突然の別れ
「フィン!」
突然部屋に現れた騎士の姿に慌てた二人は体を離したが、もう遅かった。
「扉が開いたままだからどうしたのかと思えば……お前達、いつからそんな関係になっていた?」
エドガーからフィンと呼ばれた騎士は、普段はルナのエリアの担当ではない。エドガーは突然フィンがやってきたことに驚いた顔をしていたが、すぐに覚悟を決めたのかフィンの目の前に立った。
「……言い訳はしないよ」
「エドガー、このことはジーク団長に報告させてもらう。今ケヴィンを呼んでくるから、今夜の見張りは交代しろ」
「……分かった」
呆然としたまま立ち尽くしているルナに、エドガーは「大丈夫だ」と微笑んで部屋を出た。ガチャリと冷たい金属音が聞こえた後、二人の靴音が遠ざかっていった。
♢♢♢
エドガーはその後、ルナの見張りの仕事から外されてしまった。エドガーが次に配属されたのは、魔法使いの塔の入り口で見張りをする仕事である。常に外の冷たい風を浴びながら一日中扉の前に立つ。一時は王城で、王太子の護衛までしていた男がやるような仕事ではない。
それでもエドガーはじっと耐え、警備の仕事をしていた。魔女と通じた騎士として、塔の中でもすぐに噂は広まり好奇の目にさらされたが、エドガーは反論もせずにただ黙っていた。
今日は朝からどんよりと曇り、今にも雪が降り出しそうな空だった。エドガーは厚着をしているが、それでも芯から体が冷える。時々体を揺らしながら寒さに耐えていると、後ろから仲間のケヴィンが声をかけてきた。
「大丈夫か?」
振り返ると、ケヴィンが眉を下げて微妙な笑顔を浮かべていた。
「ケヴィン、休憩中か?」
「ああ、夜まで休みだ」
ケヴィンはエドガーの隣に立った。
「その……大変だったな」
気まずそうにケヴィンは口を開く。
「いいんだ。お前にも迷惑をかけたな。俺のことで色々聞かれただろう?」
「別にそんなこと、何でもないさ」
ケヴィンは笑いながら首を振る。
「……よりによってお前が魔女に惚れるなんてな。お前ほど真面目な男はいないと、ジーク団長も言っていたのに。お前がルナのフロアを任された理由はそれだろう? 久々の若い魔女だったし、美人だからな。ジーク団長はお前なら大丈夫だと思っていたんだ」
「それは……団長にも同じことを言われたよ」
エドガーは気まずそうに俯く。魔法使いの塔があるこの地域一帯、つまり「旧アルカシア国」を担当しているのが、第三騎士団である。第三騎士団長であるジークは、王城での事件のこともリヴァルスの言いがかりだと知っていた。ジーク団長は王都の「第一騎士団」から追い出されたエドガーにも偏見がなかった。
そんなジーク団長の期待も、裏切ってしまったのだ。それでもエドガーはこうなってしまったことを後悔していなかった。
「俺はずっと考えていたんだ。闇魔法使いと呼ばれ、騎士団に捕らえられ、塔に閉じ込められている彼女達のことを。本当に闇魔法使いは王国にとって危険な存在なんだろうか? 聖魔法使いとどこが違うんだ?」
「エドガー、それは思っていても口に出しちゃ駄目だ」
ケヴィンは厳しい表情でエドガーを制した。
「ルナは普通の女の子なんだ。彼女は危険な魔女じゃない」
「エドガー……」
ため息をつき、ケヴィンはエドガーの真剣な表情を困ったように見ていた。
♢♢♢
それからしばらく経ったある日のこと。塔の入り口で立っていたエドガーは、突然ぞろぞろと何人もの騎士がやってきたのを怪訝な顔で見ていた。彼らは出迎えに現れた騎士と共に、塔の中に入っていく。
少し時間を置いて、騎士らは一人の闇魔法使いを取り囲むように外に出てきた。エドガーは騎士に囲まれているその闇魔法使いを見て、思わずあっと声を上げそうになった。
頭にフードを深く被り、両手に聖魔法使いがかけた「魔法の手枷」を嵌められて歩くその姿は、ルナに間違いなかった。
ちらりと見えたルナの目には、目隠しの布まで巻かれていた。彼女の肘を持ち、乱暴にぐいぐいと引っ張りながら歩く騎士を、エドガーは思わず睨みつける。
騎士達はただの見張りであるエドガーに全く興味を示さず、無言のまま歩いていった。そしてルナを押し込めるように馬車の中に入れ、馬にまたがる騎士らと共に馬車は魔法使いの塔を出ていった。
「ルナ……」
去って行く馬車を見ながら、エドガーは呆然と呟いた。