だだぢづどど美
私の名前は『だだぢづどど美』。こんな名前で17年も生きてきた。こんな名前だけどVtuberじゃないし、名前がすごすぎて逆にイジメられたこともない。
その日も私は無難に学校を終えて、帰り支度を整えていた。
「どど美~」
声だけで、その知能の低さがわかる彼女の名前は篠岡夕陽。イジメられた事はないけれど、学校では皆に腫れ物のように扱われる私にとって、彼女だけが唯一の友達である。
「あのさ、あのさ~、今日、ヌートリア獲りに行こう」
ぬー……とりあ? なんじゃろうか、それは。ちょっとえっちな個展とか、なのかな?
「うん、いいよ」
何の事かはよくわからない。だけど、私よりも知能の劣る夕陽に質問なんてできない。だから私は今日も意味もわからず夕陽についていくことにした。
今年の梅雨も暑くジメジメしていた。いつもと同じ帰り道。私と夕陽は仲良くお喋りをしながら帰るわけでもなく、今日も一方的にベラベラと夕陽だけが話を二転三転とさせていた。
「それでさ~、マツイカの末端価格がさ~」
わからない。全然わからないよ、夕陽。それに、女子高生がマツイカの末端価格なんて気にしないと思うの。
「あれぇ? 今日は開いてるぅ~」
夕陽が目を付けたのは、今時珍しい駄菓子屋さんだった。大人しいおばあさんが経営する、いかにも昭和の匂いのするその駄菓子屋さんは不定期営業で、どうやら今日は運よく店が開いている日のようだった。
「おばあ、この店で一番高いアイスをおくれ」
ニヒルな笑いを浮かべ、夕陽が駄菓子屋のおばあさんに千円札を渡した。普通は商品を手にしてからお会計をするのだが、こういう所に彼女のそういう部分を感じずにはいられない。言語化してしまうと、夕陽は駄菓子屋でアイスの一つも正しく買えないおバカ、ということだ。
「はい、どど美から選んで?」
アイスを冷やすためだけに生まれてきたかのような横長の冷凍庫のドアを持ち上げて、夕陽は私に順番を譲ってくれた。それはまるで高級外車の助手席を開けてくれる彼氏のようなカッコよさだった。私は遠慮なく、アイスを選んだ。ちなみに、このアイスは夕陽のおごりだ。アイスだけじゃなくて、大体のものは彼女がいつもおごってくれている。夕陽はどこからか横領しているんじゃないか、と本気で心配になるぐらいに金払いが良い。というか、払わせてくれない。ここまで散々、夕陽のことをバカにしてきた私は実質彼女のヒモです。
「じゃあ、私も同じの~」
ヒモなりの礼儀として、私は彼女に『ごちそうさま』とお礼を言った。
「いいのいいの。ヌートリアを捕まえれば、黒字だから」
捕まえる? なんだ? ぬーとりあというのは、危険生物なのかしら? ぬーとりあの正体について、聞くのは今しかないんじゃないだろうか。そう思った私はついに口を開く決心をした。
「まあ……そうだね」
プライドが邪魔をした。いつも行っているサイゼリヤの支払いも、ここのアイスも、彼女のおごりだけど、なぜかプライドが邪魔をした。一言『ヌートリアって何?』って。そう聞けばいいだけなのに、私にはそれが出来なかった。もうこの後は、タイミング的に絶対聞けなくなった瞬間でもあった。
「それじゃあ、乾杯!!」
夕陽の音頭に合わせてアイスを重ね合わせた。
河川敷へとやってきた。どうやらここに、夕陽のいう『ぬーとりあ』がいるらしい。私は彼女と一緒になって目を凝らしていたが、正解がわからないので、もはや何を探したらいいのか自分でもよくわからなくなっていた。
「お”っ!? いたいた!!」
汚い声で、夕陽が発見を知らせた。私はついにその正体を目の当たりにした。
「あれが……」
端的に言えば、ぬーとりあの正体はネズミだった。カピバラのような大きなネズミで、キモいといえばキモいし、可愛いといえばかわ……なんか、ちょっと歯が茶色くね? キモいです。ぬーとりあは、キモいです。
「どど美!! 早速捕まえよう!! あれ捕まえたら、3000円だよ!?」
「そんなに貰えるの!?」
「そうだよ!! だから黒字だって、言ったじゃん!!」
あれだけキモいぬーとりあの姿が、なんだか金塊のように見えて来た。私は意を決して一歩踏み出そうとした。
「へいへい、君たち!! ちゃんと許可は取っているのか!?」
突然、ツーブロックサングラス下膨れ無精ひげおじさんに呼び止められた。
「えっ? 許可なんて必要なんですか!?」
夕陽がショックを受けたようにタオルバンダナ黒Tシャツ短パンすね毛おじさんに聞いた。
「うん。ここの町だと講習会受けないとダメだよ」
「知らなかったぁ……」
夕陽が知らないということは、当然私も知らないわけで……。
「あぶないとこだったな。おじさんがいなかったら、逮捕されてたかもしれないぞ?」
小太りおじさんに社会のルールを教えられた。どうやら、ヌートリアは無許可で捕獲すると逮捕されるみたいだ。さすがに、前科を持つのはまだ早い。そう思った私と夕陽は諦めて帰ることにした。
夕日に染まる帰り道を、私たちはいつもより少しだけ元気なく、それでも肩を並べて歩いていた。
「いやぁ~、残念だったねぇ~」
「うん……」
見通しが甘かった。今日の敗因はそれに尽きた。
「卒業したらさ、私たち狩猟民族にならない?」
「はぁ?」
また突然の誘いだった。だけどそれは、いつもと少しばかり違う性質のものだった。
「だからぁ、ちゃんと免許取ってさぁ~。全国の獣害に悩まされる人々の依頼を受けて、解決するってのはどう!?」
「……そういうのも、いいかもね」
愛するおバカと二人、命がけで獣たちと戦いながら、日本中を巡る。そう考えると、少しだけ胸がわくわくした。
「でしょでしょ~!? 北海道のヒグマなんかはなんと500キロもあるらしくてさぁ……」
私の名前は『だだぢづどど美』。もしかしたら、数年後には狩猟民族になっているかもしれない女子高生だ。もちろんその時には、隣に親友もいることだろう。