7 赤色の秘密
朝礼で体育館に集められた航は、欠伸をかみ殺して校長の話を聞いていた。
演台に立つ校長は、いつもよりゆっくりと丁寧に話している。
「みなさんも知っていると思いますが、先週、わが校の生徒が自殺しました。もしなにか悩み事があるのなら、ご家族に相談しましょう。もちろん、わが校の先生方にも相談して下さい」
校長先生は事件の詳細には触れずに、生徒の自殺の予防策について話していた。
航はちらりと視線を前方へ移す。そこには同じクラスの広瀬結衣がいた。
亡くなったのは広瀬香という3年生の生徒で、結衣は香の妹だった。
結衣は姉が自殺してから学校を休んでいたが、今日から学校に登校していた。
結衣がどんな気持ちでいるのか航は心配だった。
昼休みになり、航は寛と共に食事をしていた。
航は気になって結衣を見た。
結衣は友達と仲良く食事をしている。あまり落ち込んでいるようには見えなかった。
「結衣、マニキュア塗ったんだ。キレイに塗れてるね」
「そうでしょ」
結衣は両手に塗った赤いマニキュアを、友達に自慢げに見せている。
「でも、マニキュアを塗ってることが先生にバレたらマズいんじゃない?」
「そうだね。見られないように気をつけないと」
結衣は不安そうにマニキュアを指でなでた。
「おい、航」
寛に名前を呼ばれて、航は視線を寛に向けた。
「噂は知ってるか?」
「噂?」
航が首を傾げる。
寛は横目で結衣を見た後、結衣に聞こえないように声を潜めた。
「出たんだよ」
「出たってなにが? 便秘か?」
「バカ。出たって言ったら幽霊に決まってるだろ」
「幽霊?」
寛が幽霊の噂について話してくれた。
一昨日の放課後、男子生徒が忘れ物を取りに教室に戻ると、口から血を流した広瀬香の幽霊が教室にいた。驚いた男子生徒は職員室に走り、先生を教室に連れて来たが、そのときには幽霊は消えていたそうだ。
「幽霊が出たのは3年5組の教室なんだけど、亡くなった広瀬のお姉さんのクラスは3年3組なんだ」
「自分のクラスじゃなかったのか」
航がつぶやくと、寛は寒そうに腕をさすった。
「広瀬のお姉さんが付き合っていた金田っていう生徒が5組にいたんだ。幽霊を目撃したのもその生徒らしい。幽霊が彼氏に会いに来たんだってさ」
航は背筋を震わせた。
航は幽霊を信じてはいない。しかし薄気味悪くはあった。
教室のドアが開き、男子生徒が教室に入ってきた。校章の色から3年生だとわかる。
「広瀬結衣はいるか?」
男子生徒は近くの女子生徒に聞いた。
女子生徒が結衣のいる席を指さすと、男子生徒は結衣のもとへ歩く。
今まで上機嫌で友達と喋っていた結衣の顔が、男子生徒の顔を見るなり暗くなった。
男子生徒は結衣にすがりつくような目を向けた。
「昨日、家に行ったけど入れてくれなかったな。俺は香の幽霊を見たんだよ。香の仏壇に線香をあげて、香の霊を鎮めたいんだ。このままだと俺は香の幽霊に殺されるんだよ!」
男子生徒の悲痛な叫びに、教室の空気が凍りついた。
ということは、この男子生徒が自殺した広瀬香と付き合っていた金田か。
金田は広瀬香の幽霊に殺されると言った。
「幽霊が彼氏に会いに来た」という噂は、「幽霊が彼氏を殺しに来た」という噂へ変わり、教室のそこら中でひそひそと話されはじめた。
結衣は冷ややかな視線を金田へ送る。
「頭はだいじょうぶですか? 幽霊なんているわけないじゃないですか。私も私の家族も、あなたを家に入れるつもりはありません。食事の邪魔になるので早く教室を出て行って下さい」
結衣の声は冷たかった。
しかし金田は簡単にはあきらめなかった。
「頼む! 一度だけでいいんだ! 家に入れてくれ!」
金田が結衣の腕をつかむと、結衣はその手を乱暴に振り払った。
「誰かこの人を教室から出して!」
結衣がヒステリックに叫んだ。
誰かが止めに入らないと、ますます騒動が大きくなりそうだ。
「寛」
航が寛に呼びかけると、寛は頷いた。
航たちはそろって席を立つと、結衣のもとへ急いだ。それから航と寛は左右に分かれて、それぞれ金田の腕を片方ずつ取り、教室から金田を引っ張り出した。
廊下に出たところで航たちは金田を解放した。
