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ティートの過去

主人公の少年ティートが、ただ弱い若者ではないことがわかる過去の話がメイン。

 ティートが娼館の料理人として働きはじめて一週間が過ぎた。

 彼は一見臆病に見えるが、決してそんなことはない。

 他人とは違う形の度胸もあり、順応性も高いのだ。


 十四歳から故郷を出る決意をし、隣国のディブライエ、ピアネスを旅しつつ料理屋で働き、着実に調理技術を上達させ、各地の料理を知ることからはじめた。

 ピアネスから船に乗り、北の国ウーラまで行くと、そこからジギンネイス、フィエジア、ベグレザと、南下しながら西側の国々を旅した。

 これほど行動力のある若者が、ただ臆病なわけがない。

 彼は意外に大胆な部分もあり、怖いもの知らずなところもあった。


 それは各国の旅の最中で、野盗に襲われたりしたときの対応にも現れていた。

 少年は大人に対して強がったりするのではなく、「こちらにはお金の持ち合わせはありませんよ」下手にと出るのだ。

 もちろん路銀があるときはおとなしくそれを手渡し、極力穏便(おんびん)にその場を去ることにしていた。


 調理道具などを奪われたくないので、金目の物ではなく、あくまで旅先で料理するための道具だと言って、奪われないよう交渉したりもした。

 いざというときは、彼が持つ魔導具を使って逃げることもできただろうが、それでも一か八かになるので、使ったことはほとんどない。

 旅先で一番難儀な状況におちいったのは、彼が森の中で遭遇し、ほうほうのていで森を抜けた先で、野盗の一団に囲まれたときだろう。

 それはブラウギールに来る少し前に起きたことだ。




 ティートはルシュタールからウルドの国境を馬車に乗って越え、小さな町に着いたが、そこで何を間違ったのか、言葉のろくに通じない農民の荷車に乗って移動することになった。

 農民は山の中腹にある道を通り、山間の村里までつれて行ってくれたが、少年が予定していた経路ではなく、その村里から山を下りなければならなくなり、その途中で森に迷い込み、遭難して死にかけたのである。

 森の中に自生していた果物を口にし、持っていたすべての食料を食い尽くし、いよいよ飢えて死んでしまう……というときに森を抜け出て、そこで野盗に出会ってしまったのだ。


「なんでぇ、貧相なガキが歩いているじゃねぇか」

 言葉の通じる野盗が、そのときの彼には──救い主に見えたことだろう。

「おう、ガキ。ここを通りたきゃ、金目のモンを置いていきな」

 ティートは水もろくに飲んでいない状態で、かすれ声しか出ないような有様だった。


「お金はありません。シルマ銅貨三枚しか」

 彼はそれを皮袋から取り出すと「お金は差し上げますから、何か食べさせてもらえませんか?」と訴えた。

「なんだとぉ? おれたちが料理屋にでも見えるってのか」

 だれかがそう言うと、ほかの野盗もげらげらと笑い出す。

 この場には四人の野盗がいたが、みなふくよかな体型で、食事に困った様子はない。

 一方ティートのほうは血色も悪く、ほおがこけ、やつれていた。


「おいおい、こいつはいまにも倒れそうじゃねえか」

 野盗の頭目らしい男が言った。

 子供にはそこそこ優しい頭目は、銅貨を三枚受け取りながら、ガキに水をくれてやれと仲間に言う。

 一人の男が水の入った皮袋をティートに手渡すと、少年は二日ぶりの水を口にして、感謝の言葉をのべた。


「あなたたちは()()()()()()()()だ。何か食材を持っているのなら、それを使って料理させてください。こう見えてぼくは料理人なんです。美味しい料理を作れます。その代わり、ぼくにも十分な食事を食べさせてください」

