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ステッキ

 私は教官室から解放され、教室に戻る途中、もう引き返す事の出来ないという事実の重圧に押し潰されそうになっていた。

 流石にシェイムリルファの代理になりました、とは口が裂けても言えるはずも無かったが、警戒度・参の魔獣を単独討伐したという事を自ら白状してしまったのだ。


 正確に言うと私ではなく、シェイムリルファのステッキが、まるで自らの意志によって、一瞬で魔獣を討伐してしまったのだが。


 教官達もさぞ驚いた事だろう。つい先日まで落ちこぼれの最下位で魔法少女に関わる仕事すら出来ないとの最低評価の太鼓判を押されていた訓練生が、単独討伐する事が難しいとされている警戒度・参の魔獣を一瞬で倒してしまったのだから。


 改めて大変な事を引き受けてしまった。今まで実力を隠してたと思われるし、その理由だって周りから言及されることだろう。

 今からでも遅くないから、どうにかして断ろうと言い訳を考えていると、心配そうな表情を浮かべた薺ちゃんがこちらに向かって歩いてきた。


「莉々、大丈夫だった? 時間かかったね。心配したよ」

「あはははは、大丈夫だったよ」


 ちなみに私は嘘が下手くそだ。もう壊滅的に下手。こういう時、必ずといっていいほどに作り笑いが出てしまう。そしてその癖に最初に気づいたのは、他ならぬ薺ちゃんなのだ。


「んん? なんで嘘つくの?」

「う、嘘とは何の事かね!?」


 自分でもうんざりする程、誤魔化すのも下手くそで本当に嫌になる。いっそのこと薺ちゃんには本当の事を相談した方が良いのではないか?

 このままだと薺ちゃんとの友情に亀裂が入ってしまいそうだ。私は嘘が下手だし、嘘をつくのも嫌なのだ。


「ふーん。ま、言いたくないならいいけどね」

「あ、あのね」


 一瞬、全部話しそうになった。けれど踏みとどまったのはシェイムリルファの顔が浮かんだからだ。これは私だけの問題じゃなく、シェイムリルファの問題でもある。代行を引き受けた事を彼女の許しなく第三者に伝えて良いものなのだろうか?


「……ごめん、本当に何もなかったんだ」

「いいよ、話せる時に話してよ」


 私はこの養成機関での生活において、何度薺ちゃんに救われただろうか。今日、家に帰ったらシェイムリルファに相談しよう。私は薺ちゃんにだけは隠し事をしたくない。


「じゃあ、教室に戻ろう。次の訓練は遠距離魔法だよ」

「え、遠距離!? 今日だっけ? はあ。私が一番苦手な訓練だよ」


 どうも私は緻密な魔力の操作というものがとにかく苦手で、遠距離の魔法に関しては上手くいった試しがない。他の訓練も皆から見たら似たような結果に終わっているのだが、遠距離だけは苦手意識がある為に、自分からしたら余計に出来ないように感じるのだ。


「実はね、ステッキを新調したんだ」

「へえ、そんなんだ。薺ちゃんならどんなステッキでもすぐに扱えるようになりそうだね」

「んー、どうだろね。施設外での魔法は魔法少女になるまでは禁止されてるからね。試したくても試せないから今日は楽しみにしてたんだ」


 薺ちゃんは天才肌なのに努力家で、しかもそれを鼻にかけない性格の良さも併せ持つ。一体前世でどのような徳を積んだら薺ちゃんとして生まれる事が出来るのだろう。

 今ならまだ間に合うと言うのであれば一日1善とは言わずに、二善でも三善でも徳を積み重ねていきたいものである。


「私は使い慣れたやつじゃないと魔法すら発動しないからなぁ。……あ」

「あれ? 莉々のステッキも新しくない?」


 教室に着いてカバンを開くと、中には使い慣れたいつものステッキは見当たらず、そこにはシェイムリルファが使っているステッキが入っていた。見間違えるはずがない、憧れの魔法少女が扱っていたステッキ。

 昨晩、一撃で警戒度・参を葬った最強の魔法少女が扱う最強のステッキが。


「な、なんで!?」


 恐らくは気を利かせてシェイムリルファが入れてくれたのであろうが、私にとっては大きな御世話である。ただでさえ苦手な訓練に使い慣れていないステッキを使うなんて、果たして私は今日一日乗り越える事が出来るのだろうか?

