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最終話

 その日の結婚式での出来事は、あっという間に国中に広まり、大騒ぎになった。


 死んだと思われていたアルカシア国の王が蘇ったのだ。リヴァルス王太子の醜聞が霞むほどの大ニュースだ。リヴァルスにとっては、人々の関心がエルマン王の復活に向いていたことは幸いだったのかもしれない。




──ルナとリヴァルスの結婚式の当日、聖魔法使いシウスはエドガーと一緒に魔法使いの塔にいた。


 二人は塔の地下へと向かう。聖魔法使いシウスの行動を疑う者は誰もいなかった。何しろ、この塔に「魔法の鍵」をかけたのはシウスなのだ。魔法の鍵の様子を見ると言えば、騎士団が疑うことは何もない。


 塔の地下に、エルマン王が眠る部屋があった。塔の中で最も強固な鍵をかけられたその部屋の前に二人は立った。


「実は……魔法の鍵には一つ細工をしてありました」

「細工とは?」

 エドガーがシウスに尋ねる。


「エルマン様がこの奥で眠り続けられるのは、彼の魔法のおかげです。エルマン様の魔法だけは使えるようにしてありました。ですから今まで、エルマン様が生きていることを知られずに済んでいました」

「そういうことでしたか……」


 エドガーは扉をじっと見た。大きな観音開きの扉の前には、大きな金色の文様が浮かんでいる。この金色の文様が「魔法の鍵」である。魔法の鍵は闇魔法使いを閉じ込め、彼らが魔法を使うことを封じている。シウスはエルマンの魔法を使えるように、魔法の鍵に細工をしていた。


 そしてその細工は、孫娘であるルナにも効果があった。それはシウスには想定していないことであったが、ルナが使う「頭の中を覗く」魔法はエルマンの血を引く者しか使うことができない特別な魔法である。魔法の鍵は「エルマンの魔法」と認識していた為に、ルナは塔の中でも魔法を使うことができたのだ。


 ルナシェリアの存在を知ったシウスは、リヴァルスの屋敷に幽閉された彼女に、塔と同じ魔法の鍵をかけた。それは他の者に魔法の鍵に違いがあることを見抜かれない為であったが、ルナシェリアの身を守る為でもあった。




 魔法の鍵を解除し、シウスとエドガーは部屋の中に入った。そこは暗くしめった洞窟のような場所で、あちこち水が溜まっていた。中はエドガーが想像するよりも広く、天井が高かった。


 真っ暗な部屋の中、一番奥にぼんやりと光るものがあった。そこにあったのは池のような水溜まりだった。光は水の中から出ていて、池全体がまるでヒカリゴケに覆われているかのように淡い光を放っていた。


「これは魔力で満たされた水です。エルマン様はこの水の中にいらっしゃいます」


 池の前にシウスとエドガーが立ち、池の中を見た。水の中に仰向けに横たわるエルマン王が、そこにいた。その姿はエドガーが知る肖像画のエルマンと少しも変わらなかった。


「エルマン陛下。目覚める時が来ました」


 シウスはそう呟き、何やら小さな声で呪文を唱えた。すると池全体が光り輝き、エドガーは思わず目を閉じた。


 そしてエドガーが恐る恐る目を開いた時、その場にエルマン王が立っていたのだ。


「陛下。お帰りをお待ちしておりました」

 シウスはさっとエルマンに跪いた。エドガーも慌ててシウスに続く。


「……はて、どれくらい時が経ったかのう? すっかり寝ぼけてしまったようだ」


 エドガーが初めて目にする魔法使いの王、エルマンは彼が想像するような威厳ある人物ではなく、とぼけたような口調で話すただの老人に見えた。


「寝ぼけている場合ではありませんよ、陛下。すぐにここを出発していただきます」

「ふむ……何か急を要することがあったようだな」


 エルマンはおもむろにシウスの頭に手を触れた。シウスは抵抗することもなく、黙ってそれに従っている。


「……なるほど、これは急いだ方が良さそうだ。寝起きの一杯にシェリー酒といきたいところだが、それは全て片づいてからにしようかの……」

 エルマンは話しながら、隣で跪くエドガーに目をやった。


「お主が騎士エドガーか。なかなか骨のある男のようだな」

「は……もったいないお言葉です、陛下」

 エドガーは身を固くして、ますます頭を下げた。


「そうかしこまらんでもよい。全てが片づいたら、お主のことはわしに任せるがいい。悪いようにはせんよ」

「は……はい」


 魔法使いの王と言うからには、恐ろしい人物と思っていたら、どうもエルマンと言う男はタルシアス王とはだいぶ違う王のようだ。


「さて、急ごうかの……早くせんとルナシェリアの結婚式が始まってしまうからのう。起きたばかりで上手くできるか分からんが、なんとかやってみよう」


 エルマン王はそう言って、さっきまで自分が入っていた池に向き直ると呪文を唱えた。池が再び強い光を放ち始める。


「……ふう、なんとかうまくできたようだ。エドガー、ここへ飛び込みなさい。この池は外の世界のどこかの池に通じておる。上手く王都の近くに出られるといいが、さて、どこに出るかのう……」

「え……!? 池? だ、大丈夫なんでしょうか……?」

「陛下、あまりこの青年をからかいませんよう」


 急に池に飛び込めと言われ、怯えているエドガーを見ながらシウスはエルマンに眉をひそめる。


「ハハハ、すまんなエドガー。久しく人と話しておらんかったものでな。ちょっとからかってみたくなっただけだ」

「からかう余裕がおありでしたら、もうすっかり心身元通りのようですね。エドガー、この池は魔法で別の場所と繋げてあります。陛下の魔法は確かなものですから、信じて飛び込んでください」

