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シェイムリルファ

 魔法少女・シェイムリルファは、誰が見ても、誰に言わせても、まごう事なき魔法少女で魔法少女の中の魔法少女だ。

 その外見もさることながら、立ち振る舞いはもちろんの事、絶対的で圧倒的な実力を誇る、他の追随を許さないナンバーワンの魔法少女なのだ。


 それが最強の魔法少女・シェイムリルファ。


 サラサラで艶のある髪。抜群のスタイルに、整ったルックス。そして、その可憐な姿からは似つかない超高火力の魔法を駆使し、あっという間に魔獣を殲滅する戦闘スタイル。

 彼女がピンチに陥っている場面なんか見たこともないし、聞いたこともない。もしも彼女が敗北するなんて事があろうものなら、あっという間にこの世界は滅ぼされてしまうかもしれない。


 流石にそれは少し言い過ぎたかもしれないけど、そう思わせる程の実力を、彼女は私達に示し続けてきた。そしてこれからも示し続けていくのだろう。

 見た目も完璧で、話題性たっぷり。右に出る物のいない、その実力も申し分無し。そんな訳で、私が彼女に憧れるのは仕方が無い事だし、当たり前の事なのだ。

 ネットニュースでいつも見かける彼女の活躍。テレビや街中で聞こえる彼女の話題。絶対に手が届かない、まるでアニメのキャラクターみたいなシェイムリルファ。


 私にも彼女みたいな魔法少女に、なんて、妄想に耽っていた事もあったけれど、現実はそう甘くは無かった。突きつけられるは(うつつ)ばかり。

 実際の所、魔法の訓練はいつも下から数えた方が早い成績だし、運動神経もからっきし。もっと言ってしまえば人付き合いも決して上手いとは言えないし、会話をしていると笑顔も引きつってしまう。

 ペアで実践形式の模擬戦を行う時なんて、まず足を引っ張る事は確実だし、連携なんて上手に取れた試しはない。作戦を練る時だって顔は強張り、自分の意見なんて言えた事は一度だってない。


 そんなものだから小さい時から恋焦がれた存在は、歳を重ねるにつれて露呈していく私という人間の根幹と共に、ますます遠いものとなっていった。

 そうした日々を過ごして行く内に、夢は次第に焦燥へと変わり、憧れは挫折へとなっていった。

 だけど、きっと、これが大人になっていくという事なんだと思う。現実を知り、己を知り、身の程を知る。


 私を含め、憧れや希望を胸に「いつかきっとシェイムリルファみたいに」なんて思っている子はきっと星の数ほどいるに違いない。

 実際の所、同じ魔法少女育成機関で過ごす同期の候補生達も口々にシェイムリルファの名を口にする。

 きっと、皆の夢の終着点は、シェイムリルファなんだろう。


 だけど、彼女に代わる魔法少女はずっと現れていない。きっとこれからも現れる事はないのだろう。

 なので、やっぱり皆も、私と同じなんだろう。同じだったのだろう。遅かれ早かれ現実を突きつけられるのだろう。

 

 成績を下から数えた方が早かろうが、上から数えた方が早かろうが、実際に夢を叶え魔法少女となり、箒にまたがり空を駆け、忙しない日々を魔法少女として駆け抜けていようとも。

 

 いつかは、誰もが気づく。気づかされてしまう。

 

『私は彼女のようにはなれない』と。


 そして繰り返されて行く変わらぬ日常。幾多数多の少女達の思いを知ってか知らずか、破れて散った少女達の夢を尻目に、今日もシェイムリルファは魔獣を倒す。来る日も、翌る日も。


 そんな彼女の衝撃的なニュースが私の目に飛び込んで来たのは、忘れたくても忘れられないあの最悪の日だった。

 若輩者の私が、人生で一番なんて言ったら、怒られてしまうかも知れないが、それでも一番なのだから仕方がない。それは私が魔法少女の道を閉ざされた日の事だった


 その日、教官室に呼び出された私は、魔法少女としての終わりを宣告された。現実を突きつけられた。

「今のままでは、魔法少女はおろか、彼女達を支える企業に勤める事も難しい」と。


 この宣告は私の心を打ち砕くのには十分過ぎるほどの衝撃だった。十分過ぎて、砕かれた心はサラサラの砂になって散り散りに吹き飛んでいった。覆水が盆に返らないように、砕かれた私の心もまた、元に戻ることはないのだろう。それくらいには、完膚なきまで打ち砕かれた。

