5 航、ときどき豚
昼ご飯を食べ終えた美穂はXの更新をしていた。
モデルをしていると所属している事務所からSNSの更新を求められる。SNSによって広告などの仕事が決まることもあるからだ。だから美穂は面倒くさいとは思いながらも、しかたなくXの更新を行っていた。もう一週間近くも更新していなかったから、そろそろ更新しないと事務所からなにか言われそうだった。
そんな美穂を邪魔するように、教室のドアが開いて寛が教室に入ってきた。
寛がわざわざ私に会いにくるわけがない。きっと他の誰かに用なのだろう。
スマホに視線を戻した美穂だったが、予想に反して寛は美穂の前で立ち止まった。
「大事な話があるんだ」
寛は真剣な目で美穂を見ていた。そんな寛に美穂は嫌そうな顔でこたえた。
「もしかして告白? 答えはもちろんNOなんだから、いちいち聞きに来ないでよね」
「俺がお前に告白なんかするかよ。大事な話なんだ。聞いてくれないか?」
寛の顔は真剣で、その真剣さに美穂はどんな話か興味がわいてきた。
「大事な話ってなによ?」
「ここではちょっと話しにくいから場所を移してもいいか?」
歩かないといけないの?
面倒くさいと感じた美穂が舌打ちをすると、寛はそれを了解ととった。
寛に先導されて教室を出た美穂は屋上へと続く階段を上る。使われていない屋上のドアの前は人が近寄らず、人に聞かれたくない話をする場所としては好都合だった。
「話ってなに? 一分三十円だから」
「電話じゃねぇんだからやめてくれよ。じつは航が困ってるんだ」
Xを更新しながら寛の話を聞いていた美穂はスマホから顔を上げた。
「航が? なんで困ってるの?」
「笹山が航を避けているからだよ。中森はなにか知らないか?」
「知らないわ」
ほんの三日前に千春に呼ばれて隣のクラスで昼食を共にしたときは、千春と航は仲良さそうに話していた。それからなにかあったのだろうか?
「航はすっかり精神的にまいってるしさ。中森は笹山と仲が良いだろ? 中森から笹山に、航を避ける理由を聞いてみてくれないか?」
航と友達になる前なら寛の頼みを断っていただろう。それどころか千春と航の仲が上手くいっていないことを喜んでいたはずだ。
しかし今となっては千春も航も美穂の友達で、友達同士の恋仲を邪魔しようとは思わなかった。むしろ二人の仲を過去に邪魔しようとした負い目があったから、今度は逆に二人の恋を応援して過去の後悔を晴らしたかった。
そんなわけで美穂は寛の頼みを引き受けることにした。
「そういうことなら私も気になるし、千春にちょっと聞いてみるわ」
寛と別れた後、美穂は千春のいるクラスに入っていった。
教室には千春だけではなく航の姿もあった。
寛の言っていたように、たしかに航は元気がなかった。千春に避けられているショックで食事もろくに喉を通らないのか、頬の輪郭までやせ細って見えた。航にとってそれだけ千春の存在は大きいのだろう。
一方の千春はというと、こちらもこちらで思いつめたような顔をしていた。小学校のころから千春を知っている美穂の目から見ても、元気のない千春は珍しい。
千春は席に座って頬杖をつき、ぼんやりとした目で黒板を見ていた。
「千春」
美穂が千春に話しかけても、千春は美穂に気づかない。
「千春」
先ほどより大きな声で呼んでみたが、先ほどと同様に反応はなかった。しかたないので美穂は千春の肩を軽く叩いた。
すると千春が驚いて椅子ごと浮き上がった。そんなに驚かれると、こっちまでびっくりする。
「み、美穂! いたんだ。いるならいるって言ってよ」
「さっきからずっと名前を呼んでたけど、返事がないから肩を叩いたのよ」
「そうだったんだ。ごめん、ちょっと考え事しててさ。私になにか用?」
美穂は教室の出口を親指で指さした。
「ちょっと話があるんだけど、場所を変えてもいいかしら?」
