プロローグ
シリアスでダークな雰囲気の物語を読みたい人向け。
主人公に都合のいい物語や俺TUEEEE、楽しくて笑える話を求めている人はご遠慮ください。
《レベルやステータスなどのゲーム用語は登場しません》
《転生でも転移した主人公でもありません》
アンハッピーエンドとでも言えるような、曖昧な終幕を迎えます。
全23話。5万字くらいの分量を予定。お付き合いいただければ幸いです。
この物語は『魔導の探索者レギの冒険譚』と同じ世界のお話ですが、読んでいなくても大丈夫です。(読んでいると理解しやすいことはあります)
──アーヴィスベル──
そこは悪名轟く背徳の街。
国をまたいでその悪名は響き渡り、近隣諸国におよぶまで、その街があるブラウギール国につきものの醜聞の中でも、さながら暗闇の中に浮かぶ幻霊のごとくに恐れられているのである。
破滅を齎す麻薬と淫靡な誘惑が渦巻く、放蕩と邪悪によって繁栄した街。
毒薬と賭博と快楽と欲望と金がアーヴィスベルには脈動のように循環し、心の奥底に醜い野心を抱く者や、他国では許されない禁制品を手に入れようとする者がこぞってこの街を訪れる。そのような街だ。
いくつかの国の市民はこの希有な街を「犯罪都市」と、そのものずばりの名で呼んでいるのもうなずける。
いま、この街に──まったく素性の異なる理由でやって来た少年が、まるで無害な羊が狼の群れの中に送り込まれるような形で、危険な街に足を踏み入れたのである。
* * * * *
彼は未知の土地を歩き回っていた。
べつに彼は冒険者という肩書きを持つ者ではなく、戦いを好まぬ少年だった。
魔法使いでも魔術師でも呪術師でもなく──当然、魔法とは無関係の、至って普通の男であるように見えた。
荒事を求めるのでなければ、この街で求めるものなど、毒薬か女か──あるいは少年かの違いでしかないと思われたが、その男は混み合う街路を歩いて行くと、一つの料理屋に入って行った。
ブラウギールに来てからというもの、少年は酷い目にあってきたのだ。
「まずい」
彼は入った料理屋でいくつかの料理を注文してそれを口にしたが、思わず口から出た本音は、おえっと吐き出しそうな顔をしてこぼれた言葉だった。
彼は皿に載せられた料理を我慢して食したが、気分が悪くなるような思いで飲み下したのである。
「なんてことだ……」
彼は料理屋を出ると空を見上げた。
その空は濁っていた。
まるで彼の気持ちを暗示しているかのように。
街の工場から出る煙。──その多くは錬金術工房から出る、用途不明の薬品を精製する為におこなわれている煙だ。
灰色から白い煙などさまざまで、短い煙突の先からもうもうと異様な臭いと煙を撒き散らしている。
「この街の料理もダメだった……」
この国に来てからというものの、彼はまともな料理を口にした記憶がない。
食べられない物では決してなかったが、その多くは火の通し過ぎであったり、あるいは半生。もしくはそもそも素材の質が異常に悪い物であったりした。 痩せ細った人参などはまるで木の根っこの先みたいに貧弱で、葉物野菜などはしおれかけた物が出されるのが当たり前だった。
「この国に見るべき料理はなさそうだ」
悪名高きブラウギールにはどんな料理があるのかと期待していたが、蓋を開けてみれば──そこに待っていたのは、悪名どおりの粗末な料理と調理人の数々。
一般家庭の料理を体験したいと、金を支払って料理を作ってもらったこともあったが、到底金を払ってまで食べたくなるような代物ではなかった
「やはりうわさどおり、文化的に退廃した国民性であったみたいだ。もしかするとうわさはうわさに過ぎないのではと期待したけれど、ぼくは間違っていた。『もしかしたら』──そんなぼくの期待をこの国の民は、きっとあざ笑うに違いない」
彼は道を歩きながら嘆息した。
