強面だけどとっても優しい婚約者なお兄ちゃん
リルがそのお兄ちゃんに会ったのは分家のリルと本家の養子であるお兄ちゃんとのお見合いだった。
じろっ
6歳のリルを見てくる目がまるでお腹を空かせた熊のようでとても怖くて涙目になった。14歳のお兄ちゃんはリルが怯えているのもお構いなしでひょいっと首根っこを摑まえて、
「………小せえな」
と告げた矢先に運ばれて、
どかっ
すとん
椅子に座ったお兄ちゃんの膝になぜか下ろされて座らせられた。
「たくさん食ってでかくなれ。ほらっ」
と一口大に切られたお肉を口の中に入れられる。
「若!! ここは甘いデザートをあげるのよぉ!! 女の子はお肉よりもお菓子やデザートの方が好きなのだからっ!!」
とても大きな身体のお姉さん(?)がお兄ちゃんに向かって叫ぶと。
「こんなのがいいのか? ほらよ」
とお兄ちゃんは自分の分のデザートまで分けてくれた。
それが嬉しくて笑うとお兄ちゃんはぶすっとした顔で、
「調子狂う。これが………なのかよ」
と後半は難しくて聞き取れなかったがそんな事を告げた。
そんな事があって、最初は悪い印象しかなかったお兄ちゃん……ヴァルブレンとのお見合いはうまくいき、リルはお兄ちゃんの婚約者になったのだった。
それから7年が過ぎた。
「リルムエッタ」
廊下を歩いていたらいきなり名前を呼ばれて立ち止まる。
で、立ち止まって振り返って見たその人物があまりにも大物過ぎてびくびくして怯えてしまう。
自分は何かしてしまっただろうか。走馬灯のようにいろんな人の顔が浮かんでくる。
「えっと、なんの御用でしょうか? オリヴァー殿下」
やり方を間違えていないだろうかと内心びくびくしながら頭を下げると。
「そんな他人行儀な事をしないでいい。この学園では平等なのだから」
とこちらが何も言えないでいると肩を抱き寄せてくる。
(ひぃぃぃ)
何でこんな事になっているのっ⁉ どうなっちゃうのっ!!
気を失ってもおかしくない状況でそれでもここで気を失ったら大変だと必死に耐える。
でも、怖い。涙が出てきそう。
「この後の時間は空いているね。おいしいケーキの店があるのだが……」
「い、いえ…私はこの後ブライアン教授の講義が……」
頷きそうな上からの物言いに必死にあがらって、今日の予定を告げる。こんなえらい方と一緒にケーキなんて食べられません。
逃げようと身体を動かすが、腰に手を回してくる。
「大丈夫。講義を出たと言う事で手を回しておくよ。これで単位も落とさずに済む」
「そんな困りますっ!! ただでさえ、付いていくのにいっぱいいっぱいなのにっ!!」
困るとしっかり伝えるが、それを無視する形で側近に指示をするさまを見て、逃がしてもらえないという絶望感が襲ってくる。
「何を言っている。君が実は優秀だというのは知っているよ」
そんなわけない。田舎者で落ちこぼれと言われて有名なのは理解している。
ハーヴェルシュタインの一族でよかったねとひそひそと囁かれているのもしっかり聞こえているのだから。
誰か助けてと視線を動かすが、殿下の側近は受けるのが当然だろうという雰囲気を出していてそれ以外の人はいない。
「さあ、行こうか」
こちらの意見も聞かずに、腰に回したまま連れ出そうとするので、抵抗するが、
「僕に逆らうのか?」
と微笑んだまま告げてくる冷たい声。
少し前に平等だと言った口でこちらが強く出られないように命じる態度。
それが怖い。
(助けて)
何とかしないといけない。でも、やり方を間違えると迷惑が掛かる。
どうすればいい。どうしたら。
「おいっ、リル」
声が降ってきたと思ったらあっという間に捕まえられていた腕から解放される。
「何人がいないと思って浮気しているんだぁ~?」
とあっという間に掴まれて、腕の中に囚われる。
「ヴァル兄」
捕えて………いや、助けてくれたのは婚約者のヴァル………お兄ちゃん。お兄ちゃんと昔は呼んでいたが、それだと婚約者としてじゃなくて兄妹に思われるぞと揶揄われたので呼び方を変えたのだが、それだと大して変わらないと呆れられた。
でも、ヴァル兄はヴァル兄であって、年齢の差があるから気後れしてしまうのだ。
「これはこれは、オリヴァー殿下ではないですか。俺の婚約者に何をしているんですかね」
「お、お前のような野蛮な者がリルムエッタの婚約者だなど、彼女が可愛そうではないかっ!! さっさと彼女を開放しろっ!!」