「えっ、うん、いいけど……」
美穂の改まった態度に千春は警戒心を抱いたようだが、美穂の提案を受け入れた。
先ほど寛に連れて行かれた屋上へと続くドアの前に、今度は美穂が千春を連れていく。
昼休みもそろそろ終わりの時間が近づいていたので、目的の場所に着くなり美穂は話を切り出した。
「千春が航を避けてるって話を聞いたんだけど本当なの?」
「本当だけど……それ誰から聞いたの?」
「筋肉バカから。なんで航を避けてるの?」
千春は話そうか話すまいか迷う素振りを見せたが、やがて重い口を開いた。
「美穂は占いをしてる5組の鳥川くんって知ってる?」
「占い? ああ、噂の占い師ね」
1年5組に占いをしている鳥川という男子生徒がいることは美穂も知っていた。鳥川は休み時間になると同学年の生徒を占ってあげているらしいが、その占いは驚くほど当たると評判だった。
美穂自身は占いとか超能力とかいったものは信じていないので、鳥川に占ってもらったことはなかった。
「千春は占いなんか信じてるの?」
占いをバカにしたような美穂の言い方に、千春はむっとした顔で鳥川のすごさを説明した。
「鳥川くんの占いはすごいんだよ。私が小学校のときに飼ってたハムスターの名前から、中学校のときに好きでよく聴いていたバンドの名前まで、ばんばん当てちゃうんだから。パンツの色まで当てられるんじゃないかって、ひやひやしたんだからね」
「パンツの色まで当てたらストーカーよ。その占い師に航とのことでなにか言われたの?」
千春は落ち込んだ顔で頷いた。
「うん。私が今一番仲の良い男子とは、金輪際かかわらないほうがいいんだって。かかわると、その男子が不幸になるって」
「不幸ねぇ。あんたに避けられてる今が一番不幸そうに見えるけど」
千春に避けられたショックで航は輪郭まで変わってしまった。
しかしそれでも千春の気持ちは変わらなかったようだ。
「私がかかわると佐藤はもっと不幸になるんだよ。だから私は佐藤とかかわっちゃだめなんだよ」
「だいたい事情はわかった。私は占いなんか信じないから、その占いが本物かどうか調べてみるわ」
「私だって嘘だと信じたいよ」
千春の辛そうな顔を見て、美穂の中で鳥川に対する敵意が燃えあがった。鳥川がどんな男かは知らないが、千春にこんな顔をさせるヤツは許さない。
千春から事情を聞いた翌日、美穂は昼食を急いですませると、鳥川のいる5組へ向かった。
鳥川の顔は知らなかったが、鳥川とおぼしき男子生徒はすぐに見つかった。
一人の男子が座っている席の前に生徒の列ができている。おそらく座っている男子が占いをしている鳥川で、占って欲しい生徒が列を作っているのだろう。
列に横入りするわけにもいかないので、美穂も大人しくその列に並んだ。
列の前のほうから占いをする鳥川の声が聞こえてくる。なるほど、千春の言った通りだ。
鳥川は占う相手からクラスと名前、それに生年月日を聞くと、たったそれだけで占っている相手の過去を次々と言い当てた。それはパフォーマンスで、そうして相手に占いの力を本物だと信じ込ませた後で、これからどうすべきかなどの助言を与える。
その助言は「友達と仲良くしなさい」だとか「告白するにはまだ早い」だとか、人によって具体性にかなりばらつきがあった。
「申し訳ございません。あなたとは波長が合わないので占うことができません」
鳥川が占っている生徒に頭を下げた。
占ってもらえなかった生徒は残念そうな顔で教室の出口へ向かう。どうやら誰でも占えるわけではないらしい。
占ってもらいにきた生徒の中には、先ほどと同様に波長が合わないという理由で占えない生徒がいた。占えない生徒の比率はおよそ半分だが、男子生徒のほうが占えない確率が高かった。
占える生徒と占えない生徒に、なにか共通点はあるのだろうか?
