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ティートの作る菓子

 ティートは材料を確認しつつ、いくつかある調理法レシピの中からこれはという物を選び出し、さっそく菓子づくりをはじめた。


 小麦粉を編み目の細かいザルでし、卵と牛酪バターに牛乳、砂糖も加えた。

 彼にはパンづくりの肝となる「酵母」(葡萄酒ワインの醸造所からもらった物をびん詰めにしている)があり、それを少し加えて混ぜ、生地を作って冷暗所で寝かせておく。


 砂糖漬けのイチゴ、すっぱくて食用には向かないイチゴの二つを準備し、すっぱいイチゴを手鍋の中でつぶしながら火にかける。

 砂糖を加え、ジャムを作るとそれを冷まし、つぎにちょっとだけ膨らんだ生地を麺棒で伸ばし、型抜きして丸い形にした物と、細い棒状にした物を作る。

 細い棒状にした物をねじって、丸い形にくり抜いた生地の上に、壁を作るように円形の囲みを作ると、その中にジャムをそっとスプーンですくい、上に半分に切った砂糖漬けのイチゴを載せた。


 それを天火オーブンに入れて数十分。

 火加減を見ながら丁寧に焼き上げていく。

 すると甘く香ばしい匂いに誘われた女たちが調理場に集まって来た。

「おいしそうな匂い……」

「なにこの甘い香り」

 休憩中の娼婦や小間使いの少女たちが調理場に顔を覗かせる。


 天火から取り出した鉄板の上から焼き菓子を皿に移し替え、つぎの焼き菓子を用意しつつ、冷めてしまった天火に火を入れ、もう一度内部を温める。


「これは午後のお菓子──まだ熱いから、少し冷めるまで待って」

 薬缶やかんでお湯も沸かしながら、つぎの焼き菓子を天火の中に投入したティート。

 大量の焼き菓子を準備すると、食堂でみんなと食べるか、それとも自室に持ち帰って食べるように言う。


「あら、おいしそうね。──焼き菓子?」

 開け放たれた食堂のドアからサラが覗き込む。

 彼女の緋色の髪はまたしっとりと湿り気うぃ帯び、湯浴みをしてきたのだとわかる、赤みの差した肌をしていた。

 なまめかしい姿の彼女が食堂に入って来ると、数人の娼婦たちが部屋を出て行き、彼女が休んでいるあいだに稼ぎ相手を探そう、というみたいに行動をはじめたのである。


「こんにちは」

「こんにちは──良ければサラさんも、どうぞ」

 ティートが空いた席に座るよう手で示すと、彼女はほほ笑んで礼を言った。

「あら、この紅茶……」

「今日はお菓子に合わせて、香りのさわやかなレフマト産の茶葉を用意しました」

 香草ハーブに似たさわやかな香りのする紅茶をれたティートが、サラの前に茶碗ティーカップを差し出した。


「あたしの故郷の香りだわ」

 つまり彼女の出身は大陸南方のアントワだということか。──少年は納得した。

 彼女の肌の色や、独特の髪色は南方の人間に多い特徴だった。

 そのとき少年は、食堂の前でうろうろしている影に気がついた。──それは少女のようだった。

 たぶん大勢の人がいるのを気にして、食堂に入れないでいるのだと考えた少年は、調理場のほうに椅子を置くと、少女──アリスを手招きして、調理場のほうに座らせる。


「いま持ってくるから」

 焼き菓子を皿に載せて少女に手渡しながら、小さなテーブルも運び、その上に紅茶をそそいだ茶碗を置く。

「どうぞ。遠慮しなくていいからね」

 前髪で表情は見えにくかったが、少女の口元はほほ笑んでいた。

 少女はあいかわらずちょっと汚れた服を着て、頬にも汚れを付けていたが、それはわざと付けられたものであると思われた。

 少女の金髪は、きっと洗えば輝きを取り戻すと思われる、細く柔らかな──まるで金糸のような繊細さで、彼女の汚れは、少女の美しさを隠すために、あえて付けられたものであるようだ。

 透きとおるような特徴的な白い肌は、彼女が北方人だと推測させた。


 ティートは北のウーラやジギンネイスで見た人々を思い出したが、同じ北国でも、まだ行っていない場所があるのを思い出した。


 キオロス島と呼ばれる、ジギンネイスの北西に浮かぶ大きな島。

 あそこには原住民が住んでおり、いつごろからかジギンネイスが支配の手を伸ばしているといううわさがある。

 もしかすると、そこからつれて来られた奴隷の少女なのだろうか、とティートは考えた。

 小さな唇は淡紅ピンク色で、まるで花びらのようだと少年は思う。


 このような少女も奴隷として売買されるのが、アーヴィスベルという街なのだ。それを改めて理解する。

 自分のおかれた状況と少女の境遇は違うが、一歩間違えば自分も少女のように、ずっとこの場所で囚われの生活を送るはめになっていたかもしれない。そのように考え、彼は身を震わせた……



 食堂で紅茶とお菓子を楽しんだ面々がそれぞれの部屋に帰って行った。

 サラは調理場に顔を出して、彼女なりの愛情表現なのだろう──ティートを抱きしめると頭を撫でて、感謝の言葉を残して去って行く。

 元気な人だ──少年の心にゆとりを与えてくれる、姉のような人だと彼は感じはじめていた。ティートにはちょっとばかり刺激の強い姉ではあるが。

 彼女の柔らかな肌の感触や残りを思い出しつつ、ぼんやりと考えごとをする少年に、アリスが小さく声をかけた。


「あの……ありがとう」

 少女は立ち上がっており、ぺこりと頭を下げると調理場を出て行った。

 少女の声にはわずかだが変化が感じられた。

 甘いお菓子の効果か、元気を取り戻したように聞こえる。

「どういたしまして」

 少年は笑顔を返したつもりだったが、その笑顔には若干の影が差していた。



 少年は菓子を載せた皿を手にしてメビルの部屋を訪れた。一応雇い主でもあるし、菓子を出さなかったことをあとでとがめられても困る。そんな思いからの行動だった。

 しかし彼女は留守だった。いつもは紅茶を飲みながら、娼館の収支についての報告書──この娼館以外の物も含む──などに目を通しているのだが。


 部屋の鍵は開いていた。

 彼は机の上に焼き菓子だけを置いて去ろうと考え、部屋の中に足を踏み入れた。──いつもと変わらぬ、棚に囲まれた部屋。

 奥にある窓の前に机が置かれ、その上に羊皮紙や紙が何枚か放置されている。

 何気なくその羊皮紙に目を通すと、それは売買契約書か何かで、酒や葉巻の銘柄らしい文字が書かれていたが、少年にはわからなかった。──それらが違法な麻薬や劇薬を表す隠語だとしても、外国から来た少年には理解できないものだったろう。



 どうやら娼館の女主人は娼館以外にも、非人道的な取り引きをしているようである──

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