禁制品のうわさ
ところが下ごしらえをしていると、廊下のほうが騒がしくなってきた。──と言っても客が争っているような声ではなく、あわただしい様子で廊下を走ったりする足音がこだましたのだ。
「なんの騒ぎだろう」
ティートは調理場から廊下に出て、そこにいた男たちを見た。
彼らは鉄の鎧や籠手を身に着けた兵士たちだった。
三人の兵士が娼婦に呼び出された女主人を前にして、何か詰め寄っている。
婦人は兵士たち兵士たちの肩当てを見て驚いていた。
婦人が驚いたのは、彼ら兵士は国の中央から派遣された憲兵だったからだ。
「おい、貴様。禁制品を手に入れたな?」
するとメビルは「なんのこと」と完全に否定した。──が、ティートには彼女が動揺していることに気づいた。
「隠すとためにならんぞ」
「隠すも何も、禁制品という物がどのような物か聞いてもいないので、答えようもありませんわね」
すると兵士は小さな短刀だと説明しながら、手で大きさを示す。
「その短刀は他者の命を奪い、使った者の寿命を延ばしたり、若返らせる力があるという。……それを取りしまるよう上から命令があったのだ」
話を聞くぶんだと、どうも兵士たちを使って禁制品を横取りしようとする権力者がいるように聞こえた。
「短刀ですか。知りませんね。──ここを家捜ししてもよろしいですが、そのときはここの後援者のブロッソン伯爵様にお伝えすることになりますが、それでもよろしくて?」
娼館の女主人が言うと、兵士は「うっ」とうめいて後ろに下がった。彼女の静かな圧力に押され、入って来たときとは別人のようにおびえ出す。
「くっ……いいだろう。──だが、もし嘘ならば、容赦はせんぞ!」
兵士はそう言い残して館から出て行った。
「まったく、あのクソ伯爵。もう嗅ぎつけられているじゃないの──」
ティートには聞こえなかったが、メビルはそう口にしていた。
おそらく違法な取り引きに関する密約が、伯爵とのあいだに交わされているのだ。
謎めいたご禁制の短刀について心配しているというよりも、女主人にはべつの理由からいらだっている感じもある。
何やら婦人の様子に嫌なものを感じ、少年はおとなしく調理場に引っ込んだ。
自室に戻ったメビル婦人は、机の上に置かれた羊皮紙などをかたづけながら、急に呼び出されたとはいえ、危険な情報が書かれた契約書を放り出したままではいけないと再認識した。
もし兵士たちにここにある物を読まれたら、面倒なことになっていた。
彼らは禁制品の短刀を探しに来たので、たぶん紙の内容にまで目を通さないだろうが、危うく焦りを顔に出すところだったと、彼女はいまさらながら冷や汗をかく。
たしかに彼女はご禁制の短刀のついて知っていた。
なぜならそれを買い取り、アーヴィスベルまで持って来る手はずを調えたのは彼女なのだから。
メビルは魔術にはうとかったが、禁制品の短刀を使ったからといって、寿命が延びたりすることはないと考えていた。
そんな都合のいい物があるはずはないと、頭の中の冷静な部分が言うのだ。
老化を一時的に止めるのだって不可能であると思われるのに、他人の命を奪って若返る? そんな物が世にあったら、もっと貴族たちのあいだでうわさになっているだろう。
しょせん魔術とは、出自のいい加減な妄想話の延長にしかない。
仮に短刀になんらかの邪悪な力が宿っていて、持つ者の寿命を延ばしたり、若返らせる力があるとしたら、もっと大きな代償を支払わされそうだ。
人一人分の命で若さが手に入るなら、ぜひ自分で使用したいものだ。彼女はそう考え、ともかく禁制品のやりとりを慎重に、隠しながら伯爵邸へ運び込まなくてはならなくなったのである。