そんなことを考えていると美穂の占いの番が回ってきた。
美穂の前にある椅子に座っていた生徒が立ち上がり、鳥川にお礼を言ってから教室の出口へ向かう。
美穂は空いた椅子に座った。机を挟んで対峙する鳥川の顔を美穂は観察してみた。
眼鏡をかけて前髪を伸ばした鳥川は、前髪の向こうから美穂を見ている。長く伸ばした前髪に邪魔されて鳥川の目はよく見えない。
「クラスとお名前、それに生年月日を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
鳥川の口調は丁寧すぎて鼻についた。少なくとも同級生に対する話し方ではない。
美穂は鳥川に聞かれたことを答えた。
「ありがとうございます。時間もないですし、さっそく占いに入りましょう」
どうやら美穂は占ってもらえるらしい。占えるかどうかに性格の悪さは関係ないようだ。
鳥川は瞑想するように瞼を閉じると、目をつぶったまま美穂の過去を次々に言い当てた。
美穂がどこでモデルにスカウトされたとか、アメリカにいる美穂の祖父は葉巻が好きだとか、美穂本人でさえ忘れていたことまで鳥川は言い当ててみせた。
「当たっていますか?」
鳥川はお決まりの決め台詞を口にした。騙されやすい人間なら、ここで鳥川の占いを信じてしまうのだろう。
「当たってるわ。ちなみに私が今朝なにを食べたかもわかったりするの?」
美穂が挑発するように尋ねると、鳥川は笑って首を横に振った。
「申し訳ございません。私の占いの力は万能ではなくて、全てを見通せる力はないんですよ。だから少しでも占いの力をつけるために、今こうして占いの練習をしているんです」
それは残念。ちなみに今朝は急いでいたから朝食を食べる時間はなかった。
「ずいぶん都合の良い力ね」
「そう言われると返す言葉もありません」
そう言って笑う鳥川は、さほど困っているようには見えなかった。
占う相手から占いを疑われたことは過去に何度もあったのだろう。そういった相手の対応には慣れているようだった。言葉で責めてみても、たいした成果は得られそうにない。
「次の人が控えていますので、そろそろ占いの結果に入らせて頂きます。中森さん、あなたは女優をやってみるのがいいかと思います」
「私が女優? 私は演技なんてやったこともないわよ」
演技ならあんたのほうが得意なんじゃないの? 占いの力なんてないくせに。
言い過ぎだと思ったから、さすがに口に出すのはやめておいた。
鳥川がくすくすと笑う。その笑顔は陰気で背筋が寒くなるような笑い方だった。占い師ならそれで100点なのかもしれないが、ボーイフレンドとしては0点だ。
「そう言わず一度やってみると新たな道が開かれると思いますよ」
なんでそんなことがわかるの?
