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負けず嫌いのアン・ネヴィル  作者: なまくら
4/6

姉イザベルの暴走!!

「アンなんか、いつも泥だらけになって、外を走り回って、馬の水桶に顔を突っこんでるくせに!! アンなんて、勉強だってさっぱりなのに!! アンなのに、なんで、国王陛下に気に入られてるのよ!! 私はまだ婚約相手も決まってないのに!!」


国王(へんたい)の相手に疲れはてて、連絡橋を渡り、子供部屋によろよろ戻った私を待ち構え、そう姉のイザベルが泣き喚いた。

なんか、なんて、なのに、

はい、アン三段活用いただきました。

ほらね、やっぱりこうなった。


私はイザベルにわからないようため息をついた。

五歳年上の姉は、すでに子供部屋卒業生だ。自室だって与えられているのに、寂しがり屋でいつもこちらにいりびたっている。そのくせ年上風を吹かせ、私にマウントを取りたがる。私もちっちゃい頃はくっついてまわっていたが、大人の経験ありの今の人格から見ると、ちょっぴりイタいおねえちゃんだ。


まあ、それはともかく姉も13歳、そろそろ本格的に結婚の相手をさがすお年頃。焦る気持ちはわからないでもない。14歳ともなれば貴族女性は結婚適齢期に入る。


イザベルは妹の私が客観的に見ても美人だ。ちょっと我儘で子供っぽいが、性格だって許容範囲内と思う。


だが、ネヴィル家(うちのいえ)は強大すぎることが逆に仇になり、なかなか似合いの相手が見つけられない。


お父様は不幸にして男子に恵まれなかった。子供は私達姉妹ふたりだけ。つまり私達を手にいれたお婿さんは、いずれこの広大な領地をも手にいれることになる。ライバルで赤薔薇派(ランカスター)だったパーシー家が没落したいま、イングランド北方は完全に我が家が支配している。


そして、(ここ)はイングランドの頭痛の種のスコットランドと国境を接しており、その抑えの役目もになっています。


あのおそろしい赤薔薇派(ランカスター)の王妃マーガレット・オブ・アンジューも、白薔薇派(ヨーク)に敗北したあと、まずスコットランドに亡命し、その支援を得て、北で激しい反抗戦を試みました。


エドワード四世(へんたい)が、マーガレットの頭を飛び越し、まさかの神速(へんたいそくど)でスコットランドと和平を結んだことで、後ろ盾を失い、いまは古巣のフランスに亡命していますが……。


要するに、この北の地はイングランドの行方に大きく関わっており、私達が誰の花嫁になるかで、勢力図どころか外交政策までが左右されかねないわけです。


お父様も広大な領土持ちのお母様と結婚し、力を倍増させたが、私達姉妹も似たようなもの、いや、それ以上に危険をはらんだ爆弾といえるでしょう。


冷静に考えれば、まあイングランド王族に嫁ぐのが無難だ。


そのうち国王は、同盟強化などで、外国の王族と結婚する可能性が高いので除外。婚姻は政治のカード。イザベルだってそこがわからないほどアホ娘じゃないんだけど……。


ただエドワード四世はムダに顔がいい。華がある。美男美女を見慣れた外国の高官に「こんな美しい男性は見たことがない」と言わしめたのは伊達じゃない。中身をよく知らず、恋に恋するイザベルとしては、もしかして……と一縷の望みを託したいのでしょう。実際、はじめてエドワード四世に出会ったとき、顔をまっかにして立ち尽くし、そのあとまともに歩けず、壁のあちこちに頭をぶつけていましたから。


でも、残念でした。このアホ王は未亡人(エリザベス)をえらぶ。


赤薔薇派(ランカス政ー)が脅威だった頃なら、まだ白薔薇派(ヨーク)最大勢力のお父様との関係強化のため、イザベルにも可能性があったかもしれないけどね。


まだまだ小競り合いは続くけど、もうほぼ大局での赤薔薇派との決着はついた。そうでなければ抜け目ないエドワード四世が呑気に未亡人(エリザベス)といちゃいちゃなどするわけがない。(……もっともマーガレット王妃の脅威がまだ完全に去ったわけでないことを、私だけはよく知っているけど)