ぴきっ
「だぁ~れぁ~がぁ~野蛮人だとっ⁉」
ばちばちばちっ
抱き上げられているリルを中心に魔力が湧き出して、地面に魔法陣が浮かび上がる。
「わたくしの婚約者に何を言うんでしょうかねぇ~~~!!」
魔法陣の中から蛇の頭と犬の尻尾が出てくる。
「ひぃぃぃぃぃぃ!!」
オリヴァー殿下が怯えたように尻もちを着き、側近もとっさにオリヴァー殿下を守ろうと前に立つが足がガタガタと震えていて、役に立たない。
「リル」
そんなリルに呆れたように困ったように頭を撫で、
「落ち着け」
と宥める。
「エリオット」
「んもぉ~。エリ―と呼んでっていつも言っているじゃない」
とくねくねとした動きで筋肉ムキムキのエリ―オネエさんが現れる。
「さっさと片付けろ」
「りょ~かい♪」
とひょいっと肩で担いで殿下とその取り巻きを片付ける。
「ほら、もう邪魔者は居なくなったから戻せよ」
「……………うん」
まだ怒っているが元凶も居なくなったので召喚した聖獣を返す。
「ったく。普段びくびくして臆病なのに怒ると危険なんだよな。俺の婚約者さまは」
と溜息を吐かれて、恥ずかしくなる。
「もっと堂々としていろ」
舐められぱなしでいるんじゃねえと抱き上げられていたのを降ろされながら告げられる。
叱責されたのではないかと不安になっていると。
「講義はいつ終わるんだ? 終わったらお前の好きなクレープ屋に連れて行ってやる」
お前ケーキよりもクレープの方が好きだしな。
顔を背けられたまま告げられて、ああ、照れているんだと思うとさっきまでの不安は消し飛ぶ。
「うん♡」
でも、ケーキは嫌いじゃないよ。エリ―オネエさんの作るケーキが一番美味しいからお店で食べに行くのが勿体ないだけと告げると、
「あいつに直接言ってやれ」
と顔をこっちに向けないまま言われた。
リルムエッタとヴァルブレンの一族。ハーヴェルシュタインはこの国で唯一聖獣と契約して召喚できる者達だ。
この国の建国史によるとハーヴェルシュタインはその召喚術で初代王を支えたとある。そして、国の危機になると必ずハーヴェルシュタインの者が王を助け、国の危機を救ってきた。
だが、そんなハーヴェルシュタインも聖獣を召喚出来る者が減ってきている。未成年では今のところリルとヴァル兄だけなのだ。
だからこその婚姻。
そして、この二人の婚姻はそれ以上の意味も持つ。
「オリヴァー殿下に迫られるなんて大したもんだなぁ」
にやにやにや
クレープを食べているリルにどこか揶揄うように告げるヴァル兄。
「迫られて、怖かったんですけど~」
思い出させないでほしいと涙目になってしまうと。
「そうか。まんざらでも……」
「どこが、あの人何かこっちを利用しているような感じだし、全くこっちの意見も聞かないから怖いだけだよっ!!」
平等と言いながらもこちらの都合も考えない。それに。
「ハーヴェルシュタインの分家で女だから不遇な立場になっていて可哀そうとか言ってくるし」
そんな言葉の割に目が冷めているというか不気味なのだ。
「怖くて近付きたくない」
と本人の前では決して言えない言葉を漏らすと。
「…………ハーヴェルシュタインの勘か」
ぼそっ
ヴァル兄が呟く。
「あいつには関わるな。と言ってもあっちから関わろうとするだろうけど、注意しろ」
「分かってるよ。………ねえ、ヴァル兄」
そんな忠告をされて、ヴァル兄の夕日のような赤い瞳と目を合わせる。
「何か。あるの?」
探るような視線になったのだろう。ヴァル兄の顔から表情が抜けて、
「………あると言えばある。だが、今は言えないな」
守秘義務もあるしな。
と告げられて、
「分かった。気を付ける」
「本当に気をつけろよ。お前は巻き込まれ体質だからな」
それのフォローをするこっちの身になれ。
ため息交じりに言われて顔を赤らめる。確かに前科がありすぎるので何も言い返せないのだが、
「そんなに嫌なら婚約解消すればいいのに……」
ぼそっ
小さく呟くと。
「するわけねえだろうが」
と頭を軽く叩かれた。
それから数日が過ぎたある日の事。
「ねえ、リルムエッタ」
講義が終わって帰ろうとしていた矢先。オリヴァー殿下と側近に囲まれて、空き教室に連れ込まれた。
「君は悔しくないかい? 分家で女だからと言うだけで、本家の嫡男と勝手に婚約をさせられて、神話級の聖獣を召喚できる才女の君が」
「…………」
いろいろと思う事はある。
才女?
