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蛇は卵を呑む  作者: 荒野ヒロ


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21/23

魔女

残すところあと2話。

けど物語の結末は次話で終わります。お楽しみいただければ……



「なっ、なっ、なっ────!」



 何が起きたかわからず、ティートは少女アリス婦人メビルを交互に見た。

 地面に倒れ込んだメビル婦人はびくっ、びくっと体を痙攣けいれんさせている。

 婦人に襲いかかろうとした男の不死者は婦人にも、二人の少年少女にも目をくれることもなく、大通りのほうへと歩き去って行ってしまった。


「あ、アリス──きみは……!」

 少女は血のついた短刀をにぎりしめ、ゆっくりと少年のほうを向いた。

 その青い瞳は冷徹な光をはらみ、空に浮かぶ青い月の光を受けて、少女の体が青い光を放っているようだった。


「ティート。あなたは奇妙な物を持っていますね」

 少女は鋭い声色で言う。

 その声を受けて少年は、反射的に腕輪に触れた。

「それですか」

 にやりと不気味な笑みを浮かべるアリス。



「きみは──()()()?」



 少女の雰囲気は、彼が感じたことのない圧力プレッシャーを持っていた。

 少女の中から現れた「鬼子」のときに感じたものよりも、もっと危険な何かを感じる。──少年はおのれの中にわき上がった感情に戸惑い、守るべき少女に現れた変化について、回らない頭を使って懸命に答えを導き出そうとする。


「──まさか、きみは……『()()』なのか」

 そう口にすると、少女の顔をした「それ」が、再び不気味なほほ笑みを浮かべた。

「魔女……か。そう呼ばれているとしたら、そうなのでしょう」

 少女の中にいる恐るべき存在は、手にした短刀を振り、刃に付いた血を払う。

 その慣れたしぐさに、彼女が殺人を犯したのは初めてではないと感じる。──人を殺すという行為に、なんのためらいも感じていない様子なのだ。


「魔女──きみはいったい、どういった存在なんだ?」

「存在?」

 きょとんとした表情は、美しく着飾った少女の、屈託のない愛らしい表情に見える。

「存在ですか。それは──私はアルテリスですよ。ほかの何に見えると言うのでしょうか」

「演技はよしてくれ。いままで──きみはいままで、臆病なアリスを演じていたのか」

「あら」

 くすくすと笑いながら、手にした短刀をくるくると指先でもてあそんでいる。

「そうですね──あなたが連中に捕まってしまったようなので。監禁されていた部屋から助け出すあたりから……でしょうか」


 その言葉にぞっとしたティート。

 いままで手をつないでいたのは臆病なアリスだと、そう思い込んでいたのだ。

 まさか気づけなかったなんて──、彼は自分の感覚が街の混乱の余波でおかしくなってしまったんじゃないかと考えた。


「もう一度聞く。きみは──アリスの味方なんだな?」

「もちろんそうです。当たり前ではないですか。──アリスは私でもあるのですからね」

 それで──と、少女は低い声になって言う。

「それで、あなたはどうするのです? この死霊のあふれた街で。逃げるのではないのですか?」

「それは……」

 ちらりと、そばに倒れたメビル婦人の死体を見る。

 そういえば、不死者となったサラを刺したのも、彼女が手にしている短刀なのだろうと彼は考えた。


「その短刀──まさか」

「ああ、これですか。ブロッソンという男から奪った物ですよ。あの男がやろうとしていた儀式は、他人の命を奪って自分の生命力に変換するようなものだと、──そう思っていたようですが」

「違うものだった?」

「ええ。あの人が用意していた魔法陣は、短刀の力を増幅して、死を克服するたぐいの魔術ですから」

 そう言って少女はくるくると短刀を振り回し、頭上にかかげた。

「この短刀は命を授けたりはしない。けれども()()()()()()のです。──そう、この世界のことわりからはずれ、幽世かくりよに生きる()()()()()()()()()て──ね」


 少女は大人びた、不吉な笑みを浮かべる。


 ティートには彼女の言葉の意味がわからなかった。魔術をかじった程度の知識しか持たない彼には、生命や死に関する魔術など、高度な魔法ちからに関わるもののことには理解がおよばないのだ。



「いったい何を──」

「つまり私が、あの魔法陣を使って、()()()()()()()()()()のです。短刀の力を魔法陣に複写し、この地に死霊があふれるようにね」


 まさか!

 少年は悲鳴を飲み込んだ。


「まさか、そんな……!」


 恐怖。


 少女の中にある存在が、そのような魔術に関する知識と技術を持っているなんて。彼は目の目にいる女の子が街に災いをもたらしたというのを聞いて、自分の愚かさに吐き気すら感じはじめた。

 この少女の病魔は、自分の考えていた精神的な傷が問題なのではなく、彼女の天賦てんぷのもの。いや──先天的な、悪鬼じみた所業から生まれた存在なのではないか。そんなふうに考えたのである。


「ふふ、フフフフ……!」


 少女の口から愉快そうな笑い声がもれる。

 少年の耳にはその声が、邪悪な魔女の愉悦の嘲笑として聞こえた。

 人間の魂を喰らって延命する魔女がいるとするならば、まさに少女の中にいるこの「魔女」こそが、少女の中に引き継がれたものなのではないか。



「アルテリスの出自に関係する、民族的な血筋の影響を強くもった人格」


「賢人」は「魔女」のことをそう評していた。

 ファナルーンという民族に危険な妖術師がいて、アルテリスはその民族の子孫なのだという。

 その血筋の中に、魔女の魂を継承するような呪いがひそんでいたのだろうか。

 少年はすっかり少女の中にあるものに恐怖し、怖じ気づいてしまう。


「そんなに怖がらなくても」

 少女の口からそんな言葉がもれた。

「何もあなたをとって食おうなんて、思っていませんよ」

 彼女はそう言ってふところから短刀の鞘を取り出し、鞘に刃を納めた。


 すると大通りのほうから、ひときわ大きな叫び声と亡者たちのうめき声が聞こえてきて、少年はその場で飛び跳ねるほど驚き、狭い路地の先を見つめた。

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