 まさか魔法少女に関わる仕事すら出来ないとは。(今思えば、育成機関の記録を悪い意味で更新し続け、散々なる成績を叩き出し続けている私が衝撃を受けるという事態が、教官達にとっては、全くもって甚だしい事なのかもしれなかったが)


 この頃には「シェイムリルファのようになる!」なんて無垢で、無知で、無邪気な、夢一杯、希望一杯な事を考える事は無くなっていたが、まさか魔法少女になる事はおろか、魔法少女をサポートする業務にすらつかないとは、青天の霹靂であった。(重ね重ね自分の成績を冷静によくよく考えれば、青天は霹靂にならなかったのだろうが)

 

 この宣告は、魔法少女養成機関からの除名と言われたも同然なのだ。養成機関から除名になると、義務教育をすっ飛ばして訓練に勤しんでいた私は、一般の学生をまた一からやり直す事となる。すっ飛ばす、とは言うものの、養成機関で最低限の教育は受けているので、また数学やら国語やら社会やらをやり直す羽目になる。


 こうなると本当に最悪で、ただでさえ人付き合いが出来ない性格の私が、年下の同級生しかいないクラスに放り込まれる事となる。年上の同級生に気を使う年下の同級生に囲まれる地獄のような青春のやり直し。


 考えるだけでも寒気が走る。気を使われ、敬語を使われ、腫れ物に触るような態度を取られ続けられる日々が想像に容易い。冗談みたいな、罰ゲームよろしく辛い日々が幕を開けてしまう。開幕待ったなしだ。


 私はこの事実を受け止める事が出来ず、真っ直ぐ家に帰る気分になれなかった。

 けれども養成施設で途方に暮れる気分にもなれず、ならばと、川を越えた隣町にあるお気に入りの本屋に足を伸ばす事にした。河川敷の近くに辿り着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていたが、そんな事は気にせずに、トボトボと下を向き歩き続ける。


 誰もいない陸橋の真ん中に差し掛かると、工場地帯の灯りに視線を向けた。涙のせいでぼやけて映るその景色は、私の心とは正反対にとても輝いていて、なんだか自分がとてもちっぽけな存在だと思い込まされる。


 こんな所を誰かに見られたら恥ずかしいと涙を拭った瞬間、滅多に鳴らない携帯が珍しく音を上げた。

 私の携帯が鳴るのは親からの連絡か、かろうじて一人だけ出来た友達。あとはシェイムリルファのニュース位のものだ。なんにせよ確認しなければと、携帯の画面を開いた私は、自分の目を疑った。


『シェイムリルファ、敗北』

「……シェイム、リルファが?」


 自分の描いてた将来が閉ざされ、そして同時に憧れの存在が、まさかの敗北という知らせ。

 魔法少女の仕事は多岐に渡るが、シェイムリルファ程の魔法少女が請け負う依頼は常に死と隣合わせ。

 魔法少女の敗北。それは死と同義。

 

 何も考えられなくなってしまった私は、放心状態のままその場にへたり込んでしまった。


 再び携帯から通知音が響く。今度は緊急時に流れる警戒信号だった。近くに魔獣が出現したという知らせだ。だけど私はその場を動けなかった。いや、動こうとしなかった。いっその事、もうこのまま魔獣に殺されてもいいと思ってしまったのだ。


 辺りにはサイレンが鳴り響き『緊急避難せよ』との放送がけたたましく流れる。


 だが本当に目を疑ったのは、空を仰いだ次の瞬間だった。辺りが一瞬だけ、まるで太陽が顔を出したかの様に明るくなると、耳をつんざく音と同時に共に目の前の川に何かが落ちてきのだ。落ちた、というよりは落下。墜落と言った方が正しいのだろうか。

 その衝撃はかなりのもので、私が座り込んでいた陸橋の上まで水柱があがる程のものだった。

 相当な大きさの物が落ちてきたのか。なんにせよ、かなりの衝撃でなければここまでの水柱は上がらないだろう。


「そこ、危ないよ」


 唐突に背後から聞こえた聞き馴染みのある声。聴き間違えるはずが無いその声。私は驚きながら振り返る。


 そして反対側のアーチ橋を見上げると、そこには、今しがた敗北したとされた憧れの魔法少女。


 シェイムリルファが立っていた。


 

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