れそうなものを隠すために。
「くそっ……気安く触るな。アンチどもが」
悪態を吐き捨てるように言うと、堕天は自力で身体を起こした。
ふらつきながらも誰の手も借りずに立ち上がり、そのまま背を向けて歩き出す。
装甲の足音が、戦闘空間に乾いた余韻を残して消えた。
「……子供たちは、まだまだ幼稚だね〜」
太陽が、どこか楽しそうに呟く。
「まあそれも成長か。なあ太陽、堕天の能力開花って他にもあるのか?」
太陽は一瞬だけ視線を遠くにやった。
「あるよ。堕天はね――転生未了を持ってる」
「……は?」
「魂をリトライして200万年も経っているんだよ」
「意味わかんねえぞ」
「堕天は死ぬことを禁止された存在なんだよ」
「だから転生できなくするしかないね」
その言葉が妙に胸に残った。堕天の背中はもう見えないが存在は確かにあった。




