魔女の目的
王太子リヴァルスが去った後は、火が消えたように静かになった。ルナはホッとため息をつくと、再び椅子に腰かけて本を開く。
(あれが王太子……。闇魔法使いの捜索は、彼が主導しているって噂は本当だったのね)
リヴァルスの冷たい瞳を思い出し、ルナは心の底から冷える思いがしていた。国王タルシアスの息子である王太子リヴァルスは、タルシアスの手足となっていると言われる。タルシアス国王は、父である先王が魔法使いの国アルカシアを滅ぼした後の後始末をしている。
タルシアス国王の父、先王ドレクサンは別名「狂った王」と呼ばれる。突然アルカシアを攻撃し、平和だった二国の関係はもう取り返しがつかない状態になった。先王ドレクサンがアルカシアを滅ぼした後、ドレクサンは急に胸の痛みを訴えて死亡した。人々は「ドレクサンはアルカシアの呪いを受けた」と噂した。
その後タルシアスが新たな国王となり、若き王太子リヴァルスに命じて闇魔法使いを捕らえさせている。アルカシアの生き残りで、王国に反抗的な闇魔法使いは彼らにとって敵であるからだ。
(この城のどこかに、エルマン王の遺体があるはず。必ず探し出さないと)
ルナには本当の名前がある。彼女の本名はルナシェリア・フォンウッド・アルカシア。
ルナは魔法使いの国と呼ばれた小国「アルカシア」の王、エルマンの孫娘である。森の中でひっそりと育ち、身分を隠して生きてきた。ルナは自ら騎士団に捕らえられ、魔法使いの塔に入り込んだ。
ルナには戦の記憶がない。彼女が生まれて間もない頃に戦が起こり、両親は仲間を守る為に勇敢に戦い、戦地で散った。彼女は仲間達に守られながら森の奥、さらに奥深くに逃げ込み、仲間の魔法使い達の手で巧妙に隠された村で育った。
エルマンの血を引く者は殆どが死に絶え、残るのはルナ一人となった。彼女は十九になった今まで、完璧に身分を偽装して生きてきた。
魔法使いの塔は戦の間、砦として使われ、エルマン王も前線に立ち戦ったとされる。そしてエルマンはこの塔で亡くなり、遺体はそのまま残された。闇魔法使い達は王の遺体を連れ帰ることも叶わず、逃げるしかなかった。
ルナの目的は祖父であるエルマン王の遺体を見つけること。そして故郷の村に連れ帰り、埋葬することだ。闇魔法使いは次々と捕らえられ、逆らった者は殺され、今では散り散りになっている。そんな彼らの最後の希望が、エルマン王の亡骸だった。
リヴァルス王太子の顔を思い出すと、自然に怒りが沸き上がってくる。だが今は怒りを見せてはならない。ここで大人しく暮らし、エドガーから塔の内部のことを聞き出す。
これが、エルマン王の孫娘、ルナシェリアの目的であった。
♢♢♢
リヴァルス王太子は魔法使いの塔の近くにある屋敷に、宿泊の為訪れていた。
この屋敷は以前、アルカシア国のエルマン王の一族が所有していたものである。今ではノルデンヴェルク王国のものとなった屋敷は、リヴァルスが屋敷の主人となり、塔の視察の帰りによく利用している。彼好みに内装は全て変えられ、地味で堅実なその屋敷は王国の王太子が滞在するに相応しく、豪華なものになった。
部屋のソファに腰かけているリヴァルスの前に、彼の侍従が立っていた。侍従はまだ若いが有能な男で、リヴァルスが最も信頼を置く相手だ。
「ルナという魔女についてですが……ノースホルトの町で装飾品などを作って売っていた女でした。町ではとくに問題などを起こしたことはなかったようです。塔でも大人しくしていると報告を受けています」
「騎士団がその女を見つけたのだったな?」
「はい。酒場の女から『闇魔法使いが怪しげな物を売っている』と教えられたそうで。酒場の女が金目当てに魔女を売ったのでしょう」
リヴァルスは顎に手を当て、じっと考え込む。
「あの目、エルマン王に似ていると思わないか?」
「エルマン王にですか? 確かに魔法使いは紫の目を持つと言われていますが、それだけでは……」
侍従はルナの顔を思い出そうと首を傾げる。
「目の色ではない。あの私を見る目つき。誇り高きエルマン王の血を引いていてもおかしくはない」
「は……殿下がそう仰るのでしたら、すぐにあの女に尋問いたしましょう」
「待て。もしもあの女がエルマン王の血を引く者なら、あの女には利用価値がある。勝手に手を出すな」
「かしこまりました」
侍従はすっと引き下がる。側近達はリヴァルスへの接し方を良く知っている。自信なさげにしていれば怒鳴られ、勝手に事を進めれば叱責される。今まで何人もの側近が王城を去ったが、残った側近は今や、リヴァルスの思い通りに動く人形のような者しかいない。
「あの女の報告だけは怠るな」
リヴァルスは鋭い視線を侍従に向けた。