廊下に尻もちをついた金田は航と寛をにらみつける。
「邪魔しないでくれ! お前らは俺がどれだけ困っているのか知らないんだ!」
航はしゃがんで金田と視線の高さを合わせた。
金田はひどい顔をしている。昨晩は眠れなかったのか目の下にはひどいクマがあった。
「先輩が広瀬に大事な用があるのはわかります。でも今の広瀬は、先輩と話ができる状態じゃないですよ」
航が告げると、金田は歯噛みした。
「じゃあ、どうしろって言うんだよ?」
「先輩の話を俺たちに聞かせてくれませんか? 俺たちで協力できることがあったら協力します」
航としては、とにかく金田に落ち着いてほしかった。金田にさっきのような騒動を起こしてほしくない。
金田は航を値踏みするような目で見た。
「お前たちを信用してもいいのか?」
「先輩から聞いた話は他言しないと約束します」
航は真摯な瞳で金田を見つめた。
「わかった。幽霊について話す。でも、その前に場所を変えよう」
金田が視線を周囲に向ける。
航たちを周囲の生徒が見ていた。ここで話をすると周りの生徒に話が筒抜けだ。
航たちは運動場に場所を移した。
ベンチに座って運動場を見渡す。小学校の運動場ならともかく、高校の運動場には遊んでいる生徒はいなかった。ここなら人に聞かれることなく話ができる。
「幽霊が出たって本当なんですか?」
航が金田に尋ねると、金田の顔が青ざめた。
「本当だ。俺はたしかに香の幽霊を見たんだ」
「誰かのイタズラとは考えられないですか?」
「絶対にイタズラじゃない。証拠を見せてやるよ。今日の放課後は空いてるか?」
航が寛に目配せすると、寛は首を横に振った。
「俺は部活があるから今日は無理だ」
航は金田に視線を戻す。
「俺は空いてます」
航と金田は、待ち合わせ場所と待ち合わせの時間を決めた。
放課後、航は金田の部屋に案内された。
自宅にいるというのに、金田はなにかに怯えるように視線をさまよわせている。金田は本当に幽霊がいると信じているようだ。
「一昨日の放課後、俺にLINEが来た。相手は香だ」
航は目を細めた。
「死んだ人からLINEが来たんですか?」
幽霊がLINEを使えるとは驚きだ。
航はちょっと笑いそうになったが、金田の目はいたって真剣だった。
金田がスマホを航に見せる。
幽霊が金田に送ったLINEを、航は声に出して読んだ。
「あなたの机の前にいるから今すぐ来て。来ないと浮気していたことをバラす」
航は金田を驚いた目で見た。
「浮気していたんですか?」
金田は気まずそうに視線をそらした。
「噂では『先輩は忘れ物を取りに教室に戻った』って話でしたけど、それは嘘だったんですか?」
航が確認すると、金田は拳を握り締めた。
「『教室に来ないと、浮気をバラされると脅された』なんて言えるわけないだろ。俺は浮気をバラされたくなかったんだよ」
金田を見る航の目に軽蔑の色が混じる。
金田は苦しそうに顔を歪めた。
「香は俺の浮気に気づいて、それがショックで自殺したんだ。だから、香の自殺は俺の浮気が原因なんだ。俺は浮気をバラされたくなくて教室に戻った。そして香の幽霊に会ったんだ」
金田はクーラーボックスを航の前に置くと、クーラーボックスを開けた。
中には青色のマフラーが入っていた。クーラーボックスなんかにマフラーを入れている意味がわからなかった。
金田はマフラーを怯えた目で見ながら、そのマフラーについて説明した。
「俺が香の幽霊に会った次の日、つまり昨日なんだが、俺の机の中にこのマフラーが入っていた。これは俺が香にプレゼントしたマフラーだ。香でなければ誰が俺の机の中に、このマフラーを入れられるんだ?」
航がマフラーをよく見ると、マフラーには赤いペンキがついていた。
「このマフラー、ペンキで汚れていませんか?」
ためらったものの金田は意を決してマフラーに触れると、マフラーを広げた。
マフラーには赤いペンキで「許さない」と書いてある。
「幽霊だ。香の幽霊が俺を『許さない』と言ってるんだ」
「幽霊がペンキでメッセージですか」
LINEの次は、ペンキでメッセージか。ずいぶんコミュニケーションの手段が豊富な幽霊だ。
本当に幽霊なんているのだろうか?