いえ、全然。
講義に付いて行くのが一杯一杯で、補講も受けているのだ。
「何を言っているんだい? あんな過去の遺物学んでも意味ないだろう。それより君は自分の価値を知るべきだ」
壁に追いつめられる。
「聖獣を召喚できる。――王を導く存在だとね」
とにやりと笑うがすぐにその笑みを引っ込めて、人の良さそうに見える笑みを浮かべて。
「ねえ、君の力があれば間違った国を正せるんだよ。――協力してくれるよね」
どういう意味だと考えてしまう。
「君の力があれば、僕は王になれるんだ」
だから協力しろと命じる声。
そこまで言われて、妙な違和感に気付く。
オリヴァー殿下は陛下の一人息子だ。だが、次期王とか王太子と言う話は聞かない。
あくまで殿下だ。
それは………。
「聖獣に認められれば王になれる!! そうすればこの国は僕のモノだ。だから協力しろ。お前だって、たかが本家だからという理由であんな男の下に付きたくないだろう。顔が恐ろしい脅して婚約者になった男など」
お前が頷けば僕の妻にしてやってもいいぞ。
と上から目線で告げてくる声が恐ろしかった。
だが、
「それに本家の嫡男だと思っているようだが、あいつはどこの馬の骨か分からない輩で、たまたま聖獣を召喚できるだけの存在だ。そんな輩が利用するためだけの婚約なんてまっぴらごめんだなろう」
自分と手を組めと言ってくる存在に。
ぷちっ
怒りが沸いた。
「…………ない」
怒りで声が漏れる。
「くだらない!!」
叫ぶように告げると同時に魔法陣を出現させて一瞬で聖獣を召喚する。
八つの巨大な蛇の頭。
翼をはやした狼。
神話級の聖獣。八岐大蛇とフェンリルだ。
「そんな事実とっくの昔に知っているわよっ!!」
ヴァル兄は……実は生粋の本家ではない。
とある家にかつてハーヴェルシュタインが嫁ぎ、先祖返りと言う形で聖獣を召喚出来てしまったのだ。
直系ではないが、その彼の生家故に分家の養子にする事は出来ず、本家の養子になった。だが、その生家に余計な口出しされないようにとすぐに分家のリルを婚約者にした。
「それに大事な事を言わずにいましたけど」
そして、リル……リルムエッタは。
「ハーヴェルシュタインの次期当主は私ですっ!!」
聖獣二体を召喚できる初代当主と同等の力を持つと言われる彼女が当主になるのは決まっていた。
利害の一致。
次期当主になるには分家で女と言うだけで外野から邪魔される可能性のあり、分家ゆえの立場の弱さで被害を受けやすかったリルムエッタの家と。
本家には不幸にも聖獣召喚出来る子供が生まれず、養子と言う形でとある権力者から押し付けられたヴァルブレンを通して、聖獣の力を得ようとする者達から守るための婚姻。
表向きはヴァルブレンが次期当主と言う顔で本当の次期当主であるリルムエッタを守り、実は次期当主ではないという事実で余計な口出しをされるのを防ぐため。
そう。このような聖獣を利用とする者たちから国を…民を守るために。
ばりんっ
窓ガラスが割れる音。
「――陛下は、優秀な王弟を次の王と考えていて、それをよく思わない王妃の生家が内乱を起こそうと目論んでいた。だが、内乱では貴族は味方しない」
外にはグリフォンの姿。
窓から入ってくる人影。
「ヴァル兄!!」
「相変わらず囮として最高だな。リル!!」
「囮にしたかったからわざわざ接触したの!?」
だから、わざわざ学校に入ってきてクレープ屋に誘ったの。
「当然だろう。一緒に食事や出かけるなら事前に連絡する」
急に予定の変更されても迷惑だろう。
そう言われればそうだと今更気付く。
「――さて、俺の上司の陛下からの命令だ。もちろん来てくれるよな」
とオリヴァー殿下とその取り巻きにあっという間にお縄が掛かったのは言うまでもない。
「さて、仕切り直しに出かけるか。予定を立ててじっくりとな」
やっと仕事も片付いたんだしと連れて行かれるオリヴァー殿下を見ながら告げられる。
「ねえ、ヴァル兄」
ふとそんな殿下たちを眺めて。
