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蛇は卵を呑む  作者: 荒野ヒロ


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20/23

刺殺

 少女は黙ってティートの手をにぎり、黙々とついてくる。

 暗い路地裏を歩いていると不死者を見かけたが、兵士たちが戦っている音に引きつけられているらしく、大通りのほうへと歩いて行く。


「よかった、ついてる」

 少年はほとんど考える能力を失っていた。

 ともかく街を囲む壁に近づき、門から街を脱出することだけを考えていた。


 大通りのほうから不気味な声が聞こえてくる。



 ぉおおぉおぉ──

 ぅうぅぁあぁぁあぁ──



 混乱し、逃げまどう人々の足音と悲鳴。

 兵士や冒険者が不死者と戦う音。

 街の中で火の手が上がり、激しく燃え上がる炎が篝火かがりびのように街を照らした。


 ティートとアリスが向かったのは北門だった。

 そこが娼館から一番近かったのだ。

 裏通りから大通りに出なければならなくなると、細い路地から様子をうかがい、門のひうに視線を向ける。

 そこには大勢の人が集まっていた。

 悲鳴を上げる人々の集団に不死者が数体、ゆっくりと近づいている。


 わめき声をあげて門番に戦うよう迫る市民たち。

 そのだれもが狂乱状態におちいっていた。



 やめろ! くるな!

 さがれさがれ!

 はやく倒せよ!



 そんな声が聞こえてくる。

 大通りにいる不死者たちが邪魔で門に近寄ることができずにいると、離れた場所からだれかが二人のほうに向かってきた。

 ティートは最初、不死者かと思って身構えたが、どうやらその相手はメビル婦人であるらしい。


「メビル婦人!」

「あなたたち! どうしてこんなところに……!」

 三人が合流すると、大通りから離れて路地裏に隠れた。

 婦人は手に革のかばんを持ち、まるで旅行にでも行こうとしているかのような格好だった。


 門のほうから鋭い叫び声が聞こえてくる。

「ひぃっ……!」

 メビル婦人はすっかり怯えており、悲鳴を聞いて震え上がっていた。

「婦人──いつもの護衛はどうし……」

 そこまで言って、ひきつった婦人の顔が見る見る青ざめてゆくのを見た。

 どうしたかなんて、聞くまでもないだろう。護衛である大男が彼女のそばにいないということは、不死者にやられてしまったのだ。


「婦人、じつはぼくたちは見てしまったんです」

 そう言ってごくりとつばを飲み込む。

「ブロッソン伯爵は地下室に魔術の儀式をおこなう魔法陣を作っていました。伯爵は、アリスを犠牲にして、何かよからぬことを企んでいたようです──」

 そこまで言うと、メビル婦人は急に少年に向きなおった。

 その表情には鬼気迫るものがあり、思わず後方に下がってしまう。


「伯爵がなんですって⁉ あんな男に何ができるものですか! あの短刀で若返りをしようとか、そんなバカなことを言う男なんて、どうせ何もできやしないわ!」

 その声は悲鳴のように聞こえた。

 恐怖によって彼女の心はすり切れているようだった。


 叫び声を聞いたティートは、奇妙な違和を自分の中に感じた。

 メビルの恐怖の叫び声を耳にして、自分もこの状況に恐怖していることを改めて理解した。

 賢人に言われたからとはいえ、なぜあの地下室にある魔法陣を確認しに行ったのか。

 あそこには何かよからぬ力が働いているように感じていた。それを恐れ、逃げ出そうと考えていたのに──


 今回のことが起こってから、彼は自分の行動にすら説明のつかないものを感じはじめていた。


「この街にあふれた死者の群れ──生きていた人がつぎつぎきに殺され、不死者としてよみがえっているのは、ブロッソン伯爵がおこなおうとしていた魔術に関係するものなのでは⁉」

「何をバカなことを!」

 メビルは絶叫した。

「そんなはずないわ! 私はあの短刀の力を確かに聞いた。他人の命を奪い、使った者を若返らせたり延命させる力があると。──けれどね、死者を生み出すだなんて話は無かった。一切ね!」



 そこまで言って婦人は、はっと何かに気づいた表情をする。彼女の視線はティートの後ろに立つアリスをにらむように向けられていた。

「ま、まさか──アルテリス、あなたが……!」

 婦人の声は震え、怯えていた。

「どうしたんですか、メビル婦人──」

「その子は! その娘は──やはり危険だった!

 北方の隔絶された集落。そこの権力者の、妖術師の末裔まつえい──いいえ、まさかそんなこと!」

 メビルは錯乱しつつあった。


 その絶叫を聞きつけたのか、曲がり角から不死者が姿を現した。丁字路の近くに立っていたメビルの背後からそれは現れ、婦人の首に食らいつこうとする。

「あぶない!」

 ティートは手をかざし、不死者の男に向かって手の平を突き出す。


 すると不死者の男はぴたりと止まった。

 まるで時間が凍りつきでもしたみたいに。


「ひゃあぁあぁっ‼」

 一歩遅れて振り返ったメビル婦人が悲鳴を上げ、二人のほうに逃げてきた。


 不死者の男ががくんと、伸ばした手を空振りさせた。──そこには婦人が立っていたはずだったが、もうそこに婦人はいない。


「はぁ、はぁ……に、逃げましょう……!」

 ティートは疲れ果てている様子だ。

 少年が魔導具を使って、不死者の動きを止めていたのだ。

 時間を停止させる魔導具。それは強力なものだったが、使用者の魔力をかなり消費するうえに、精神的な負荷も尋常じゃないくらいにのしかかるものだった。



「逃げる必要はない」



 低い、静かな声が聞こえた。


 聞き慣れない、冷徹な響きを持つ声。


 つぎの瞬間、メビル婦人の体がぐらりと揺れた。

 そして彼女は前のめりに地面に倒れ込んだのだ。


 背中から、真っ赤な血をあふれさせて。



 婦人の背後から離れたアリスの手には、禍々(まがまが)しい装飾のある──異様な気配を発する短刀がにぎられていた……

明日も投稿を予定しています。

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