落胆した彼はまるで浮浪者のように希望もなくとぼとぼと歩き、気づけば裏通りを通って、何やら華やかな香りがただよってくる、狭い路地裏を歩いていたのだ。
「なんの匂いだろう……? 石鹸かな?」
彼の予想は当たっていたが、想像していたものとは違っただろう。
その匂いの元は、いかがわしい湯船を提供する店からただよってくる匂いだったのだ。──甘い、華やかな香りには、男を誘惑する謎の香料が入っているのではと思われるほど、この街特有の蠱惑に満ちた香りだった。
彼はふらふらと裏通りを抜け出て、料理屋のあった大通りとはべつの、奇妙な形の建物が建ち並ぶ通りまで来ていた。
そこにはさまざまな門構えの大きな建築物がいくつも並んでおり、それぞれが変わった造形をした入り口を有して人々を誘っている。
通りには化粧をした女や、半裸の女が立ち並び、積極的に男を誘うしぐさをしている。
そうした女が門の前に立っていたり、あるいはまったく人は立っていないが、開け放たれた門の奥から女たちの楽しげな声や、笑い声が聞こえてくる。
「こ、ここは……まさか」
いくら朴念仁の彼でもわかった。
そこは体を売る女たちの商売小屋──娼館や湯殿であると。
彼は興味をそそられる反面、そこは恐ろしい場所であるとも考えていた。そうした歓楽街にはまり込み、さんざんに入りびたった挙げ句、すかんぴんになって路頭に迷う男を何度か見てきたのだ。
ちなみにそのうちの二人は彼の友人でもあった。──出会ってから数週間程度の友人たちではあったが。
それはアーヴィスベルではなく、べつの街でのことだ。
少年はある時期から旅に出ることが多かった。──というか、現在もその旅の途上にあるのだった。
頭がぼんやりしそうな甘い匂いを避けるみたいに、彼は足早にその場を立ち去ろうとした。
幌を付けた荷馬車の横を通り過ぎたとき、急に馬車の後ろから男が現れた。
ちょうど肩から提げた旅鞄から手帳を取り出そうとしてよそ見をしたときに、男とぶつかってしまった彼。
「いってェ!」
ぶつかった男が声を上げ、手にしていた木箱を落としてしまった。
がちゃぁん、と木箱の中で硝子が割れる音がしたのである。
それが彼の──少年の運命が決定する、残酷な宣告を告げる音だったのである……
大きな音がして通行人が立ち止まったり、建物の中から人が出て見物したりしている。
少年は落とした旅鞄から飛び出した本や手帳を、鞄の中に戻そうと拾い集めていた。
「おうおうおうッ! てんめぇ! なにしやがる‼」
その男はいきなり少年に食ってかかった。
「なっ、なんですか。あなたがぶつかってきたんでしょう」
落とし物を拾い集めた彼は、自分のせいじゃないと訴えたが、相手の二人組みの男たちはそろって少年に詰め寄って来た。
三人の男たちはだれのせいかで揉めていたが、その場に近寄って来た一人の女性が声をかけると、それまで怒鳴り声を上げていた男たちが大人しくなる。
「うるさいわよ、あなたたち」
手にしていた長い鉄扇をたたみ、それを男二人に突きつける。
そうやって威圧的な男たちを制すると、今度は少年のほうを振り返った。
「しかしあなた、あなたもぶつかったのですから。無関係ではいられませんわよ」
鋭い刃のような響きを含んだ声で少年に告げる。
「そ、そんな──、ぼくは……」
「まあ、こんな場所で立ち話もなんですから、どうぞこちらに……」
突然現れた女性と二人組みの男たちに押されるようにして少年は、そばの建物の中へと押し込まれてしまったのである。
18歳未満禁止にするとジャンルが特定できないのですか……あくまでハイファンタジーとして投稿したいので、R15指定に戻しました。
娼館を中心に物語が展開しますが、直接的な性表現はありません。
つづきが気になる方はブックマークや感想をいただけるとありがたいです。