知りたいんです
ある日の夜、遅い時間に別の騎士と交代でエドガーが監視にやってきた。
「こんばんは、エドガー」
ルナは椅子に腰かけていた。扉の向こうに立つエドガーは、覗き窓からルナの姿をじっと見る。
「あなたは夜更かしが好きなようだな」
ふっと笑みを漏らし、ルナは椅子から立ち上がると扉に近づく。ここのところ毎日、エドガーが来るとルナが扉越しにやってくるようになっていた。
ルナがこうやって騎士に話しかけるのは、エドガーだけだ。交代の騎士が「愛想も何もない女だ」とぼやいているのを聞き、エドガーは優越感を覚えた。少なくともルナが誰彼構わず媚びを売るような女ではないことは確かだ。
なぜ自分なのか、ルナの本心にエドガーは期待する。
「先日ここに来た……あのリヴァルス王太子とあなたとの間に、何かあったんですか?」
ルナは突然エドガーに質問をしてきた。
「それは……あなたに話すようなことじゃない」
エドガーは少しムッとしたような顔で答える。
「ずっと不思議に思っていたんです。あなたのような優秀な騎士が、どうして塔の中で私達を監視するだけの仕事をしているのかって……」
ルナは囁くような声で、覗き窓越しにエドガーに尋ねた。ルナの顔がますます近づき、エドガーは思わず目を逸らす。
「……あなたには、関係のない話だ。王城でのちょっとしたいざこざです」
「いざこざ?」
ルナは話を聞きだすのを諦めない。エドガーはため息をつき、ようやく重い口を開く。
「俺は以前、王城でリヴァルス殿下の護衛をしていた。その時……殿下の妻が、その……殿下に物を投げつけられているのを見てしまったんだ」
驚いたようにルナは何度もまばたきをした。
「俺は思わず王太子妃殿下を……アンジェリーヌ様を庇ったんだ。それで殿下に、女性に暴力は辞めて欲しいと言ったんだ。そのすぐ後だよ、俺が『魔法使いの塔』行きになったのは」
「そうだったんですか……あなたは正義を貫いたのに、リヴァルス王太子の機嫌を損ねたんですね……あの王太子は、それほど怖い方なんですか?」
エドガーは覗き窓に顔を近づけ、更に小さな声で囁く。
「自分の思い通りにならないと、女性だろうと容赦しない方だ。あなたも殿下には気をつけた方がいい」
「私を、気遣ってくれるんですね」
エドガーはハッとなり、ごまかすように咳払いをした。
「あなたは闇魔法使いだが、だからと言って好きに扱っていいというわけじゃない」
「私の監視が、エドガーで良かったです」
ルナは微笑みながら、エドガーをじっと見つめる。頭の中まで覗こうとしているような彼女の視線の強さに、エドガーは戸惑う。
「……あなたは、誰に対してもそのような目つきで見るのか?」
エドガーはパッとルナから目を逸らした。
「ごめんなさい、何か不快でしたか?」
「いや……不快なんてことは……」
ルナを見ないよう、廊下に目をやりながらエドガーはモゴモゴとはっきりしないことを言う。
ルナはそんなエドガーの様子がなんだか可笑しく、つい吹き出してしまった。
「何だ?」
「いえ、何でも。エドガーは独身ですか?」
またルナは突拍子もないことを口にした。
「……独身だが、それが何か?」
「そう。良かった」
ホッとしたような顔をするルナに、エドガーは再び顔が熱くなる。
「エドガーはいくつですか?」
「二十四だが……今日はやけに俺のことを聞くんだな」
「知りたいんです。駄目ですか?」
「駄目じゃないが……」
エドガーは完全にルナのペースに飲まれていた。十九になったルナよりも年上のエドガーだが、女性の接し方に関してはまるで少年のように初々しい。
ルナは思った。王城で王太子の警護をしていたほどの男だ。きっと騎士団では真面目で信頼も厚いのだろう。魔法使いの塔に送られても腐らずに、毎日サボらずに仕事をしている男だ。あまり女性と遊ぶこともなかったのかもしれない。
「なら、またエドガーのことを聞かせてください」
ルナは笑みを残し、部屋の奥に戻っていく。部屋の奥には小さなベッドがあり、ベッドの前には衝立が置いてある。一応、目隠し目的に置かれている衝立だが、立っているルナの頭が少し覗いているし、ベッドの足元の辺りも見えていて、完全な目隠しにはなっていない。
ルナはガウンを脱ぎ、衝立にばさりとガウンをかけた。エドガーからはルナの頭と衝立にかけられたガウンが見える。その後ベッドの布団がもぞもぞと動いた。どうやらルナは横になったらしい。
ルナがベッドに横になるまで、エドガーはじっと覗き窓から見ていた。
「……おやすみ」
誰に言うでもなく、小さく呟いたエドガーは静かに彼女の部屋を離れた。