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幽閉された魔女

 切り立った崖の上に建つその古い塔は「魔法使いの塔」と呼ばれていた。


 塔の中のある部屋に、一人の魔女が幽閉されていた。塔の上には大きな満月が輝き、月の光が窓から差し込む。


 差し込んだ月の光に照らされる魔女の名はルナ。漆黒の長い髪と怪しげな紫の瞳を持つ。


 コツ……コツ…と靴音が近づいてくることに気づいたルナは、古くて頑丈な木の扉に近寄った。木の扉の上部には覗き窓があり、常に開いていて外の廊下を見ることができる。


「今夜は冷えますね、エドガー」


 ルナの囁くような声に気づき、廊下を歩いていたエドガーは足を止め、ルナの部屋の前までやってきた。エドガーは王国騎士団に所属する騎士である。


「まだ起きていたのか」


 エドガーは覗き窓から部屋の中に立つルナを見た。足元まである黒く長いローブを身に着け、口元に笑みを浮かべるルナの姿は、月の光に照らされ怪しい魅力があった。


 もっと彼女の姿が見たいとでも言いたげに、エドガーは更に覗き窓に近寄る。その動きに応えるように、ルナもエドガーに近寄って来た。


 ノルデンヴェルク王国が誇る王国騎士団の騎士として、エドガーは王国に誓いを立て、自分を律して生きてきた。彼の役目はルナの監視である。王国を脅かす「闇魔法使い(やみまほうつかい)」の一人である魔女ルナは騎士団によって捕えられ、この「魔法使いの塔」に幽閉された。


 初めてルナを見た時から、エドガーはルナのミステリアスな魅力に心を奪われた。ルナは口数が少なく、何を考えているのか分からない女だったが、塔の中では騎士団に逆らうことなく大人しく過ごしていた。


「もうすぐ雪が降りそう。寒くて手がかじかんで……」


 ルナは覗き窓から指先をエドガーに差し出した。


 エドガーは戸惑いながらルナの白くて細い指先を見た。騎士は不用意に闇魔法使いに触れてはいけないという規則がある。だがエドガーは思わずルナの指先を包むように握りしめた。


「……エドガーの手、温かい」


 窓越しに見るルナの笑顔に、エドガーは顔を赤らめた。自分の体温が上がっていることを、ルナに見透かされている。


「あなたの指は冷たいな。ストーブの火が足りないんじゃないか? 今すぐに薪を……」

 動揺を誤魔化すように喋るエドガーに、ルナは思わぬ行動を取った。


 ルナはエドガーの手を引っ張った。そしてエドガーの手に顔を近づけ、その指に軽く唇を押し付けたのだ。


「ルナ……だ、駄目だ。あなたに触れることは規則違反になる」

「もう触れているのに?」


 エドガーは言葉と裏腹に、ルナから手を離そうとしなかった。


 ノルデンヴェルク王国にとって、闇魔法使いと呼ばれる者達は王国の反乱分子である。騎士団の手によって捕えられた闇魔法使いは「魔法使いの塔」に幽閉され、その後外に出ることを許されず、生涯をこの古い塔で過ごすことになる。


 表向きは王国が「住む所のない魔法使いを保護している」という名目だが、実際は違う。


 魔法使いの塔がある場所は、その昔「アルカシア」という魔法使いの国があった。


 魔法使いの塔は若い魔法使い達が訓練をする為の施設として建てられ、彼らが寝食を共にする賑やかな場所だった。


 今から少し昔のことだ。アルカシア国はノルデンヴェルク王国と戦になり、やがて戦に負けて国そのものがなくなった。魔法使いの塔は王国のものとなり、今ではアルカシアの魔法使い達を幽閉する為に使われている。


 戦が終わった後、王国に従わなかった魔法使い達は「闇魔法使い」と名付けられ、王国側についた魔法使い達は「聖魔法使い(せいまほうつかい)」と呼ばれるようになった。聖魔法使いは住む所と魔法使いとしての仕事を与えられているが、闇魔法使いは家を追われ、森の奥で隠れて暮らしている。


 闇魔法使いの中の一人が、魔女のルナだったのだ。王国騎士団の騎士エドガーは、闇魔法使いの彼女に関わってはいけない。そのことはエドガーにもよく分かっている。




 ルナは怪しく微笑むと、エドガーから手を離した。


「ごめんなさい、もうあなたに触れたりしないから」


 そう言い残すとルナは部屋の奥に戻り、窓の下に置かれた椅子に腰かけた。エドガーは彼女が自分から離れたことに少しがっかりしたような表情を浮かべた後、静かに覗き窓から離れた。




 エドガーの足音が次第に遠ざかっていく。ルナは扉をじっと睨むように見つめていた。


(エドガーを利用しているみたいで気が咎めるけど、仕方ない──)


 魔法使いの塔に来て、初めてエドガーと会った時、彼はルナを見て少し驚いたように目を見開いた。その顔はルナを女性として意識しているように見えた。

 だからルナはエドガーを誘惑することに決めたのだ。エドガーが覗き窓からじっとこちらを見ていると気づいた時、ルナは心の中でほくそ笑んだ。


 ルナがこの塔に囚われたのには理由がある。


 彼女は敢えて騎士団に捕まった。ある目的の為に、塔の中に入り込む必要があった。だが塔の中は聖魔法使いの魔法でフロアごとに封鎖されていて、自由に歩き回ることはできない。風呂やトイレ、図書室に行きたい時など、監視を伴えば部屋の外に出ることはできる。だが彼女が行けるのはそこまでだ。フロアの出口には「魔法の鍵」がかけられていた。


 聖魔法使いがかけた「魔法の鍵」は闇魔法使いの魔法も封じている。彼らは魔法を封じられ、出口を塞がれ、牙を抜かれた獣のように塔の中でただじっと耐えていた。


 塔の内部を詳しく知りたい。そう考えたルナはエドガーに狙いをつけた。エドガーはこの国ではよく見かける茶色の髪で、精悍な顔立ちに優しげな瞳の男だった。真面目で親切な態度のエドガーにルナは好感を持っていたので、彼を利用することに少し胸が痛んだのは確かだ。


 だが、ルナには大事な目的がある。その為には何でもやるつもりだ。


 ルナの決意は固かった。

読んでいただきありがとうございます。5万文字程度の中編になります。良かったらブックマークお願いします!

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