 いや、乗り越えられる。むしろ、いとも簡単に乗り越えられそうな事が問題なのだ。

 ほぼオートで発動した昨晩の魔法。私が残りの一生を費やしても放てないあろう高火力の魔法。それをこのステッキから放たったのだ。

 自身の意思とは関係なく、訓練中に()()が放たれたら?

 ……考えただけでも恐ろしい。自らの意志で魔法が発動しないというのもタチが悪い。このステッキの力をコントロール出来るのならば、成績に悩んだりはしていないのだろうが。


「あ、あは、あはははは。間違えて違うの入れてきちゃったかなあ?」

「……ふーん。ま、いいけど」


 簡単にバレる嘘を、簡単に薺ちゃんが見抜いた所で予鈴のベルが鳴り響いた。ここから遠距離魔法訓練場までは少し距離があるので走って行かないと間に合わない。運動神経をどこかに落としてしまった私にとっては一秒も無駄に出来ない距離だ。


「なんか莉々が隠し事してるから今日は先に行っちゃうからねえ」

「そ、そんな! 待ってよ薺ちゃん!」


 薺ちゃんはそう言うとすかさず身体強化のスペルを唱え、あっという間に教室から出て行ってしまった。こうなってしまっては追いつくのは難しい。

 だけど身体強化の魔法は私がまともに使える唯一の魔法。とはいえ零に十を掛けたって零のままだし、私の運動能力に身体強化をかけても、それはほぼ無意味と言っても過言ではないくらいの気休め程度なものだけれど。

 かと言って使わないよりはマシ、という程度の可愛らしい魔法だ。


「身体強化!」


 使い慣れないステッキで上手く魔法が発動するのかと、若干の不安はあったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。思ったよりもシェイムリルファのステッキは使い易く、私ほどの魔法音痴でも簡単に発動する事ができた。

 シェイムリルファ程の使い手が扱う魔道具ともなると一癖も二癖もありそうなものだが、意外にも使う人を選ばない扱いやすいタイプのステッキだった。


「……良かった。教室が吹っ飛んじゃったらどうしようかと思ったよ。よし、私も急がなきゃ」


 なんていう風に、油断せずにいたら、どうにかこうにか訓練場に辿り着く事ができていただろうか。明らかな違いに気づいたのは一歩目を踏み出した時だった。


 急いで教室から出ようと走り出した瞬間、強化された脚力によって教室の床は抜け、それに驚き慌ててジャンプをした私は、天井に思いっきり頭をぶつけてしまったのだ。

 身体強化をしたからこその脳天への一撃だったが、身体強化をしていなかったら間違いなく頭蓋骨は陥没して、生死を彷徨っていた事だろう。それくらいに思いっきり頭を天井にぶつけてしまった。


「いっ! いったーい!」

「莉々?」

「はっ!? な、薺ちゃん!?


 この時の薺ちゃんの顔を私は一生忘れる事は出来ないと思う。

 だけどこの光景は薺ちゃんじゃなくとも、驚く事は間違いない光景だっただろう。


 ほんの数秒前まではいつもと変わらなかった教室は、砂埃が舞い上がり、床が大きく陥没し、天井には大きな穴が開いている。

 そして目の前には頭をぶつけた拍子に唇を噛み、口から血をダラダラ流している私が立っているのだから。


「……ねえ、本当に何があったの?」


 もうだめ。

 諦めよう。

 うん、諦めた。


 シェイムリルファに相談する前に薺ちゃんには話してしまおう。きっと、その方が私の為にもなるし、ひいてはシェイムリルファの為にもなるはずだ。


 私一人では恐らく。

 いや、確実にこの問題を切り抜ける事は出来ないから。

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今のところ4話までで評価しようがないですが 出だしは面白いと思います [一言] 題名の()は決まってないのか正式に()なのかどっちでしょうかね 読者としては中途半端っぽくて読まなくなる可能…
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