リチャード三世の最期。ボズワースの戦い。前編。
ときどき(かなり)史実から逸脱します。
そして、内容を少し変更しました。
登場人物をまとめさせていただきます。
そもそもついムキになり、黒アンを否定してしまったが、愛するリチャードの安否に比べれば、しょせんは私自身のこと。たいしたことはない。
私の最期のときこそすれ違いだったが、それでも私達夫婦の歩んできた道は確かなものだった。その愛の思い出はたしかなものだ。
ただリチャードが、エドワード四世の面影を、姪のエリザベスに追ってしまったというだけで……。
兄に負ける嫁。
やっぱ落ちこむ。
いや、まてまて。
だいたいそのエリザベスからして、私と容姿背格好がそっくりと言われていて、私が元気な頃は、こっそり衣裳の取り換えっこをし、なりすましサプライズを周囲にしかけ、反応を楽しんだものだ。つまり私の姿を姪に重ねていた可能性もあり!!
よし、気分が上向いてきた。
……あり……あれ? ちょっと待って。エドワード四世と娘エリザベスがそっくり。そして、娘エリザベスが私とそっくり。その理屈だと私もあのエドワード四世にけっこう似てるってことになるんじゃ? い、いやあ!! それはいやだあっ!!
「うるさい。早く話を進めるぞ。リチャード三世はあんたの死後、数か月のち、ヘンリー・テューダーとボズワースの地で激突し、戦死した」
そんなバカな!!
私はつい黒アンに叫んでしまった。
だって、リチャードはお飾りの王じゃない。
勇士のなかの勇士よ!!
リチャードの戦歴はすさまじい。
赤薔薇派相手にイングランド各地を転戦した。
白薔薇派勝利後も、イングランド北部方面司令官として、スコットランドの猛者たちと戦い抜いた。
気ちがいじみた巨砲、モンス・メグの砲撃をくぐりぬけ、ピクトの血を色濃く残すハイランダーの傭兵たちを押し返した。
リチャードの率いる北の軍は、常に最前線で戦い続け、その牙は極限まで研ぎ澄まされ、まぎれもなくイングランド最強の兵団だった。
その輝かしい戦歴に比べれば、ヘンリー・テューダー?
は、なにそれ、鼻で笑っちゃう。
エドワード四世にひびって、海外にすたこら逃げ出し、そのまま十数年もイングランドに「戻ることのできなかった」弱卒でしょ。そのあと反乱を起こしたはいいものも、ろくな兵だって集められず、フランスの援助でなんとか体裁をとりつくろったと聞いている。
しかもバッキンガム公の反乱にあわせて立ちあがったが、海が荒れたたため、イングランドに上陸さえできなかったという間抜け追加ぶりだ。
対してリチャードの軍は、熟練の騎馬兵団と弓兵、持ち運びできる臼砲(小型の臼みたいな形をした簡易型大砲)まで多数そなえ、それを実戦で鍛え上げてきた真のつわもの達だ。
事実、バッキンガム公の反乱も電撃作戦で鎮圧した。
はっきり言ってあとは蛇足だ。
いくら無傷で残っても、ヘンリー・テューダーごときでは、なにをたくらんでも到底リチャードには勝てない。
ということは……!!
おそろしい可能性に気づき、私は黒アンに振り向いた。たぶんリチャードには決して見せられない顔をしていたろう。
「味方が、誰かが、リチャードを戦場で裏切ったのね…!!」
「脳天気女が。やっと思い当たったか」
自分のものとは思えぬほど、陰惨にかすれた老婆のような声だった。髪も怒りで逆立っていたかもしれない。そして、黒アンの邪悪なせせら笑いが、私の質問を肯定していた。
「言葉で語るより、実際に見たほうが早いだろうさ。……あんたにもし見るだけの覚悟があるならばな。そうとう悲惨な光景だぞ~。ハルバートが後頭部に突き刺さってなあ。しっぽを巻いて逃げたほうがいいんじゃないか」
「……見ます」
吐き気をこらえての答えに、私をいたぶって遊んでいた黒アンが舌打ちした。
たとえ、なにがあったとしても、どれだけ辛いものだろうと、私は妻として夫に何があったか見届けたい。そして、誰が敵にまわったのかも。
「ちっ、つまらん。好きにしろ。ほら、あれがリチャード三世率いる本隊だ」
黒アンが指し示すと、懐かしいリチャードの姿が大きく映った。
涙が出そうになった。
彼は戦場に似つかわしくない紫のガウンを鎧の上から肩に羽織っていた。一目でわかった。私が戴冠式で贈ったものだ。
「……アン、もし私が死んで君に再会しても、まだ夫として笑いかけてくれるだろうか……」
そっとガウンに頬ずりする。胸がせつなくて痛い。彼の私への愛は、私の死後もなお消えていなかった。
リチャードの顔は憔悴の色が濃い。
なのに、なんで私はそばにいて彼を支えてあげられないのだろう。
こんな大事なときに、どうして……!!