「私が後継者だと知らなかったからこんな形になったけど、もし知っていたらどうなったんだろう」
「……さあな。まあ、この馬鹿気た茶番が成功していたらハーヴェルシュタインが分裂したのは確かだろうけどな」
するわけないだろうが。
「それよりいいのか。次期当主宣言して。目立つのは嫌だっただろう」
「あぁぁぁぁぁぁ!! そうだったぁぁぁぁぁ!!」
しまったと頭を抱えて。
「やっぱ、私が次期当主なの間違っているよ。今からヴァル兄に」
「冗談でもいうな」
頭をぐりぐりと抑えられる。
「俺はこの立場で満足している。惚れた女が自分の傍にいるいい理由だしな」
ぼそっ
小声で言われた言葉の意味を反芻する事数分。
やがて理解して混乱している状態を。
「まあ、満足しているというのは少し間違えだ」
抱き上げられて、耳元で。
「俺とお前が居れば最強のハーヴェルシュタインになるだろうな」
とどこか面白そうなにやにや顔で告げてきたのだった。
(そう。お前が居ればいい)
これからの事を考えてどんよりしている可愛い婚約者を見てそんな事を考える。
神話級の聖獣二体を召喚出来る筈の稀有な存在は分家で女と言うだけで自信が無く、その自信の無さがそのまま行動を委縮させて失敗ばかりになっている故に言われている。
落ちこぼれ。
ハーヴェルシュタインでよかったね。(それ以外だと無価値な存在)
だが、そう言われているのなら好都合だ。
他の奴が奪おうと思わないからな。
いや、居るか、この臆病な性格にしか思えない存在を脅して支配下において自分優位に話を進めたい愚者は。
まあ、そんな輩はすぐにこいつ自身によって倒されるだろう。
どんよりして慌てている様の琥珀の目がキラキラと輝く様を知っている。
確かにこいつは落ちこぼれで弱い。御しやすいと思われているだろう。だが、こいつは眠れる獅子だ。
ただの気の弱い小娘に神話級の聖獣二体が従うと思っているのか。
…………ヴァルブレン・ハーヴェルシュタインとして、人生を歩むのは実は二度目である。
前世の自分は生家が公爵家でありながら聖獣を召喚できるという異端ゆえに実の両親に怯えられて、辺境伯のハーヴェルシュタインに押し付けられた。
押し付けたのにも関わらず、ハーヴェルシュタインを上手く利用したい生家は公爵家と言う立場で自分の捨てた子供を本家の後継者にするように圧力を掛けた。
で、そんな自分は腐っていた。生家でも養子先でもいらない者。厄介者扱いだと思ったのだ。
そんな自分だからだろう。分家の小娘が婚約者として宛がわれた。
それがリルムエッタ。
だが、自分はそんな扱いが気に入らずに、大事に扱う事なかった。
そんな自分にあのバカ……オリヴァー第一王子が接触して、告げた。
『こんな愚かな国を作り替えないか?』
とそこで起こした謀反。だが、それは失敗した。
王弟に仕えたリルムエッタが聖獣二体を従えて妨害したのだ。
『国を民を苦しめるなら倒します!!』
告げる眼差しは激しく怒りと悲しみを宿してキラキラと輝いていた。
落ちこぼれと言われて馬鹿にしていた分家の娘はその言葉が偽りであったかと告げるように反乱軍を制圧していった。
そう。その小娘に殺される直前まで知らなかった。
彼女は眠れる獅子。平和の時代なら無害な生き物だが、戦乱になると誰よりも光り輝く存在。
そんな彼女を見て、死ぬ直前に惚れたのは愚かだったなと悔やんだ瞬間。
そして、気が付いたらお見合いの場所に若返って立っていたのだ。
「ヴァル兄?」
じっとこっちを見てくる視線に気づいてなんでもねえと首を振る。
あの時は自分が次期当主だったが、資質ではこいつが上だろうと思ってこいつを当主にと話を進めた。
もちろん生家から文句が来たが、惚れた弱みだ。
リルは自分がなるのは無理だと喚いているが、そんなリルを支える方が面白そうだと思ったのだ。だから、
「なんでもねえ」
逃がしやしないし、こいつを手放す気はねえ。
そんな事を思いながら可愛い婚約者を甘やかすのだった。
あれ、優しい……?