望まぬ晩餐会。国王(へんたい)との縁は続くよ、どこまでも。
というわけで、1464年に突如として舞い戻った私、アン・ネヴィル。
神様のいたずらか、それともまっくろ皆既日食の影響なのか。
さっそく8歳の女児に熱烈求婚するど変態に、ファーストコンタクトしてしまいました。
ど変態と書いてエドワード四世と読む……。
この節操なしめ。
エリザベスと秘密結婚したばかりのはずなのに。
そして、なにより私はリチャードひとすじなのだ。
いま、その変態は、大広間でにこやかに会食していて、お母様がしきりに相槌をうちながら話に耳を傾けている。はしゃいで頬までほんのり染めている。このふたりは、美貌だけでなく、話し上手まで共通している。まるであらかじめ打ち合わせ済みのように、淀みなく流れるように会話が進む。
「おほほ、あの子ったら、すぐ馬の水桶に顔を突っこみたがりますの。自分を馬の仲間と思っているのかもしれませんわ」
そこはさくっと流してほしかった!!
私、自分から溺れにいっている馬鹿娘でした!!
ていうか、8歳の私、いったい何してんの……。
いっぽう父のウォリック伯は、苦虫を噛み潰した顔で、不機嫌そうに肉をナイフでつつき回していた。まあ、こんなお似合いな絵面を見せられちゃねえ。どっちが夫婦かわかりゃしないもの。
「……おい、エドワード。弟達をあずけるこの城を視察にきたのだろう。なぜ、私の娘にキスをしたのだ? 頬ならまだしも唇にだと……」
ぎろんっと王を睨みつける。
エドワード四世はけろっとしていた。
「うむ、したぞ。気に入ったからな。マーガレット・ボーフォート(※ヘンリー七世の母。息子絶対国王にするママン。悪霊より執念深い)は12歳で出産したというではないか。それも自分から夫に迫って。アンもあと4年でその歳だ。口づけくらい問題なかろう」
「問題あるに決まってるだろう!! あんないかれ女と、大事なうちの箱入り娘を一緒にするな!!」
お父様はだんっとテーブルを叩き、立ちあがった。分厚い板が激しく揺れ、スローモーションのように机上の食器が宙に舞う。たが、なんとなく雰囲気で察したお母様とおつきの小姓たちが、間一髪で器ごと料理を空中に持ち上げていて、晩餐会壊滅の危機を回避した。
え!? まさかのそっちで怒ってたの?
父親の情愛なんて欠片もないと思ってましたわ……。
だって、エドワード四世に謀反したとき、こともあろうに私を、あの赤薔薇派のおそろしい首切り王妃マーガレット・オブ・アンジュー(※さっき出たマーガレットとは別人)の息子に嫁がせたひとですよ!?
追い詰められてイングランドを脱出した父の起死回生の手がそれでした。
悪魔のようだと、家族に教えてきた敵の親玉のところに、手のひらくるっとして娘を送りつけた政治家としての非情さ。
その案を聞いたとき、14歳の私は泣き崩れ、日にちが近づくにつれ、緊張で嘔吐しまくった。
じっさい私を待っていたのは、一糸まとわぬ裸で立たされ、マーガレット王妃の冷たい視線にさらされる恐怖と屈辱の検分でした。それも二人きりじゃない。他の女官たちも観察している前でだ。思いだすと震えがくる。忘れようとしても忘れられるもんじゃない。
「ふん、発育や肌の色つやはいまひとつだが、子供は孕めそうだ。白薔薇でありながら赤薔薇に寝返った節操なしの娘、おまえに求めるのは人質と孕み袋の役目だけだ。自分を王太子妃だなんてうぬぼれてしゃしゃり出たら、私がおまえを殺すよ」
世に姑のいびりは数あれど、初対面で、おまえを殺す、と言い放たれた花嫁が、はたしてどれだけあるだろう。
まして、相手は、白薔薇三兄弟のお父様、ヨーク公を斬首し、その生首を城壁にさらしたうえ、
「ほら、おまえの欲しがっていた王位をくれてやるよ」
とぺらっぺらっの紙の王冠をかぶせ、げらげら嘲笑ったという凄まじい逸話の持ち主です。気の毒なヨーク公の首から下の遺体は睾丸をひきちぎられ、生首はマーガレットの命により、ボールがわりに兵士たちに蹴り飛ばされたとかいう噂まであります。
脅しでもなんでもなく、ちっぽけな私ひとりの命など簡単にもぎとるでしょう。それなのに、私の家族は、みじめな私をひとり残し、マーガレットの宮廷から去ってしまいました。
お父様は軍勢を募るため、姉のイザベラは流産の療養、お母様はその介護。
理由はわかりますが、素直に納得なんてできなかった。
だって、王妃マーガレットをはじめ、その取り巻きの赤薔薇派はすべて、お父様に恨み骨髄のものばかり。家族や友人を戦死させられています。当然、娘の私も憎しみの対象。毒殺や事故死など平気で私に仕掛けてくる。そして、マーガレットもあえてそれを制止はしない。
さらに私の配偶者の王太子は、幼い頃投降者への処遇を母に聞かれ、笑顔で「首を切ればいい」と答えたひとでした。まさにこの母にしてこの子あり。
私は四面楚歌の死地に置き去りにされ、毎日生きた心地もせず、びくびくと過ごしていました。恐怖にたえきれず、いっそ自殺したいと何度も思ったほどです。
そんな地獄に娘を突き落としたお父様が、まさかのねえ。
もしかして、あのときも、単なる政略結婚でなく、本気で娘の私を生き残らせる道を模索した不器用な愛のあらわれだったのでしょうか?