「アンのバカあ!!」


私が無言で考えこんでいるのを、無視されたと勘違いしたのだろう。イザベルが泣きながら掴みかかってきた。


やれやれよ。そんなとこが子供っぽいっていうのに。結婚したいなら、メンタルも鍛えなけゃ。もしあのあほジョージとまた結婚することになったら、気苦労なんて言葉じゃすまされない地獄が待っていましてよ。


私はさっとイザベルの手をかわした。

心に余裕があるせいかしら。動きがとてもゆっくりに見える。身体も軽業師になったみたいに軽い。

回避しながら宙がえりだってやれそう。


「なんでよけるの!?」


それゃよけるでしょう。

死ぬ前はずっとベッド生活を余儀なくされたので、私は体が自在に動くことが嬉しくてしかたなかった。

再び襲いかかってきたイザベルを、後方宙返りしてかわそうか、それともとんぼを切ろうかと迷いながら、私がスカートをたくしあげたとき、


「あらあら、なにを騒いでいるのかしら」


騒ぎを聞きつけてお母様が顔をのぞかせた。


「まあ、アンったらはしたない」


眉をしかめたお母様にイザベルがとびつき、


「どうしてアンが国王陛下に呼ばれたの!? 色仕掛けでもしたの!? だったら私のほうがずっと……!!」


と泣きついた。


するか。私はいま八歳だ。そんな色ボケ幼女は、マーガレット・ボーフォートひとりで十分です。

だいたいあのエドワード四世が、色仕掛けなんかで女になびくものか。私の記憶でも……なびきますわね。あれは病気の一種だ。


イザベルに詰め寄られたお母様が困り果て、


「どうしてと言われても……国王陛下はアンの才能に惚れたんですって」


と言うとイザベルの顔色が変わった。


「才能!? フランス語もさっぱりのアンが!? 勉強したら五分で知恵熱を出して倒れて、ニワトリを日暮れまで追いかけるアンが!? おかしいでしょ!?」


と髪の毛をかしむしって絶叫した。

頭を抱えたいのは私のほうです。

8歳の私、いったい何してるのリターンズです。


「それがねえ……。アン、お話してあげて」


お母様にうながされ、私は仕方なく流暢にフランス語で語りだした。

イザベルの顔が怒りの赤から、驚きの白へ、そしてうちのめされた青に変わった。


今さらだが、中身の私は28年の人生経験がある。フランス語は十歳ぐらいから理解できるようになってきたし、「(しゅうとめ)の言葉をまともに理解できぬ孕み袋(よめ)など必要ないわね」と母国語で脅してくるマーガレット・オブ・アンジューに殺されまいと、必死にネィティブの発音も身につけた。命がけだったので、それは血肉レベルになろうというもの。


さきほど、エドワード四世がさらっとフランス語で質問してきたので、つい普通に同じくフランス語で返答したのが、そもそも間違いのもとだった。


お父様とお母様も当然イザベルと同じく「!?」と目が飛び出さんばかりに驚愕してたけど、私がとっさに「お父様の血と、お母様の血が、ついにめざめただけのことです」と大ウソをついたら、満面の笑みで納得してくれた。ちょろい。ふたりとも血筋に自信がありすぎでしょ。


もちろんイザベルは、そんな理由ではおさまらなかった。というか、それじゃ、自分の立場が余計になくなるもの。


しかたなく私が、


「馬の水桶で溺れて死にかけたのがきっかけだと思う」


と半分嘘で半分本当のことを言ったら、みなまで聞かず、ドレスの長裾を腰までまくりあげ、部屋を飛び出していった。


ややあって、遠くから「たいへん!! イザベルお嬢様が水桶に頭を!!」という悲鳴と、「離して!! 死にかけるまでやらなきゃ!! 姉よりすぐれた妹などいてたまるもんですか!!」というイザベルの怒鳴り声が聞えてきた。


あぶないなあ。悪いひとじゃないんだけど、この単純さと視野狭窄ゆえ、夫のジョージの甘言にのせられ、一緒になって妹の私を台所女中におとしたのかもしれない。


「私、まだ王妃になるのあきらめないから!!」


イザベルの雄叫びは続いた。


残念だけど、あなたが結婚したのは、エドワード四世(へんたい)のほうでなく、王弟のジョージ(ろくでなし)のほうです。あの白薔薇(ヨーク)三兄弟の面汚しの。あの馬鹿のせいで、リチャードだってどれほど苦労したことか。やり直し人生の今回でもし再会したら、後ろから棍棒でどつくぐらいの権利は私にもあると思う。いや、私では背が足りないから、長めの角材のほうが。本気でジョージ闇討ち計画を検討していた私は、お母様に突然アイアンクローをかまされて悶絶した。