LINEもペンキのメッセージも、幽霊ではなくて生きている人間がやったのではないのか?
もし生身の人間がやったとしたら、こんな手の込んだイタズラをしたのは誰だろう?
犯人は一人しか思い浮かばなかった。
それは自殺した広瀬香の妹で、航のクラスメートでもある広瀬結衣だ。
結衣なら姉のスマホを借りて、金田にLINEを送ることができる。
姉のマフラーを自宅から持ち出して、金田の机の中に入れることも結衣ならできるだろう。
「先輩、亡くなった香さんの写真はありませんか?」
「見たいのか?」
「はい」
航が頷くと、金田はスマホに保存された香の写真を見せてくれた。
亡くなった広瀬香は、妹の結衣とよく似ていた。
結衣が顔に血糊を塗って、姉の幽霊のフリをしたのではないか?
香の自殺の原因が金田の浮気なら、結衣がこんなことをした動機は金田への復讐だろう。
昼休みの結衣と金田の言い争いを見ても、結衣が金田を恨んでいるのは間違いない。
幽霊のフリをできるのは結衣だけであり、結衣には動機もあった。
幽霊は結衣以外に考えられない。
あとは結衣が幽霊だという証拠が必要だった。証拠がなければ、ただの推理にしかならない。
航は結衣について考えてみた。
結衣に、なにかいつもと違ったところはなかったか?
昼食の時間、結衣は赤いマニキュアを友達に見せていた。
赤?
航はマフラーを見る。マフラーには赤いペンキで文字が書かれていた。
マニキュアは赤かった。マフラーについたペンキも赤い。どちらも赤色だ。
なぜ結衣が赤いマニキュアを塗る必要があったのか。その理由が航はわかった。
結衣が幽霊だという証拠は、赤いマニキュアによって隠されている。
「先輩、俺が先輩を家の中に入れてくれるように広瀬を説得しますから、広瀬の家まで案内してくれませんか?」
「わかった」
航は金田の案内で、結衣の家へ向かう。
結衣の家に向かう途中にあったドラッグストアで、航は店員から話を聞いて、マニキュアを落とすために必要な除光液とコットンを買った。
結衣の家に着いたが、金田が隣にいてはインターフォンを押せない。
金田がいると、結衣は航の話を聞いてくれないだろう。そこで金田には門の前で隠れて待っていてもらうことにした。
一人になった航は結衣の家のインターフォンを押した。
「はい」
インターフォン越しに結衣の声が聞こえた。
「クラスメートの佐藤だけど、昼休みの件で話がしたいんだ」
鍵を開ける音がして、家の中から結衣が顔を出す。
「もしかしてアイツのこと?」
アイツとは金田のことだろう。名前を呼ぶのも嫌らしい。
航は玄関の奥に視線を向けたが、他に人影は見当たらなかった。他の誰かの話し声や物音も聞こえない。
「今は一人か?」
「そうだけど」
「外でするような話じゃないから、中に入れてくれないか?」
結衣は迷う素振りを見せたが、けっきょく航を家の中に入れてくれた。
しかし結衣が入れてくれたのは玄関までだ。結衣は玄関を上がったところに立つと、そこで仁王立ちして航を見下ろした。
「話って、なに?」
結衣の口調には棘があった。航を金田の差し金だと疑っているらしい。
航はビニール袋からマフラーを取り出して結衣に見せた。
「幽霊が先輩の机の中に、このマフラーを入れたんだ。このマフラーは先輩が広瀬のお姉さんにプレゼントしたものだ」
「幽霊なんているわけないでしょ。そんなマフラー、私は見たこともないわ。ぜんぶアイツの作り話よ」
結衣が吐き捨てるように言った。