その疑問を鳥川にぶつけようとしたが、鳥川の視線はすでに美穂の後ろへ向けられていた。
「それでは次の方」
もう少し鳥川から話を聞きたかったが時間切れだ。しかたない。
美穂は自分のクラスの自分の席に戻ると、鳥川の占いについて考えてみた。
鳥川はどうやって美穂の個人的な情報を手に入れたのだろう? 鳥川自身は占いの力によって知ったかのように話していたが、そんなことはあり得ない。
占う相手の情報を入手するその方法を知ることができれば、鳥川の占いの力を否定できる。そうすることができれば、千春が鳥川から言われた「千春が一番仲の良い男子とかかわると、その男子が不幸になる」という占いも、でまかせだと証明できるはずだ。
「す、すいません」
美穂の思考は突然の声に中断した。美穂が顔を上げると、そこには知らない女子生徒がいた。女子生徒は不安そうな目で美穂を見ている。
「一緒に写真を撮ってもらってもいいですか?」
美穂はため息を飲み込むと黙って小さく頷いた。それを見て女子生徒が顔を輝かせる。
ハーフでモデルの美穂は学校でも有名な存在だ。入学当初から写真を一緒に撮って欲しいと頼まれることがあったが、うっとうしくて邪険に断っていた。やがて美穂に写真を頼む者はいなくなったのだが、千春たちと食事を共にするようになってから、また写真を頼む者が現れはじめた。
写真を頼みにきた生徒は、美穂が千春以外の航や寛とも普通に会話しているのを見て、今ならだいじょうぶと判断していた。そしてその判断は正しかった。
写真を一緒に撮ることは以前と変わらず面倒くさい。かといって断って悪い噂を流されたら、もっと面倒くさいことになる。
美穂自身は自覚していなかったが、廃工場での事件以降、美穂は問題になるような発言や行動を控えるようになっていた。
「し、失礼します」
女子生徒は椅子に座ったままの美穂の隣に並んだ。それから中腰で美穂と顔の高さを合わせると、スマホのシャッターボタンを押した。
写真の美穂に笑顔はない。そこまでする気にはなれなかった。
「ありがとうございました!」
感激した顔で女子生徒が言う。その顔を見るのは悪くない気分だった。
女子生徒は教室を小走りで出ていく。教室の外で待っていた二人の女友達と合流すると、さっそく先ほど撮った写真を友達に見せびらかしていた。
「やばっ! めっちゃ顔小さい!」
「あんたの顔がでかすぎるんじゃないの?」
「ねぇ、これXにあげたら?」
美穂の瞳が見開かれる。
X? まさか。
美穂はスマホを取り出すとXを開いた。自分のポストをさかのぼる。一週間に一回程度しか更新しないXを一年ほどさかのぼると、探していたポストにたどり着いた。
美穂が一年前にポストした画像には、アメリカの祖父と肩を並べて立っている美穂の姿があった。祖父の右手には葉巻がある。
美穂はにやりと笑った。
そういうことか。おそらく鳥川はインスタグラムやXなどのSNSから占う相手の情報を入手していたのだ。
美穂がスマホで調べると、高校生のインスタグラムの利用率はおよそ7割で、Xの利用率は5割ほどだった。鳥川が占えなかった半数近い生徒は、おそらくこれらのSNSを利用していなかったのだろう。
SNSの利用率は女子生徒のほうが高かった。鳥川が占えなかった生徒に男子生徒が多かった理由もこれで納得できる。
種がわかると逆にそれが占いよりも信じがたい気さえした。
美穂の通う高校では一学年に二百人以上の生徒が在籍している。鳥川は占う相手を同学年の生徒だけに限定はしていたが、それでもSNSの利用率から考えれば、百人以上の生徒のSNSを調べていることになる。そしてそのSNSから得た情報を記憶しているのだ。
それだけの数の生徒のSNSを調べて記憶する努力と執念は、驚きを通り越して恐ろしささえ感じる。
さて種はわかった。後は鳥川がSNSを通じて情報を入手していることを、どうやって証明するかだ。鳥川がSNSで個人情報を調べているのならば、それを逆手にとることはできないか?