「溺れ死にかけた? なにをやっているのかしら。アン。イザベルもそうだけど、ふたりともネヴィル家の令嬢としての自覚が足りないようね。お説教です」


私とイザベルはお母様にとっつかまって引きずられ、姉妹仲良く何時間もお説教コースをくらうことになったのでした。つらすぎる。子供の身体ってこんなに夜すぐ眠くなるとは思いませんでした。イザベルもへとへとになり、確執も忘れ、ベッドで私に抱きつくようにして眠りにおちました。この人は、いつもそうだった。険悪な仲が続いても、本当に悲しいとき、くじけそうなったときは、誰よりも妹の私にそばにいてほしがった。


「お願い、アン。あの子たちを守ってあげて」


臨終寸前にイザベルが頼り、泣きながら自分の子達の未来を託したのは、夫のジョージではなく、私だった。ジョージがそのあとやらかしたことを考えると正解だったと思う。いろいろあったけど、私も姉を憎みきることはできなかった。


この世でたったふたりの姉妹だもの。

今回は……ずっと、仲良く、できると……いいな……。


私の腰に手をまわしたまま、すやすやと寝息をたてるイザベルに、そっと手を重ね、私も安らかな眠りの世界におちていった。


◇◇◇◇◇◇◇


イザベル・ネヴィル

1451年9月5日生

1476年12月22日没


キングメーカーと呼ばれたウォリック伯の長女。アン・ネヴィルは五歳下の妹。


白薔薇(ヨーク)三兄弟の次男ジョージ……クラレンス公とは夫婦。


だが、国王エドワード四世は、権力の鬼ウォリック伯と野心的な弟ジョージの結びつきを危険視ししため、この結婚は無許可かつ秘密裏におこなわれた。その後、案の定このコンビは国王に叛旗をひるがえし、海外に逃亡。イザベルは逃避行のなかで死産した。


その後も彼女は、やらかし夫のジョージにふりまわされ続けたが、寛大なエドワード四世のおかげで、なんとか公爵夫人としての人生はまっとうした。また夫婦仲も悪くなかったようで、死産を含めると四人の子をもうけた。妹のアンを財産目当てで監禁したジョージを止めなかったが、これは姉妹愛よりとことん夫に尽くす道を取ったのか、それとも欲に駆られたか、あるいは流されただけなのかで、人物評価が分かれるかも。


イザベル夫婦の死後、その子供たちふたりは、リチャードとアンに引き取られて成人するも、のちにヘンリー七世と八世により、非業の死を遂げた。特に妹のほうは悲惨(斧をもった処刑人に追い回され、無理やり斬首された)、ロンドン塔に、悲鳴をあげて逃げ回る幽霊になって現れるとか。


なお妻イザベルの死後(結核、産褥熱説。あるいはその複合の可能性あり)、ジョージはまたもやらかし、イザベル毒殺疑惑で無実の女性を強引な魔女裁判で殺してしまう。悲しみで錯乱して、だとまだ救われるが、イザベルの死後は、速攻でブルゴーニュ公国目当てで、義理の姪との結婚を画策した。権力欲という悪魔に終生とりつかれていた彼に、誰かを魔女呼ばわりする資格はないと思う。


さらにエドワード四世が嫡子でなく庶子(というか不義の子)という噂を流すは、暴動も扇動するわ。越権行為とやりたい放題に、弟に甘いエドワード四世もさすがに激怒。


とうとうジョージは逮捕されたが、すぐ処刑されず、長い間収監された。エドワード四世は、ふんぎりがつかないというか、弟が心から反省したらまだ許そうかなと迷ってたのかも。のちに発掘されたジョージの遺体には斬首のあとはなし。ワインの樽で溺れ死んだとも伝えられる。


なんかイザベルでなく、ジョージの紹介文みたいに……。素行が悪すぎ、書くほうはエピソードに事欠かないが、当事者達はたまったもんじゃなかっただろうと思います。

ネヴィル家も、本家や分家やいろいろありますが、面倒くさいので一本化して表現してます。

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