「あん? 料理人だぁ? ぼうず、何が作れるっていうんだ」

「食材によりますが、なんでも。ピアネスの料理でも、ジギンネイスのでもルシュタールのでも……、材料さえあれば、ですが」

「ふぅん」

 頭目は興味を引かれた様子で聞いていた。


 ティートの洞察力は野盗たちの状況を的確に見抜き、彼らはここのところ商売(ゆすりたかり以外の仕事)がうまくいっていると見てとった。

 彼らのうち少なくとも二名は狩人かりゅうどであり、ほかの二名は漁師か、農業に従事していた者だと見抜いていた。

「まあいい、一週間前に羊といのししの二頭をしとめたんで、肉は余っているぜ。料理ができるって言うんなら、作ってもらおうじゃねえか」

 こんな具合で少年は野盗の一味につれられて、彼らの拠点アジトまでついて行った。


 岩山の中にある洞穴に寝床を作っていた野盗。

 そこで猪を解体した少年は、すぐに調理にかかった。


 小さく切った肉を炉に使用している石に張り付けて焼き、軽く塩を振っただけの物を口にして味を確かめながら、気力を取り戻した。野盗たちの肉料理を作り、それ以外にもタマネギなどがあったので、簡単な汁物スープも用意した。

 手ぎわのいい少年の包丁(さば)きに舌を巻く野盗たち。

 少年も自分の肉料理を作って空腹を満たすと、落ち込んでいた気分もすっかり回復し、森に食材を探してきますね、と言って洞穴を出た。


 べつに逃げることもできたが、少年は疲れていた。今日一日はここで寝泊まりしていこう、と大胆にもそう考えたのだ。

 もちろんただ漠然と、自分は安全だろうと、気楽に考えていたわけではない。

 少年は野盗たちの感情を機嫌のいい状態に保ちつつ、肉を解体して塩漬けにしたり、火を通し、燻製くんせいにすることで日もちさせるすべを教えたりしながら、彼らの興味を引かせるよう誘導していたのだ。


 洞穴を出て森に食材探しに行くときも、盗賊たちは少年が包丁や荷物を放り出して逃げないだろうと考え、あっさりと彼を送り出したくらいだ。

 だがこのままでは少年は彼らの料理番として、こき使われつづけるかもしれなかった。

 だから彼は森からあるキノコをって、それをふところに忍ばせてから洞穴に戻って来たのだ。

 洞穴に戻ると少年は、晩飯と明日の朝食の用意をする作業に入った。

 そして夕食は二種類、野盗が気づかないように二つの調理した物を用意したのである。


 一つは森から採って来た特殊なキノコ入りのを。

 もう一つにはキノコが入っていない物を。

 そしてティートは、キノコを入れなかったほうを食べたのである。


 べつに毒キノコというわけではない。

 このキノコにはちょっとした効果があるだけだ。

 できあがった汁物を器によそるときに刻んだキノコをぱらぱらと散らし、盗賊たちに食べさせる。

 少年の食べる器にはキノコをあと乗せしない、これだけである。

 温められたキノコから成分が溶け出し、汁物を口にした盗賊たちは、酒を飲み、気分が良くなりだしたころに、どろのように眠りについた。

 それを見守ってから少年は眠りにつく。

 夜に行動するのは危険なので、できれば明るくなりはじめた早朝に、野盗の拠点から出て行くつもりだった。



 彼は数時間後に目覚めたが、野盗たちはまだ眠っていた。

 まだあと数時間──あるいは半日は眠ったままだろう。

 野盗たちが口にしたキノコは、眠り薬のような効果があるのだ。

 ただしそれほど強力な物ではない。

 普通に食べただけなら、眠りに入りやすくなるだけで、普通の睡眠と同じように目覚める。

 ──しかし、この成分は酒類に反応して、通常よりも高い効果を発揮してしまうのだ。

 キノコの睡眠効果が増大し、長時間眠ったままになる。半日から、長い場合は丸一日眠ったままになるのである。


 少年は早朝に目覚めると旅のしたくをして、野盗たちの拠点をあとにした。

 シルマ銅貨三枚だけを回収し、そのほかの物にはいっさい手をつけず、町を目指して街道へと戻って行ったのだ。




 このように、彼は決して臆病者というわけではない。

 ただ優しいだけなのだ。優しいから、他人をむやみに傷つけようとは考えないのだ。


 思わぬ形で娼館で働くことになった彼だったが、一週間でこの娼館で働く人々と仲良くなっていた。

 彼は一週間という区切りに──仕事場に慣れたということもあり──、お菓子を作ってみんなに振る舞うことにした。娼館で働く少女たちに甘いお菓子を食べさせて、気持ちを軽くしてやりたいという、彼の優しさの表れだろう。

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