邪魔猫
……昔から、『邪魔をする猫』の存在が気になっていた。
テレビ番組や動画で見た『邪魔をする猫』は、実に大胆に自由に、飼い主の邪魔をしていた。
パソコン作業をする飼い主の目の前にわざわざ割り込んできて、妨害するだとか。
たたんでいる洗濯物の山に突撃するだとか。
読んでいる新聞の上に寝転がるだとか。
調理中に足元にやって来て、スカートに爪をかけて登ろうとするだとか。
うちには…、猫がたくさんいるが。
1匹も…、邪魔をするものはいなかった。
飼い主の邪魔をしてはならぬと思っている?
何をやってるんだろうと遠巻きに見守っている?
人の動きには興味がなくて無関心?
人間に意地悪をしてやろうと思わない良い猫ばかり?
湧き上がる好奇心を理性で押さえて待つことができる?
猫に邪魔をされて困ったことなど、長い猫飼い人生の中で…一度もなかった。
我が家にやってきたばかりのヤンチャ盛りの子猫時代だって…困ったためしがなかった。
我が家で猫を飼い始めたのは、今から20年も前の事だ。
へその緒の付いた猫を5匹拾って、地道に世話をして、2匹がもらわれて行って…その頃にはもう、邪魔をしない猫になっていた。
動き回った猫が一匹ゴキブリホイホイにかかってしまい、一時期ケージの中で大人しくしてもらっていた時期があるのだが…その影響かもしれない。
その後、毎年のように子猫がやってきたが、邪魔をしない猫に育てられた子猫たちはみな、邪魔をしない猫に育ったのだ。
きっと、うちは邪魔をしない猫が育つ環境があるのだな…。
少し寂しいような、うれしいような、自慢したいような、くすぐったさのようなものがあった。
長い年月が過ぎてゆく中、猫は1匹、2匹、3匹、4匹と…この家から旅立った。
入れ替わるようにして若い猫が家にやってくるので、猫の総数は長らく変わってはいない。
今家にいる一番若い猫は、随分体の弱い猫だった。
投薬と食事療法を続けながら、長らくケージの中で暮らしていた。
2歳になる頃、ようやく薬の成果が表れ始め、身体が成長して抵抗力が備わった事も相まって、満を持して猫の中に解き放たれる事となった。
時折ケージから出してブラッシングなどをしていたものの、やはり狭いケージの中で暮らし続けていたせいか…猫には不満が募っていたようだ。
リビングのど真ん中でのびのびと寛ぐのはもちろん、やけに人に構う猫になっていた。
洗濯物をたためば、たたんだタオルの山に突撃して崩しにかかる。
フローリングにモップをかければ、モコモコしたところに攻撃を仕掛けて爪をひっかける。
ほうきで散らばった猫砂の粒を掃いていれば、目の前にごろんと転がってゴミにまみれる。
階段をのぼろうとすれば前に立ちはだかりどかされて、キッチンで洗い物をしていればシンクの横を陣取って流れる水に手をのばす。
ソファに座ってスマホをいじっていれば根付の鈴をイタズラして飼い主の手の甲に傷を負わせるし、風呂に入れば俺も入れろとドアの外で雄たけびをあげ、風呂を上がればびしょ濡れの足に体をこすりつけた挙句足元でごろんと転がって、足ふきマットに爪をひっかけてニャアニャアとわめく。
……完全に、邪魔をする猫である。
思えば、身体の弱い猫は、猫とほとんど関わってはいない。
世話好きの猫はずいぶん衰えていたし、そもそもケージで隔離されていたので他の猫とほとんど顔を合わせてはいない。
教育されなかった猫は、己の尺度で信念に基づいて、堂々と人の邪魔を楽しんでいるに過ぎない。
はっきり言って、ちゃんとしている猫たちの目が…わりと、怖い。
―――なんであいつ邪魔してんだろう…?
―――あの猫、なに…?
―――常識を知らない猫だな…
―――みっともない猫がいる…
―――あんな風にはなりたくない…
邪魔をする猫以外は、みんなおとなしくて温厚で、無駄に喧嘩をしたり暴れたりしない…出来の良い猫達ばかりだ。
たまにため息をついている猫を見かけて、なんとなく…申し訳なく思う。
ついつい労いたい気持ちが顔を出し、おやつを与えすぎてしまうのも、致し方あるまい。
……邪魔をされて被害を被っているのは自分なのに、おかしな事だ。
今日も私は、邪魔な猫をどかしながら…、猫たちが喜びそうなおやつを探して、散財に励むのだった。