美穂は指を鳴らした。
これなら鳥川をはめられるかもしれない。
「鳥川くん、ちょっといいかしら」
放課後、美穂は下校途中の鳥川を呼び止めた。
鳥川が振り返り、美穂とその隣に立つ千春に目をやる。
「中森さんと笹山さんですね。私になにか用ですか?」
千春はすまなさそうに口を開いた。
「前に私が鳥川くんに占ってもらったとき、鳥川くんは『私が一番仲の良い男子とかかわると、その男子が不幸になる』って言ったよね?」
「そうですけど、それがなにか?」
「私はそれからずっとその男子とかかわらないようにしてきたんだけど、それが辛くてさ。ごめん。鳥川くんの占いが本物か、もう一度だけ確かめさせてもらってもいいかな?」
千春の言葉に鳥川は少し寂しそうな顔で笑った。
「いいですよ。なにをすれば信じてくれますか?」
「私が鳥川くんに占ってもらってから今までで、なにか私がしたことでわかることはあるかな?」
「いいですよ。では占わせて頂きます」
鳥川は静かに瞼を閉じた。数秒ほどしてから瞼を開いた鳥川は表情を緩めた。
「ああ、そういうことですか。私の占いを信じられず、他の占い師にも占ってもらったんですね。そしてその占い師は『笹山さんが一番仲の良い男子とかかわっても、その男子は不幸にならない』と言った。当たっていますか?」
「本当だ」
千春は目を丸くした。その反応に満足したように鳥川は頷いた。
「信じてもらえたようでよかったです。同業者として言いにくいのですが、その占い師に人を占う力は――」
「美穂の言った通りだ」
千春の言葉に、饒舌に喋っていた鳥川の言葉が止まる。
「えっ? 中森さんの言った通りとはどういうことですか?」
美穂はリュックから黒いローブを取り出して鳥川に見せた。
「あなたが占いで見た占い師の着ていた服ってこれじゃない?」
「それは……どういうことですか?」
鳥川が美穂に説明を求める。
どうやら美穂の推理は正解だったらしい。
「千春は他の占い師になんて会っていないわ。私がこのローブを着て、フードを被って顔を隠して占い師に仮装したの。それから千春が占い師に仮装した私の写真を撮って、その写真をXにポストした。『私は誰も不幸にしない。よかった!』って内容でね。鳥川くんは占いではなくて、SNSで占う相手の情報を入手していたんでしょ?」
「……僕をはめたんですね」
私ではなく僕。鳥川の顔を隠していた占い師のベールは剥がれたようだ。
「悪いわね。あなたは自分の占いを相手がどう受け止めたか気になって、占った相手のSNSを必ずチェックしていると思ったわ。だから嘘の情報を千春のXにポストして、あなたをはめさせてもらったの」
美穂が得意げに話すと鳥川は両手を上げた。
「降参です。どうやら中森さんは女優より探偵のほうが向いているみたいですね」
「なんで鳥川くんは私に『私が一番仲の良い男子とかかわると、その男子が不幸になる』なんて言ったの?」
千春の質問に鳥川はしばらく考えた後、苦しそうに口を開いた。占いをしているときの鳥川とは違い、その顔は年相応の高校生に見えた。
「笹山さんのような女性には佐藤のような男はふさわしくないと思ったからです。佐藤とかかわると笹山さんが不幸になると思ったんです」
「あなた、もしかして千春のことが好きなの?」
美穂が疑いの目を鳥川に向けると、鳥川は口を結んだ。その沈黙こそ答えだった。
美穂はため息を吐いた。
鳥川を嫉妬深い男だと笑うことはできない。なぜなら美穂だって過去に鳥川と同じような気持ちを航に対して抱いていた。航が千春にふさわしくないという理由まで同じだったから、過去の自分を見ているようで情けない気持ちになった。
「鳥川くん、私も読み間違えていたけど佐藤はやるときはやる男だよ。あいつに私や鈴木は助けられたからね。千春、行こう。もう用はすんだでしょ」
美穂は千春に呼びかけたが、千春は足を動かさない。かわりに口を動かした。
「私は鳥川くんはすごいと思う」
鳥川が、はっと顔を上げた。
また千春のお人好しがはじまった。反省させなきゃいけない相手を褒めないでよ!
