騎士の動揺
エドガーは魔法使いの塔の入り口で、警備の仕事を続けていた。
「よう、エドガー」
声に振り返ると、仲間のケヴィンが笑いながら立っていた。最近はこうしてケヴィンが時々お喋りにやってくる。
「休みなら、どこか出かけたらどうだ?」
「こんな田舎でどこに行けってんだよ。釣りでもしろってか?」
笑いながらケヴィンはエドガーの隣に立った。
「エドガー、お前に話がある」
周囲を気にしながら、ケヴィンはエドガーに囁いた。
「話?」
「ルナのことだ。あの魔女は今、リヴァルス殿下の屋敷に幽閉されているらしい」
「殿下の屋敷に?」
エドガーは顔色を変えた。あの時、ルナは何人もの騎士に囲まれ、手枷を嵌められ目隠しをされ、どこかへ連れて行かれた。彼女がどこへ行ったのか、仲間の騎士は口が堅く何も話さなかった。
「俺の従兄弟がリヴァルス殿下の屋敷で警備をしてるって、前に話したことあっただろ? 従兄弟がこっそり教えてくれたんだよ。魔女を塔から連れ出して屋敷に匿ってるって」
「何故、殿下はルナを屋敷に幽閉しているんだ?」
エドガーは困惑気味にケヴィンに尋ねた。ケヴィンはますます声を潜め、エドガーに話す。
「従兄弟から聞いたんだけど、驚くなよ? 殿下はルナとどうやら結婚するつもりらしい」
「結婚だって……!? ど、どういうことだ?」
エドガーはケヴィンの思いもよらぬ言葉に驚いて目を丸くした。
「それだけじゃない、もっと驚くことがあるぞ。ルナは実は『アルカシア国』の最後の王女だったんだ。正体を隠して魔法使いの塔に捕らえられていたんだよ」
エドガーは口をポカンと開けたまま呆然としていた。
「彼女が、王女……? 嘘だろ?」
「それがどうやら本当らしい。なんでも殿下はアルカシアとの平和の為に、ルナと結婚することになったみたいだ。これでノルデンヴェルクもようやく平和になって、俺達が闇魔法使いを捕まえて見張ることもなくなるな。この古い塔ともお別れだ」
ケヴィンは嬉しそうに話した。任務とは言え、罪を犯したわけでもない闇魔法使いを捕らえ、一日中見張る任務に若干の後ろめたさがあるのは、どの騎士も同じである。
「ちょ、ちょっと待て。殿下にはアンジェリーヌ様がいるだろ?」
「離婚になるだろうな。まあ元々、あの二人は不仲だって噂があっただろ? お前も目撃したじゃないか。殿下がアンジェリーヌ様に暴力を振るってたって話さ」
「それはまあ……確かにそうだが……」
リヴァルスとアンジェリーヌの夫婦仲が良くないという話は、王都では有名な噂だった。子供が生まれる様子もなく、王城でも二人は離れて暮らしていて普段顔を合わせることもない。
エドガーはふと思い出し、ハッとなった。
「しまった……俺は王女様になんてことを……」
「は?」
ケヴィンが青くなっているエドガーの顔を見て首を傾げる。
(俺はアルカシアの王女様に好きだと言ったあげく、キスまでしてしまった……!)
知らなかったとはいえ、とんでもないことをしてしまったとエドガーはすっかり慌てている。
「ルナに手を出したことか? お前は知らなかったんだから仕方ないだろ。彼女も今頃お前のことなんかすっかり忘れて、今頃殿下の屋敷で贅沢三昧な暮らしをしてるだろうさ。凄いよなあ、囚われの魔女が今や未来の王妃だぞ?」
笑いながらケヴィンはエドガーの背中を勢いよく叩いた。
「まあ、それもそうだな……」
エドガーは微妙な笑みを浮かべながら、ぼんやりとルナのことを想った。
アルカシアの王女が、ただの騎士である自分を愛するはずがない。ノルデンヴェルクとアルカシアの長年の戦が、リヴァルスとルナの結婚でようやく終わるのは喜ばしいことだ。自分の恋心など古い鞄に押し込めて、新しい鞄を持って別の女を探しに行けばいいじゃないか。
頭の中では分かっていても、エドガーはその場から動けそうもない。古い鞄を大事に抱えて、いつまでもあの夜の出来事を昨日のことのように思い出すのだ。
ケヴィンが去った後、エドガーはじっと立ったままルナのことを考えていた。