「……わ、分かりました」

ごくりと唾を飲み、エドガーは光る池をじっと見た。


「陛下。私はこの塔の魔法の鍵を全て解除してから参りますので、先に行っていてください」

「任せたぞ、シウス。ではエドガーよ、池に飛び込むがいい」


「……はい」

エドガーは意を決したように飛び込んだ。


 そして、三人は王都に着いたのだった──



♢♢♢



 結婚式の後、タルシアス国王はエルマン王と平和条約を結び、旧アルカシアの土地は魔法使いの元へ戻った。魔法使い達は次々とアルカシアへ戻って来た。シウスの手によって解放された魔法使いの塔から騎士団は撤退することとなった。当然、リヴァルスの屋敷も手放され、エルマンのものとなった。


 ルナ改めルナシェリア王女は、エルマン王の孫娘としてアルカシア国へ戻った。


 彼らが暮らす城は、山奥の更に深い場所にあった。戦の後、誰も立ち入らない場所になっていて、捨てられた城と呼ばれていた。ボロボロだった城を綺麗に直して、今では見違えるように綺麗になった。


 手入れされた庭園の中を、ルナとエドガーは並んで散歩をしている。


「短い期間で、よくここまで綺麗になったな」

 エドガーは庭園を見回しながら感心していた。

「少しだけ、魔法の力を借りたの」

 ルナはいたずらっぽい笑顔でエドガーを見つめる。


 エドガーはノルデンヴェルク王国騎士団を辞め、新たにアルカシアを守る騎士としてここにいる。


 それだけではない、二人はエルマン王の立ち合いの元、ひっそりと結婚式を挙げて夫婦になっていた。


 ルナに会う為に旅に出た時、エドガーは既に覚悟を決めていた。どんな立場になってもルナのそばにいるつもりだった。ルナもエドガーと少しも離れたくなかった。そんな二人に結婚するよう勧めたのが、誰あろうエルマンだったのである。


 派手なドレスも、多くの参列者もない。立ち合い人はシウスを含めごく僅かだった。それでも二人は永遠の愛を誓い、幸せだった。




 ノルデンヴェルク王国のアシュトン王子が、アンジェリーヌと婚約をしたというニュースが王国を駆け巡ったのは、それから少し経った頃のことだ。


 二人の婚約を、前の夫であるリヴァルスは意外にも祝福していた。ルナとの「悪夢の結婚式」の後、リヴァルスはすっかり元気を無くしていた。まるで人が変わったように元気がなくなり、誰かれ構わず怒鳴り散らす冷酷な男が、アシュトンとアンジェリーヌの婚約を聞いても「そうか、おめでとう」と微笑むだけだった。


 リヴァルスの失態で、次期国王はアシュトンになるだろうとの憶測が広がっている。彼は誰が見ても立派な人物で、王に相応しい男だと誰もが言う。リヴァルスに代わり、アシュトンは貴族達や民衆の支持を集めていた。




 アシュトン王子とアンジェリーヌの婚約を聞いたエルマン王は、微妙な笑顔を浮かべながら側近であるシウスからの報告を受けていた。


「陛下。何か気になることでもおありですか?」


 執務室の中で、エルマンはアシュトンからの手紙をじっと見つめ、意味ありげに笑いながら椅子を立ち、窓際に立って外を眺める。


「タルシアス王の第二王子は、なかなか狡猾だのう。結局全てを手に入れたのは、あの賢いアシュトンというわけか」


「……確かに、結果だけを見ればそうなりますが……しかし、彼のおかげでアルカシアを取り戻せたのは確かです」


 シウスは戸惑いながらエルマンに応える。


「アシュトンがどこまで策を練っていたか、そのことにわしは興味はない。だがタルシアス王もまだまだ玉座を譲るつもりもないようだし、リヴァルスもあのままいつまでも大人しくしているとも思えん。あの国はしばらく揺れ動くであろうな」


 エルマンは窓の外を眺めながら、物憂げな表情で話した。シウスは戸惑いながら、エルマン王の背中を見つめていた。




 現在のリヴァルスは、聖魔法使いがいなくなった後の王国の警備体制を構築し直す為に、忙しい日々を送っている。アシュトンとも協力し、ノルデンヴェルクを一刻も早く立て直す為に力を尽くしていた。


 彼の心にはいつもルナが言った「あなたは悪人じゃない」との言葉がある。


 彼にとって、これは贖罪だった。闇魔法使いにしてきたこと、アンジェリーヌにしたこと、周囲の人々にしたこと──彼は生涯、それらを背負って生きていかなければならない。過去のことは取り返せないが、リヴァルスはルナに誇れる行動を取るつもりだった。



♢♢♢



 アルカシア国の城の中。ルナシェリアはエドガーと一緒にバルコニーに出ていた。今夜は満月で、大きな月が夜空に浮かび、二人を優しく見守っている。


 ふと、ルナシェリアはエドガーの頬に手を触れた。


「何?」

 微笑むエドガーに、ルナシェリアは笑みを浮かべながら首を振る。


「あの塔でのことを思い出していたの。初めてあなたに触れた夜も、満月だったなと思って」

「よく覚えてるね」


 あの時は、ルナシェリアはエルマン王の遺体を見つける為、エドガーを誘惑しようとしていた。エドガーの動揺した目を、ルナシェリアは思い出す。


「後悔してない?」

 ルナシェリアの紫の瞳は、宝石のように美しい。エドガーはルナシェリアを愛おしそうに見つめ、彼女の頬を優しく撫でた。


「俺は望んで、ここへ来たんだ。後悔なんてしてないよ」


 二人は月の光の下、強く抱き合った。初めは捕らえられた魔女と見張りの騎士という関係だった。だがこれからは夫婦として、アルカシア国の為に、二人は力を合わせて生きていく。

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