84話 必要悪
目が覚めるとそこは宿の宿泊部屋だった。
「……あれ、みんないない」
周りを見ても誰もいなかった、どうしてなのだろうか?
(力があまり出ない……まだ歩けないか)
私は思わずスマホを見て今の時刻を確認した。
(18時……か、凄く寝ていたな)
空を見るとどんどんとヒビが小さくなっていっていた。
(千尋さんたちがヒビを埋めていっているのかな……)
私は力の入らない指で千尋さんに電話を掛けた。
「せっちゃん!?大丈夫かよ!?」
「なんとか大丈夫、だけど力が入らないんだ」
「そうか、これから部屋に帰るけど驚かないでよね」
かばんの中からレミちゃんが出てくると私のベッドに登ってきた。
「……レミちゃん、どうしたのかな?」
レミちゃんは私の顔を見てじっとしていた。
(何だこの……動きたくても動けない雰囲気は)
すると千尋さんがインスタント麺を買って帰ってきた。
「しっかりと目が覚めてるのね、よかった」
「千尋さん、外のヒビ、小さくなっているけど」
「あれか、どうやらシグマがどんどんと小さくしていってるらしい、1日あれば元に戻ると」
「そうか……なら少しだけだけどよかったのかな。ちょっと千尋さん、肩を貸してくれないか?ベランダに行きたくてね」
「ああ、分かった」
私は千尋さんに肩を借り、ベランダに向うと椅子に座った。
「……千尋さん、シグマはどうなったんですか?」
「そこから説明する、警察本部の警官は隠れていて少しは無事だった。そしてシグマは最低でも無期、最高で死刑だと」
「そうなのね……いずれにしても死ぬ運命があるのか」
私は少しため息をこぼした。
「そうだ、シグマは未成年をペットロボで間接的に殺したのは事実、だが野良ペットロボ問題で犠牲になる人数より少ない。またこれも事実。そしてシグマが行っていた事、全国、いや世界から野良ペットロボを電脳世界に集めていて世界から野良ペットロボを一時的だが居なくしたのも事実だ」
「なんだか複雑ですね、野良ペットロボを保護して統率をとるなんて難しいのに罪を問うなんてね」
「機嫌を取るためだとしてもなぁって」
千尋さんはシグマを生かす判断をした事を未だ悩んでいた。
「それでなんですけど……上から圧力がかかってましたが、もしかして千尋さんとジータが?」
「そうだ、私とジータ、それとあの日に出会ったバンドマンが音波攻撃をして奴の身動きを取りにくくしたんだ」
「ありがとう、その援護がなければ恐らく私は死んでいただろうな」
「あの作戦は誰一人欠けても達成できなかっただろう。こちらこそありがとうと言わせてくれ」
外を見ると少年少女が公園で遊んでいてペットロボが居た。
「あのペットロボ、飼われてるから結構人懐っこいのね」
「そうらしいね、私たちにはもうペットがいるじゃんか」
千尋さんはレミちゃんを抱きあげた。
「そうだな……そう考えてくるとなんだか力が溢れてきたぞ」
「そういや聞くのが遅くなったが体の怪我はどうだ?」
「多分完治はしていなくとも動ける」
「だーめ、ラムダに治してもらいなさい」
「分かったよ……もしかして千尋さん、私の体の事に気を遣ってるのね」
「それこそ上司の役目でしょ?何か文句あるの?」
「いいや、何もない」
私は千尋さんのからかいに笑って返事をしたのだった。
「なら後で風呂に行かない?」
「確かに汚れてるもんね、風呂に行こうか」
「私が支えるよ……よっこいしょっと」
そして私と千尋さんは一緒に風呂に入りに行くことになった、足元でレミちゃんが私たちの跡を追っていた。とってもかわいい。
同時刻、刑務所にて……
(判決が決まるのは早いと聞いたが……AIで判定するとはな)
そこには判決を待つシグマがいた。手や足は鉄球と鎖でつながれ、口は看守に噛みつかないように口枷をされていた。
「おい、判決が出たぞ」
看守がそう言うとシグマは証言台に立った。
「判決を、過去判例で同じケースを検索したところ同じケースの件数0件。AIが独自に判断の結果、無期懲役を言い渡す」
シグマは納得がいかない顔をしていた。
「何か反論は?」
シグマは納得がいかないと心の中で思いつつ、反論はなかった。
「どうした、もっと抗議をしないのか?」
看守がそう言うとシグマはキレ、鎖を引きちぎらんほどの力で看守の元に向かった。
「文句があるならもうすでにAIをハッキングしている……私のレガリアは対象をハッキングする能力、そのAIをハッキングすれば無罪や死罪、有罪を自由に言えるんだ。それをしない私はもう運命に身を委ねているんだ。それに獄中で待ってる友達がいるんだ」
そう言うとシグマは静かに証言台から降り、そのまま房に入った。
「ふん、こんな電子機器私の手にかかればハッキング出来るんだろうな」
その時シグマを呼ぶ声が聞こえた。
「あれ……その髪型にその顔の形、もしかして志熊ちゃん!?」
「聞いたことのある声だな……」
シグマが声の聞こえた方に目をやるとそこに居たのは霧切だった。
「お前もここに居るのか、後何年で外に出られるんだ?」
「建物破壊とインフラ破壊だからあと5年ぐらいはここに居るよ」
「そうか、やってきた罪の重さか」
シグマが房の壁にもたれかかると無機質な壁を見続けていた。
(なんでこんな馬鹿なことをしたんだろう、野良のペットロボに目を惹かれ、そして凶行に……でもどうしてあのAIは私を死罪にしなかったんだろうか)
シグマがAIのハッキングをしてシグマの裁判例を見た。
「……ふふっ、そういう事か」
シグマは独りでに笑い、そして泣いた。
「まったく、最後の恩情ってわけか」
シグマの裁判例にはこんなことが書かれていたのだった。野良ペットロボの解決の糸口を作った恩赦と。
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