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頭の中

 ある夜のこと。いつものように見回りにやってきたエドガーは、なんだか疲れているようだった。何度もあくびをかみ殺し、目頭を指で押さえたりしている。


「疲れているんですか?」


 覗き窓からルナが廊下に立つエドガーに話しかけた。


「……見られてたか」

 エドガーは気まずそうに笑みを浮かべ、ルナの部屋の前にやってきた。


「忙しいんですか?」

「いや、仲間の騎士がちょっと熱を出したんだ。それでそいつの代わりに別のフロアの見張りに行っていたから、寝る時間がなくて」

「そうですか……」


 ルナがいるフロアを担当している騎士は常に一人で、交代制のようだ。どうやらあまり人員は多くないようで、エドガーが一人で丸一日見張りをしていることもある。他のフロアも大体同じような状況に違いない。


(騎士の人手は足りてないんだわ)


 魔法使いの塔は、王国側の味方についた「聖魔法使い」の手によって強固な魔法の鍵がかけられ、闇魔法使いと言えど、簡単に外に逃げ出すことができない。騎士の見張りは最低限で構わないということなのだろう。


「あなたも早く寝るといい。俺の見張りも楽になるからな」

 エドガーは珍しく冗談を言い、ルナの部屋を離れた。




 それからしばらく時間が経った。ルナはふと目を覚まし、ベッドから体を起こした。窓から見える外は相変わらず真っ暗で、夜明けまではまだ時間がある。


 ルナはここに囚われてから、一度も熟睡できたことがない。何度も眠りに落ちては目が覚める、その繰り返しだ。


 静かにベッドから出て衝立からドアの方に目をやると、覗き窓の向こうにエドガーの頭が見えた。


 不思議に思い、ルナはそうっと覗き窓に近寄る。エドガーはどうやら扉の前に立っているようだ。

 更に近寄ってみてもエドガーの反応がない。覗き窓からエドガーを見ると、彼は扉に寄りかかり、どうもうたた寝をしているようである。


──これは、二度とないチャンスだわ!──


 ルナの身体が興奮で震えた。


 ルナはエルマン王の血を引く者だけが使える、特別な魔法を持っていた。


 それは相手の頭の中に入り込めるというものだ。相手の頭に手を添えると頭の中に入れるが、起きている時にそれをすると、当然相手に知られることになる。相手が眠っている時なら、気づかれずに頭の中に侵入できるのだが……。


 ルナはずっと、エドガーの頭の中に入る機会をうかがっていた。だが彼が都合よく自分の手が届く所で寝てくれるわけもない。だからルナはエドガーを誘惑し、なんとか彼の隙を見つけようとしていた。


 それが今、エドガーはルナの手が届く所でうたた寝をしているではないか。すぐに目を覚ます危険は当然ある。それでも、この機会を逃せばもう次はないだろう。


 ルナは震える手を抑え、そっと覗き窓から両手を伸ばし、エドガーの頭に触れた──




──エドガーの頭の中に入ったルナは、緊張しながら辺りを見回す。そこは魔法使いの塔の中だった。見慣れた廊下に見慣れた扉。ルナは廊下を歩き、自分の部屋の前に立った。


 扉に手をかけると、鍵はかかっておらず簡単に開いた。部屋の中に入り、奥に進んで自分のベッドを見る。そこでルナは驚くべきものを目にした。


 そこには全裸の自分がベッドに横たわっていた。妖艶な笑みを浮かべながらこちらを見ている自分の姿に、ルナは動揺して慌てて部屋の外に逃げだした。


 ルナは胸の鼓動が早くなった。エドガーを誘惑するような行動を取っていたのは確かで、それは間違いなく成功していた。だがああやって実際に目にしてしまうと、なんだか急に恥ずかしくなり、もう見ていられなかったのだ。


(私、あんなに胸もお尻も大きくないわよ!)


 赤くなった頬を手で冷やしながら、ルナは廊下を早足で歩いた。




 廊下の突き当たりにある扉の前にルナは立つ。ここから先はルナの知らない場所だ。聖魔法使いによる魔法の鍵が、ルナたち闇魔法使いを通さないのだ。


 だがここはエドガーの頭の中である。ルナは簡単に扉を開け、外に出た。扉の先には同じような廊下と、同じような扉が続いていた。ここは他の闇魔法使いがいるエリアだろう。更にその先の扉を開けると、ようやくさっきと違う光景が広がっていた。


 扉の先は螺旋階段になっていた。ルナは迷わずに階段を下りていく。彼女の予想が合っているのなら、エルマン王の遺体は地下にあるだろう。


 どれくらい歩いただろうか。ようやくルナは最下層にたどり着いた。扉を開けるとその先には長くて暗い廊下があった。壁に掛けられた松明の灯りを頼りに、廊下の奥へとどんどん進む。


 行き止まりには大きな観音開きの扉があった。


 扉にははっきりと分かる「聖魔法使い」がかけた魔法の鍵があった。金色に光る円形の文様が扉に浮かび、侵入者を拒んでいる。その魔法の鍵はこれまで見た物よりも大きく、より頑丈であると思われた。


(これほどの強固な魔法の鍵。間違いない、この奥におじい様の遺体がある)


 ルナはその扉に手を伸ばす。だがその時、ルナはエドガーの目が覚める気配を察知し、慌てて手を彼の頭から離した──




 エドガーはハッと目が覚めた。

「しまった、つい居眠りを……」


 目をこすり、後ろの覗き窓からルナの部屋の中を見る。部屋の中には特に変化はなかった。衝立にかけられたガウンに、寝ているらしきルナの気配。


 ホッとため息をついたエドガーは、大あくびをした後見回りに向かうのだった。

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