「ちょっと、千春! あんた自分を騙したヤツになに言ってんの!」
しかし千春は止まらない。
「鳥川くんが占いで沙也加に『喧嘩した友達と仲直りしたほうが良い』って言ったから、喧嘩してた沙也加と理子は仲直りした。ねぇ、なんであんなことを言ったの?」
鳥川はそのときのことを思い出すように視線を宙にさまよわせた。
「それはあの二人のXの裏アカを見たからです。お互いに喧嘩したことを後悔していました」
裏アカまで見ているのか。恐ろしい男だ。
美穂は表情を引きつらせたが、千春は優しい笑顔を鳥川に送る。
「鳥川くんが沙也加と理子の運命の糸を結び直したんだよ。それは占いと同じぐらいすごいことだと私は思うなぁ」
鳥川はしばらく呆然と千春を眺めた後、感謝の意を込めて頭を下げた。
「笹山さん、ありがとう」
すでにいつもの陽気さを取り戻した千春は、なにかイタズラを思いついたような顔をした。
「鳥川くんの占いの力が偽物だってことは黙っててあげるね。その代わり鳥川くんにお願いしたいことがあるんだけど?」
千春の楽しそうな表情から、そのイタズラが誰に向けて行われるかは明白だった。
千春に避けられていることで悩んでいた航は、美穂のアドバイスで鳥川に占ってもらっていた。
「すごい、全部当たってる!」
航は鳥川に自分の過去を言い当てられて驚いた。素直な性格の航は鳥川の占いをあっさり信じた。
ちなみにインスタグラムもXも利用していない航の個人的な情報を仕入れたのは寛だ。
「それでは私の占いであなたに助言を授けましょう。最近、あなたはある女性から避けられて困っていますね?」
なんでわかるんだ。この人ならきっと俺を助けてくれるに違いない。
「そうなんです。先生、俺はどうすればいいんでしょうか?」
「その女性はとても勘が良いようです。あなたが言いたいことがあるのに、それを言わないことに気づいています。あなたはその女性に言いたいことがありますね?」
そうだ。たしかに俺は笹山に言いたいことがある。恥ずかしくて言えなかったことが。
航はこくこくと頷いた。それを見て鳥川が助言を続ける。
「あなたがいつまでたっても言いたいことを言わないから、その女性は待ちくたびれて怒ってしまったのです。あなたは言いたいことをその女性に言えばいいのです」
この助言こそ鳥川が千春から頼まれたことだった。千春は航に告白してほしかった。
「わかりました」
決意した顔で航は頷いた。もうやるしかない。
航は自分の教室に戻ると、勇気を振り絞って千春に声をかけた。
「ちょっと大事な話があるから、ついてきてもらえるか?」
千春は緊張した顔で黙って頷く。
航は屋上へと続く人気のない階段へ千春を連れてきた。
「大事な話ってなに?」
緊張して無口になった航に、千春がそっと助け船を出す。
航は息を吐くと決心して口を開いた。
「お、俺は……」
「佐藤は?」
「笹山のことを……」
「私のことを?」
航は目を固くつむると、崖から飛び降りる覚悟で叫んだ。
「千春って呼びたい!」
千春は目を瞬いた。
「……んっ?」
「な、中森は笹山のことを千春って下の名前で呼んでるだろ? いいなって思ってさ。俺も下の名前で呼びたいっていうか。ほら、笹山って4文字じゃん。千春だと3文字で呼びやすいし」
照れ隠しで早口で喋る航の顔は真っ赤だった。
千春は噴き出した。久しぶりに見た千春の笑顔は航の不幸をすべて吹き飛ばした。
「いいよ。その代わり私も佐藤のことをこれからは豚って呼ぶからね」
「なんでだよ? そこはふざけちゃいけないところだろ?」
「ごめんごめん…………航」
千春の顔が航と同じように赤く染まっていく。
「まぁでも、たまには豚と呼ばれたいときもあるしな。気にするな…………千春」
航と千春は視線を合わせることさえできずに立ちすくんでいた。
そんな二人を階段の陰から覗き見していた寛と美穂は笑いをこらえるので必死だった。