航は結衣の瞳をのぞき込む。
「幽霊の正体は広瀬だろ? お前が先輩の机の中にマフラーを入れたんだ」
「なに言ってんの? 佐藤までおかしくなっちゃったの?」
結衣は航をあざ笑ったが、航はかまわず話を続けた。
「一昨日の放課後、広瀬は先輩の教室に行って、先輩の机の中にマフラーを入れたんだ。それからお姉さんのスマホを使って、『教室に戻って来て』と先輩にLINEを送った」
結衣の顔から笑みが消えた。
手ごたえを感じた航は、さらに話を続ける。
「それから広瀬は顔に血糊を塗って、先輩が教室に来るのを待った。お姉さんに顔がそっくりな広瀬なら、お姉さんの幽霊のフリだってできるよな?」
結衣はバカにするように拍手をした。
「おもしろい妄想ね。証拠はあるの?」
「証拠ならある。右手のマニキュアを落としてくれないか?」
航の言葉に、結衣がたじろいだ。
「なんでマニキュアを落とさないといけないのよ?」
「マニキュアを落とせば、広瀬が先輩の机の中にマフラーを入れたっていう証拠が出てくるからだ。マニキュアを落とすために必要な物は買ってきてある」
航はレジ袋から除光液とコットンを取り出した。
「落とし方がわからないなら俺が落としてやろうか?」
航が挑発するように言うと、結衣は舌打ちをうった。
結衣は航の手から除光液とコットンを乱暴に奪いとると、マニキュアを落としにかかった。
コットンに除光液をしみ込ませ、そのコットンを右手の人差し指の爪の上に置く。
数秒ほど待った後、コットンでマニキュアを拭きとると、マニキュアは爪の先を除いてキレイに落ちた。
航は爪の先を指さした。
「なんでここだけマニキュアが落ちてないんだ?」
「知らないわよ。佐藤が買ってきた除光液が不良品だったんじゃない?」
結衣は苦しい言い訳をした。
航は黙って結衣の右手首をつかむと、結衣の手を顔の前に持ってくる。そして結衣の人差し指の爪の裏を見た。
爪の裏には赤いペンキがこびりついている。
結衣が健の手を力任せに振り払った。
航はマフラーを広げて、赤いペンキで書かれた「許さない」という文字を結衣に見せた。
「マフラーにペンキで字を書くときに、手にペンキがついたんだ。ペンキを落とそうとしたけど、爪の裏についたペンキは落とせなかった。そのペンキをごまかすために赤いマニキュアを塗ったんだろ?」
結衣は観念したようにため息を吐いた。
「こんなことになるのならマニキュアなんか塗らずに、深爪してでも爪を切っておくべきだったわ」
「動機は浮気をした先輩への復讐か?」
結衣が驚いた目で航を見る。
「アイツが自分から話したの?」
航が頷くと、結衣は怒りを吐き出しはじめた。
「アイツのスマホに浮気相手からLINEが来たの。ポップアップ通知で内容がわかったんだけど、それでお姉ちゃんはアイツが浮気していることに気づいた。浮気するなら、もう少しうまくすればいいのにね。そうすれば、お姉ちゃんはこんなことにならなかったのに」
結衣の表情が険しくなる。
「お姉ちゃんは自分の部屋に閉じこもって、食事にも来なかった。ドア越しに私はお姉ちゃんから、アイツが浮気したことを聞いたの」
結衣は額を手で押さえた。
「次の日になっても、お姉ちゃんは部屋から出てこなかった。心配になって部屋に入ったら、お姉ちゃんは首を吊って死んでた。アイツが浮気したから、お姉ちゃんは自殺したのよ。私は絶対にアイツを許さない」
重苦しい沈黙が流れた。
航は結衣の気持ちを考えて言葉を選んだ。