ふんっ、だとしたら、空気読めないにもほどがありましてよ。
超ありがた迷惑です。
「ほら、見ろ。アンもにやけているぞ。俺とのキスを喜んでいる証拠だ」
エドワード四世に勘違いの指摘をされ、私とお父様は同時に、
「「そんなわけあるか!!」」とハモって叫んでいた。
「「……」」
お互いなんとなく気まずくなり、黙りこんでしまう。
だが、エドワード四世はそんな人情の機微とは無縁だった。
「照れるな、照れるな。それより、その小ささでは料理も取りづらかろう。ここに来るがいい」
と私を手招きすると、こともあろうに強引に自分の膝の上に座らせた。
私はあわてて身をよじって逃れようとしたが、そのとき、ぐうっとみっともなく腹の虫が鳴いた。幼児の私の背では、大人用サイズのこの机からはかろうじて顔をのぞかせることぐらいしかできず、実際おなかはぺこぺこだったのだ。
それもこれも、大人の晩餐会に無理やり私を引っぱってきた変態が悪い。おっと、ついルビと文字を逆にしてしまった。
「ほら、みろ。腹が減っては戦もできまい。子供が遠慮なんてするもんじゃない。あーんしろ」
アンだけに。
文字通り背に腹は代えられず、私はエドワード四世が手ずから口に運んでくる食事をぱくついた。困った。とまらない。子供の頃って、どうしてこんなにものが美味しく感じるのか。
餌付けされた小鳥状態に突入した私に、お母様は、
「あら、まあまあ。これはもしかして、もしかするかも」
と相好を崩し、お父様は、
「……だめだ。この国王。一刻も早くフランス王女と結婚させ、身を固めさせねば……」
と歯噛みしていた。
お気の毒ですが、お父様。
その決意はたぶん空振りに終わると思いますよ。
そして、もうひとつ、ぎりぎりと歯軋りの音が。
「なんで……アンばっかり……!!」
物陰から五歳年上の姉のイザベラが、こっそりとこちらの様子をうかがっていた。め、めんどくさい……!! ものすごく上昇志向が強いこの姉が、こんな光景を見たらどうなるか。
「私のほうが、イングランド王妃にふさわしいのに……!!」
はいはい。
でも、その野望ももうすぐ打ち砕かれるけどね。
一刻も早く母や姉の誤解は解きたいけど、エドワード四世が未亡人との結婚発表をすれば、蜂の巣をつついたような大騒ぎになるんだろうな……。ああ~、いやだ、いやだ。巻きこまれたくない。
私はいろんな気持ちが複雑にブレンドされた深いため息をつくのだった。
◇◇◇◇◇◇
ウォリック伯「8歳に口づけなど正気とは思えん!!」
エドワード四世「そうかな? キスぐらいで大げさな。俺の愛は、老若男女に平等だぞ。なんなら、おまえとここでキスしてみせようか? ほら、ん~」
ウォリック伯「やめろおっ!! 舌を突き出すな!! この変態が!! 寄るなあっ!! アッー!!」
エドワード四世「ふむ? アンのときと違い、ビリっとしないな。念のため、もう一度試してみるか」
おつきの小姓「お、奥様……!! お止めするべきでは……」
ウォリック伯夫人「はあはあ……。こ、これは予想外ッ!! しっ!! 静かにして!! 今、いいとこなんだから!!」
小姓〝ダメだ。この家……。べつのとこで修行させてもらおう……。〟
※この物語は、歴史「を」味つけ「に」したフィクションです。
お読みいただきありがとうございます。マーガレット・ボーフォートは実際は13歳出産ですが、異常さを強調するため12歳にしました。だって、そうしなければ、日本のまつさんに負けてしまいますから。利家……。なお、早期結婚だった中世イングランド貴族達ですが、13歳出産はやはり異例だったようで、あんな小さな体から赤ん坊が無事に生まれるなど奇跡、とか言われた模様。(マーガレットが小柄だったのかもしれませんが)。利家……。