「昨夜はアンの夢を見た。不実な良人となじってくれればよかったが、花のような笑顔で笑っていた。目覚めてから泣いたよ。帰る家のない王。虚しいものだ」
リチャードは瞼の腫れた目で、そばにいるノーフォーク公に語りかける。老いてなお一流の戦士、忠義のひとノーフォーク公は、痛ましげにため息をついた。
「ご自分をあまり責められますな。弱気では戦働きが鈍りますぞ。陛下が王妃様を何度も見舞おうしたのを、無理やり止めたのは、我ら側近です。あれは移り病でした。陛下まで失うわけにはいかなかった。責めは我らにこそ」
私は両手で口をおさえて立ち竦んだ。
リチャードは私を見捨てたわけではなかったのか……!!
少し考えればわかったはずなのに!!
かつて彼は、雪のロンドンを夜じゅう探し回り、私を救出してくれたではないか。自分の冷えるのもお構いなしで、私の凍えた身体をマントで包み、必死に温めようとしてくれた。その腕のなかで、私はリチャードのプロポーズを受け入れたのだ。
「アン様は、我ら家臣にとっても良き王妃でした。陛下の世を盤石にし、王妃様のすばらしさを、陛下自身が後世に語り継がねばなりません。アン王妃の愛が陛下を支えたからこそイングランドは平和になったのだと。そのためにまずこの戦いに勝ち、乱世を終わらさねば」
寡黙なジョン・ハワード卿が珍しく力説する。
うわあ、ギャップもあって、照れて悶え死にしそう。
そんなに私を高評価だったなんて……。
ううっ、娘エリザベスと着せ替えごっこして、いつも驚かせてしまってごめんなさい……。
ハワード卿は普段無口なのに、「うぎゃあっ!? 王妃様がふたり!?」とかオーバーリアクションして腰抜かすから、つい面白っくって……。
でも、よかった。
私がいなくなっても、これだけ実直な人たちがリチャードを支えてくれる。
絶対に裏切るような人たちじゃない。
じゃあ、誰が犯人か。
リチャードの後陣にはノーサンバーランド伯の旗がひるがえっている。私の実家のネヴィル家と北の覇を競い、赤薔薇派についたため没落したパーシー家だ。というか彼以外、ほぼ一族は戦死した。長く虜囚になっていたが、エドワード四世に騎士に命ぜられ、続いてリチャードに重用され引き立てられた。叔父さんと領地の件ですったもんだあったこともあり、私としては複雑なとこもあるが、リチャードには強い恩義を感じているはず。
そして北と南に陣をはる味方の大軍は……。
嫌な予感がした。
そこには実力者スタンリー兄弟の旗が、弔旗のように、灰色の空に不気味にひるがえっていた。
曇天は、酷薄なあの兄弟の目つき、特に兄のトマスのほうのまなざしに似ていた。
トマス・スタンリー。
かつて私の父ウォリック伯の妹を妻にし、死別後は、呪われたマーガレット・ボーフォートと再婚した男。
「いやあ~、どもども、みなさま、あいかわらず美男美女ですなあ。ご機嫌うるわしゅう」
赤薔薇派と白薔薇派をにこにこへこへこしながら行ったり来たりする様は、節操なしの風見鶏と笑われたが、まるで警戒されなかった。はっきり言うと取るに足らぬと馬鹿にされていた。
だが、私は不穏な何かを常に感じていた。阿諛追従の笑顔は仮面であり、その下に人間離れした大蛇をひそませている気がしてならなかった。
思い出すと、いつもへらへら陽気なエドワード四世も、トマス・スタンリーにだけは、笑顔をやめ、じいっと視線を当てていた。変態の野生の勘で危険性を嗅ぎつけていたのだろう。
そして、不幸にも、私達の危惧は的中した。トマスは目的のために道化の仮面をかぶっていただけという事実を、私はこのボズワースの戦いで嫌というほど思い知らされるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
話の内容を少し変えています。
黒アンが出てくるのはもう少しあとの予定でしたが、話が間延びしすぎるので、ブリジットを削り、黒アンを入れました。申し訳ございません。