「広瀬が先輩を憎む気持ちはわかる。でも、復讐なんてすべきじゃなかったんだ。学校では『広瀬のお姉さんの幽霊が先輩を殺そうとした』って噂になってる。お前のお姉さんは悪霊だって言われてるんだぞ」
結衣は初めて弱気な表情を見せた。
「私だって、こんなことになるとは思わなかったのよ。でも、もとはと言えば、アイツが浮気したことが悪いんじゃない」
「たしかにそうだ。でも、『先輩が浮気したから、お姉さんは自殺した』って、みんなにバラしてみろよ。よけいにお姉さんは悪霊呼ばわりされるぞ。先輩に浮気されたから、復讐するために化けて出たってな」
結衣はうなだれた。
結衣がしたかったのは金田への復讐だ。復讐は上手くいったが、姉が悪霊呼ばわりされるのは計算外だった。
結衣は航に助けを求めた。
「どうすればいいの?」
「先輩に本当のことを話すんだ。それで幽霊は見間違えだったことにしてもらうんだな」
結衣は黙りこんだ。
金田を呼ぶなら今だろう。
「外に先輩を待たせてる。呼んでもいいか?」
結衣は力なく頷いた。
航は玄関のドアを開けると金田を呼んだ。金田が家の中に入ってくる。
航は結衣の見ている前で、幽霊の正体が結衣だったことを金田に明かした。
金田は驚いた目で結衣を見る。
「妹さんが幽霊だったのか」
「私が幽霊だったって学校にバラすの?」
結衣が幽霊騒ぎを起こした張本人だと学校が知れば、学校は結衣にしかるべき罰を与えるだろう。
結衣が不安そうな目で金田を見ると、金田は首を横に振った。
「いや、言うつもりはない。俺のせいで香は死んだんだ。妹さんが怒るのも無理はない」
金田の反省した様子を見て、結衣の怒りが萎んでいく。
今なら結衣も金田も、航の提案を聞いてくれそうだ。
「俺も広瀬が幽霊だったことは誰にも言わない。だから広瀬も、お姉さんの自殺した原因が先輩の浮気だったことは黙っててくれないか? 先輩の浮気が知れわたれば、先輩はみんなに責められるからな」
結衣はしかたなく頷いた。
航は金田へ視線を向ける。
「先輩、幽霊は見間違いだったことにしてくれませんか? 学校では広瀬のお姉さんが悪霊みたいに言われてるんです。広瀬だって辛いし、死んだ広瀬のお姉さんがかわいそうです」
「わかった。幽霊は見間違えだったことにする」
金田は快く航の提案を受け入れた。
航は大きく息を吐いた。これですべて片付いた。
「先輩、じゃあ帰りましょうか」
しかし金田は動かない。
「先輩?」
航が呼びかけると、金田は玄関に額をこすりつけて土下座した。
「香に、お線香をあげさせてくれないか? 俺が浮気したせいで香は自殺した。香に謝りたいんだ。頼む!」
結衣が相談するような視線を向けて来たので、航は頷いた。
結衣は怒りを滲ませた目で金田を見下ろす。
「もう二度と、私や私の家族に近づかないと約束してくれるのなら、一度だけ姉の仏壇に案内します」
金田は顔を上げた。その表情は憑き物が落ちたように軽かった。
「約束するよ。ありがとう」
結衣は金田を仏壇に案内した。航も金田の後に続く。
遺影となった結衣の姉は、結衣とそっくりの顔をしていた。
金田は香炉に煙の立った線香を立てた。それから仏壇に手を合わせる。
「香、ごめん。俺がバカだった」
金田の瞳から後悔が涙となってあふれる。
結衣も泣いているようだった。
航は手を合わし、結衣の姉の冥福を祈った。
今回をもちまして、こちらの作品は休載いたします。
理由は他の作品を書いてみたくなったからです。
お読み頂いた方、ありがとうございました。